64 根之堅洲國(ねのかたすくに)
【登場人物】
中臣鎌足(カマ様)
人間に転生した天魔の神『天狐』東国の獣神であり人間体でも魔物を圧倒できる身体能力を持つ。
額田姫王・鏡王女
中大兄皇子の元妻であり、神の歌「言霊」を使う少女。
琵琶湖の龍王女の転生体である。
葛城皇子(中大兄皇子)
女性と見まごう白く美しい外観に凶悪で残酷な内面を持ち合わせる。
額田姫王や倭姫王の夫であり魔族を率いる魔王でもある。
チビコマチ(小野小町)
額田姫王に歌を学ぶため飛鳥時代に連れて来られた平安時代の少女。
巫女舞風の装束を身にまとい「言霊」を使う。
厳 (ゴン)
春日の森で「鬼神の塚」を守る片目の野守。
なぜかチビコマチのお供をしている
鈴鹿御前(倭姫王)
天照大神の依代であり第六天魔王の一人。
なぜか高位天魔を人間に転生させて飛鳥の都に集結させている。
ちゃっかり自分も皇女に転生した。だがまだ子供である。
小狐丸
黒い戦闘魔獣。
魔物を斬る『神刀』を鍛える刀工でもある。
お玉(玉藻)
百済王妃に化けた九本尻尾の妖狐の少女。
幻覚を操り、人間を魔物化させる能力を持つ。
カマタリは広大な海の広がる黄昏れの海岸に立っていた。
赤い空と透明な水が果てしなく広がっている。
「ここは?……」
「ここは根之堅洲國にございます、カマ様」
振り返ると白い軍服を着た青年、小野篁と、顔半分が黒い白髪の妖怪婆さんが居た。
「根之堅洲國?」
「死のケガレが集まる場所です」
根之堅洲國。いわゆる死後の世界である。
その存在は父の中臣御食子から聞いてはいたが、まさかそこに来てしまうとは。
「俺は死んだのか?」
「そうとも言えますが、この根之堅洲國のさらにこの下にイザナミ尊のおわす「妣国」があります。
そちらは完全な死の世界ですが、ここはまだ蘇る方法があります、その水で死のケガレを洗い流し禊なされる事です」
「なるほど!ではさっそく」
カマタリは服を脱ぎ始める。
「お待ちくださいカマ様。その前に見ていただきたい所がございます。こちらへ」
「見ていただきたい所……?」
三人はさらに闇の奥へと飛んだ。
どこまでも続いていた暗闇の奥がぼんやりと赤く光りはじめ空気が振動している。
「…なんだ?」
突然、周囲がドス赤い光に包まれた。
「うわっ!」とカマタリは飛び起きた。
目の前には間人皇女の可愛らしい顔があった。
胸の上に裸の間人皇女が寝そべっていた。
「あわわわっ!皇后様!なぜここに?」
間人皇女は子猫のように頬杖を着きながら答えた。
「ずっと一緒に寝てたの」
「え?ずっと?貴女とですか?」
間人皇女は掛けていた裳をめくる。すると二人は全裸でギンギンにつながっていた。
「あ………………」
もう昼ごろだろうか。
カマタリは後宮の采女たちに見つからないように神眼の探知能力全開で、物陰に隠れながら内裏の外に向かう。
まさか神の力をこんな事のために全力で使わねばならぬとは。
しかし、いったい何日ぐらい間人皇女と『あの状況』のまま過ごしていたのか?
「いや、死んでたような気がするけど…いや」
あの後、さらに続きをやってしまった。
何か死後の世界での重要な事を思い出そうとするのだが、そうすると間人皇女の柔らかに吸い付く肌の感触が蘇えり、思わず前かがみにしゃがみ込む。
(ダメだ、どうしても『あっち』を思い出してしまう!)
「内臣さまではありませんか!なぜここに?」
いきなり声をかけられて「うわっ!」とカマタリは飛び上がった。
呼び止めたのは軍用犬を連れて宮殿の警備をしていた稚犬養網田だった。
※稚犬養網田:佐伯子麻呂と共に蘇我イルカ暗殺を命じられた一人。
「皆さま内臣さまをお探しでしたよ」
「え?あ、いや、そういえば大王は?」
網田は声をひそめた。
「帝は黄金色の魔物に襲われて亡くなられてしまったと聞きます。胸の肉をえぐられていたとか」
「え?!黄金色の魔物って…」
「なんでも恐ろしげな大声で吠え人を喰らう魔獣であったとの噂でございます」
「うわあ…なんか話が変な方向に」
超音速で戦ったさいの爆音が響いたのだろう。すっかりカマタリは悪の魔物にされてしまっていた。
「皇子さまたちは?」
「中大兄皇子さまのおおせでは、後の事は内臣さまに任せてあるとおっしゃってましたよ」
「はあ?」
自分でカマタリを殺しておいて「後は任せる」とは酷い話だ。
「それで皇子は今、どちらに居られるんだい?」
「中大兄皇子さまなら飛鳥板蓋宮にお戻りになりました」
「飛鳥に戻ったの?」
「帝が崩御なされたので、皇祖母尊様を再び大王になさるとの事です」
「引退した寶女王様(皇極天皇)をまた再び帝に戻すのか」
軽大王を殺しておいて、いったい飛鳥で何をやるつもりなのか?
不安がよぎる。
それよりも不思議なのは内臓を砕かれて死んだはずの自分がなぜ生き返れたのか?
あの時、無意識のうちに鎌を使って中大兄皇子の腕を切り払ったのは覚えている。
そしておそらくカマタリを蘇らせたのは間人皇女だろう。
間人皇女はあの様にして人間の生命を回復させる力を持っているのか。
(という事は中大兄皇子は俺が蘇える事をあらかじめ知っていた…なぜ俺を殺しておいて復活させたんだ?)
その時、頭の中に死後の世界が蘇えった。
「根之堅洲國…」
神祇長官である父の中臣御食子の話では、根之堅洲國は死のケガレが最初に向かう、はるか遠い遠い場所だと言う。
その存在が語られるのは出雲神話、大国主の章である。
オオナムヂ(大国主)は兄弟神である八十神に命を狙われ死を経験する。
それを復活させたのが姉妹の神、キサカヒヒメとウムギヒヒメである。
さらに八十神は追いかけて来るが、オオナムヂ(大国主)はオオヤビコの元に逃れる。
オオヤビコはオオナムヂ(大国主)を木の股を潜り抜けさせてスサノオの尊が治める根之堅洲国に逃がした。
「木の股を潜り抜けた異世界…木の股…」
また間人皇女を思い出してカマタリはしゃがみ込んだ。
困った。間人皇女の身体が頭から離れず、何か重要な事が思い出せない。
カマタリはヨタヨタと軽大王の寝所へと向かう。
そこでは佐伯子麻呂が舎人を引き連れ現場検証をしていた。
「あ、佐伯さん」
「やや!これは内臣さま!」
寝所の壁には中大兄皇子と戦ったさいの大穴が空いている。
「あちゃ〜、やっちまったか…」
「ひどい有様です。あの夜、黄金色の恐ろしげな怪物が壁を突き破り宮廷を駆け抜けたのを見たと言う噂があります
『犯人はその魔獣だろうと中大兄皇子さまのおおせ』です」
「んぐっ…」
(なんか俺が犯人にされてるんですけど)
カマタリは顔をひきつらせる。
「なあに、いかなる魔獣なれども我が退治してくれますわ!ハッハッハ!」佐伯子麻呂は胸を叩いて豪快に笑った。
「ははは…その魔物退治のための検証ですか?」
「いえ、我らの調べは先日終わっておるのですが、名探偵様がぜひに犯行現場を見たいとの仰せでして」
「名探偵?…………まさか…」
「どう?そっちは何か手がかりが、あらっ?」
「鏡さん!」
カマタリは飛び上がって驚いた。額田姫王が内裏に来ていたのである。
「キミどこに居たのよぉ、みんな探してたのよ…あら?何これ」額田姫王はカマタリの後ろに回る。
「な、な、何すか?」
「なんか着付けが変ね。アナタいつもこの襟がめくれるけど、まるで今あわてて着てめくれた感じ。それにここの袖の折り目も何日間も折れたまま放置していた跡みたい」
ギクうっ!
カマタリは硬直した。
(いつもはデタラメなのに、何で俺の事だけそんなに細かく観察してるんだよっ!)
「ん、何か匂うわね…女物の香の匂い。かなり高級な」
ギクっ!
「そ、そ、そりゃさっき後宮でさ!采女たちから少し聞き取りとかしていて、あ!この事は稚犬養網田も知ってるよ!さっき会ったし!」
「お尻に汚れが有るわね」
「そ、それはさっき庭石に腰掛けて」
「違うわね。これはホコリかしら?室内で汚れたものよ。それに座った汚れならもっと下の方が汚れるはずなのに、お尻の上から背中にかけて波状にシワが寄っているから、床に倒れ込んだ跡ね」
「う……」
額田姫王のあまりに鋭い推理というか女のカンにカマタリは全身が冷や汗だらけになりながら硬直した。
「この宮殿でふだん掃除して無い部屋は限られてるわ、場所はどこなの?」
「うわわわ!俺も忙しいんだよ!はははは!じゃあね!」
カマタリは逃げ出すように去って行く。
額田姫王は刺すような視線でカマタリを見送っていた。
「……あやしい…」
さて問題は天皇不在の状況である。
「俺が飛鳥に行って中大兄皇子の真意を確かめねばならねえのかな」
次に中大兄皇子に会ったとしてお互い無事で済むとは思えないが。
その時、皇后の間人皇女より皇族や太夫は太極殿に集まるようにとの通達が出た。
※太夫:五位以上の官吏、大臣
「あれ?皇后様、まだ難波宮に居たのか」
どうやら飛鳥に戻ったのは中大兄皇子と、母の寶女王だけの様だ。
太極殿では采女たちが歩き回り、何やらいそがしく儀式の準備をしていた。
その奥では神巫たちに儀式の指示をしている中臣御食子を見つけた。
「父上!」
「おお、カマよ」
「今はカマタリです。というか、なぜここに?」
「なんじゃい、知らんかったのか?今から即位の儀が始まるのじゃ」
「即位?皇祖母尊様は飛鳥に行ってると聞きましたけど?」
「違う、違う、即位なさるのは皇后様じゃ」
「へ?」
「先日ここで皇祖母尊様が突然神がかりなされてな、皇女さまを皇位に就けよとの神託をお受けなされたそうじゃ」
皇祖母尊である寶女王が強力な巫女である事は知られていたが、今回もカマタリが死んでる間に神がかりして神託を受けていたようだ。
皇后の間人皇女は神託によって亡き夫の代わりに一時的に帝位を代行するらしい。
当時は天皇が突然崩御した場合、妻の皇后が天皇となり代わった例も多い。
有名なのが天皇が突然死してしまい、神託を受けた神巫の皇后が帝位を継いだのが神功皇后である。
また中大兄皇子たちの母である皇極天皇も夫の帝位を継いだ女帝の一人である。
太極殿。
高御座 の前には太夫たちが居並んでおり、
玉座の側には軽大王の息子である有馬皇子の姿が見える。小足媛の姿は見えなかった。
皇后の間人皇女が入場すると皇族、王侯たちが最敬礼で出迎え、
高御座 に座る。
煌びやかな冠を着けた間人皇女はまさに天女のようにまぶしく、神々しいまでに美しかった。
『中皇命』
軽大王(孝徳天皇)〜中大兄皇子(天智天皇)までの間に一時的に存在していたと思われる謎の天皇である。
「中皇命、万歳!万歳!」と有馬皇子が叫ぶと、太極殿の中の王侯や太夫たちも「おお!」と手を打ち鳴らした。
儀式が終わり間人皇女は退場するさいカマタリの前で立ち止まった。
「内臣カマタリ」
「ははっ!」
「急な事ですので今後の事はよく相談せよとの中大兄皇子の仰せです」
「ははっ」
「そういうわけで今から私の寝所に来なさい。いいわね」
「へ?」
高級な香の香りを残して間人皇女はゆるりと去って行った。
まさか今からまた『あの続き』をするつもりだろうか…
カマタリはちょっと期待した。
しかし蘇我のイルカの件もあるが、こんな簡単に即位して大丈夫なのだろうか?軽大王にも息子の有馬皇子がいるし…
ふと振り返って有馬皇子を見れば、有馬皇子は顔を赤らめ溶けるような眼差しで間人皇女をいつまでも見送っていた。
「あ…… まさか……」
有馬皇子も、もう十六才になる。
間人皇女のあまりの早業にカマタリは顔をひきつらせた。
〜 64 根之堅洲國 〜完
【年表】
◼ 637年武照、太宗の後宮に入る
◼ ︎643年。山背大兄王死去
中臣真人(藤原チカタ)誕生
◼ ︎645年。蘇我入鹿暗殺
◼ 648年頃。玄奘、大慈恩寺に移る
◼ 649年
・阿倍内麻呂死亡
・太宗皇帝が崩御。
◼ 653年。第二次遣唐使。道昭とチカタ(定恵)入唐
◼ 654年
・中大兄皇子 飛鳥に戻る
・中臣鎌足大紫冠を授かる白雉五年
・孝徳天皇崩御(654年 - 10月)
◼ 655年 1月、寶皇女が即位(斉明天皇)
(=φωφ=)あとがき。
今回も名探偵額田王が怪事件をズバット解決!
しかし、なんというか激動の654年〜655年ですねえ。
話がぜんぜん進まなくて(まて




