06 熾燃餓鬼
【登場人物】
小野タスク
コマチから「魔王」と呼ばれる少年。
平凡な高校生。自宅の裏山が古墳であり、地獄に繋がっている。
コマチ(小野小町)
「カマ様の神器」と呼ぶ鎌をタスクに押し付ける迷惑な女子高生。
和歌の言霊を操り自由に空間を変化させる能力を持つ。
・パンツを履くという概念が無い
猟師コマチ(チビ助)
鬼と戦う少女。蝦夷風の装束を身にまとい半弓と毒薬を使う。
・パンツを履くという概念が無い
川崎カヲル
年齢不詳の女性民族学者。
裏山の古墳を発掘するため移住して来てそのまま学校の司書になった変人。
・南軍流剣術の宗家である。
立烏帽子
古墳にある地獄の門を開放する妖女。魔王軍随一の剣士であり、御前と呼ばれる。
タカムラ
地獄の高官であり自由に地獄と現世を行き来でき、強力な呪術を使う。
お供に降魔の化け猫の子を連れている。
『御前』と呼ばれる妖女が横に手をかざすと空間に黒い大きな穴が開いた。
あれは小町の技と同じ『地獄の井戸』ではないのか、なぜこの魔物が小町と同じ技を使えるんだ?
その黒い穴の中から、細長い腕がニュッと出てきた。
緑がかった肌の巨大な鬼が中から現れる。
ザンバラ髪に乱れて生えた牙、大きく丸く膨らんだ腹に細長い手足。
落ち窪んだ眼が金色に光って動く。
背中を丸めているが、おそらく身長は3メートル近くあるのではないだろうか。
「なんじゃ?ありゃ!」
「熾燃餓鬼だ!油断するなタスク!」振り向きもせずコマチが答えた。
いや、油断するなって言うけど、どうすんだ?これ
なんかイメージしていた餓鬼と違うし。
餓鬼はいきなり口から炎を吹き出した。
カヲルさんは横に飛び退きざまに回転受身でヒラリとかわす。
マジでアクション映画のヒロインみたいだ。
俺はと言えば「うぎゃああああ!」と必死で逃げ回った。
まるでコメディ映画のモブキャラみたいだ。
…と、見れば、走りながら思わず左手で『カマ様の鎌』を抜いていた事に気づいた。
(あ、抜けてた)
コマチは素早く背後に回り込んで手をかざす。
『恋火!』
餓鬼に負けず劣らず強烈な火炎がコマチの全身から吹き出す。
もはや超能力戦争だ。
なるほど、これなら鬼の棲家に手ぶらで来れるはずだわ。
だが餓鬼はコマチの炎に包まれても平然としている。
「なんで平気なんだ?」
「熾燃餓鬼が炎の属性だからだ」
「そうなの?」
全身が火炎属性。そんな怪物どうやって倒すんだよ。
餓鬼は今度はこちらに向かって口から炎を吐きかけた。
うぎゃ!やばいだろこれ!
逃げ様としたところをコマチに捕まえられて逃げられない。
コマチは両手をかざして言霊を唱える。
思ふこと「皆尽きね」とて 麻の葉を
切りに切りても 祓へつるかな…
『水無月!』
不思議なことに餓鬼の吐いた炎はコマチのバリヤーによって目の前で遮断された。
バリヤーも張れるのかよ!
忍者並みの身体能力に火炎を発射してバリヤーも張れる。まるでスーパーヒーローだ。
というか小野小町ってそういうキャラで良いのか?
というか、この様な超能力バトルはコマチに任せて逃げるべきではなかろうかとカヲルさんを見れば、カヲルさんは髪をかき上げながら「ふふ〜ん」と、いつものクールな笑顔で微笑むと、小太刀を顔の前に立てて祈る様に構える。
まるで舞を舞うようにカヲルさんは謎の呪文を唱え初めた。
「天に向い一ツの印!地に向かい六つの印!
西に向かい三つの印!東に向かい四つの印!
北に向かい二つの印!南に向かい五つの印!」
『電光!』
カヲルさんはパッと腰を落として左手を盾のようにかざし、小太刀を右斜め上に高く差し上げると、餓鬼が「ギャァ!」と、顔を押さえた。
「え?魔法?」
まさかカヲルさんまで超能力が使えるのか?と思ったが、見れば餓鬼の顔には数本の棒手裏剣が散弾銃で撃たれたかのように顔中に刺さっていた。
いつの間にか手裏剣をまとめて投げつけていたらしい。
マジで忍者かよこの人は。
その機を逃さずコマチが俺の左手を握ってくる。
「タスク!神器を構えろ!」
「え?」
手をつないだままコマチは歌を詠みはじめた。
有るは無く 無きは数添う 世の中に
あはれいづれの 日まで歎かむ
『有無一剣!』
コマチの歌に応えるかのように右手に持っていた『カマ様の鎌』がシャキン!と開き、一本の剣の形に変わった。
え?いま握ってたんですけど??
鎌の刃は俺の指をかまわず通過して勝手に妙な形の剣になってしまったのだ。
カヲルさんが目を丸くして叫んだ。
「フツのミタマのタチ!」
え?これが神話の刀?なんで?
「行けえ!タスク!」
「え?」
と言うなりコマチのヤツは、いきなり俺を前に突き飛ばした。
俺は手足をばたつかせながらヨロけると目の前に巨大な餓鬼の姿が迫る。
うわぁああああ!死ぬううう!
思わず『カマ様の神器』を振り回すと、何の手ごたえも無く巨大な熾燃餓鬼はスッパリと真っ二つに断ち切られ、煙となって消え失せた。
「何が起きた?死んだのか?」
コマチは呆れた顔をした。
「餓鬼は最初から死んでおる。お前の『袈裟の一刀』によりあの熾燃餓鬼は地獄の悪因縁から解き放たれて往生したのじゃ」
「往生?」
「その『タチ』により、あの悪因縁の連鎖がタチ切られ、新たに生まれ変わる。そう言う事じゃ」
コマチは当たり前の様にワケの分からない事を言う。
意味わかんないんすけど、どうやらこの『フツのミタマのタチ』で斬られた餓鬼は、問答無用で成仏してしまうらしい。
……という事は、俺がこれで鬼と戦う事になるのか??
その時である。
「御前、そろそろお帰り願いませんかな」
銀色の礼服を着た長身の男がいつの間にか目の前に立っていた。結婚式で新郎が着ている様な服だ。
スラリとした姿に白い子猫を抱いている。
(御前?そういえばコマチのヤツもあの魔女を御前と呼んでいた。この三人は知り合いなのか?)
魔女は赤い唇でニヤりと笑みを含ませると再び無数の黒い穴を広げ始め、その中から無数の鬼が這い出てくる。
ちょっ!あれ全部が熾燃餓鬼かよ!!
「やれやれ」男は呆れた口調で腕から猫を放つ。
白猫がピョンと飛び降りると、小さな童女に変わった…いや、尻尾と猫耳があるんですけど…
猫娘は金と銀の両目で睨み付けると鬼たちの動きが一斉に止まった。
金縛りだろうか?
この猫娘の超能力か。
「何なんだ?誰だありゃ?」
コマチが当たり前の様に言う。
「地獄の官吏タカムラだぞ?知らんのか」
知るワケねえだろ!
タカムラはマジシャンの様にトランプみたいなカードを取り出すと、指で空中に文字の様なものを描き始める。
「これ魔王尊天の掟により幽界の門を塞ぐ者なり、闔べきその令旨かくの如し」
え?魔王?
このタカムラという人物は魔王に関わる人物なのか?
「急急如律令」
タカムラがカードを放り投げると、ズン!と地鳴りが響き渡り突風が吹き抜ける。
気がつくと鬼たちの『地獄の穴』も、銀髪の魔女も全て消えていた。
すごい!コマチの火炎も凄いけど、この男の術はケタが違う威力だ。
タカムラが手をかざすと正面に紫色の光と共に黒い穴が開く。
驚いた。
コマチが和歌を詠んでようやく開けたあの黒い地獄の井戸を、このタカムラやあの妖女はいとも簡単に開いたり閉じたりしてしまう。この二人はそれほど強い術者なのか。
タカムラがコマチの方へ振り返る。
コマチは何も言わず、まっすぐタカムラと共に黒い穴に向かって歩き出した。
「おい!コマチ!」
俺はとっさにコマチを呼び止めたが、白い猫娘の金銀のオッドアイに見られると金縛りにかかり動けなくなってしまった。
コマチは俺の方を少し振り返ると、三人は黒い穴の中に消えて行った。
なぜかコマチが遠くに去ってしまった気がした。
〜06 「熾燃餓鬼」〜 完
(=φωφ=)あとがき
>あるは無く 無きは数添う 世の中の
いずれあわれの 日まで長けん
これは剣術書に書いてある小野小町の歌ですね。やはり小野小町は武芸者だったのでしょうか(んなワケ無い)
※古今集では「あるはなく なきは数添ふ世の中に あはれいづれの日まで歎かむ」
>熾燃餓鬼
餓鬼の種類の一つですね。
城郭を破し民衆を殺して財産を奪い、権力者に取り入る者が堕ちる餓鬼です。おそらく戦争の利益と欲に取り憑かれた餓鬼なのでしょう。
自分自身から出る地獄の炎により体が燃えると言われます。
>天に向い一ツの印 地に向かい六つの印
この呪文は奥山念流さんからパクリました。
電光というのは別な流派の手裏剣技です。
> 袈裟の一刀
居合の教えですね。
悪意で人を害する者は、永遠に悪の因果からは逃れられない。
ならば林崎明神(居合の神)より授かったこの剣技で葬れば、その悪の因縁から切り放たれ、明神の手で救われるという思想ですね。




