57 烏の羽の表の謎
【登場人物】
中臣鎌足(カマ様)
人間に転生した天魔の神『天狐』東国の獣神であり人間体でも魔物を圧倒できる身体能力を持つ。
額田姫王・鏡王女
中大兄皇子の元妻であり、神の歌「言霊」を使う少女。
琵琶湖の龍王女の転生体である。
葛城皇子(中大兄皇子)
女性と見まごう白く美しい外観に凶悪で残酷な内面を持ち合わせる。
額田姫王や倭姫王の夫であり魔族を率いる魔王でもある。
チビコマチ(小野小町)
額田姫王に歌を学ぶため飛鳥時代に連れて来られた平安時代の少女。
巫女舞風の装束を身にまとい「言霊」を使う。
厳 (ゴン)
春日の森で「鬼神の塚」を守る片目の野守。
なぜかチビコマチのお供をしている
鈴鹿御前(倭姫王)
天照大神の依代であり第六天魔王の一人。
なぜか高位天魔を人間に転生させて飛鳥の都に集結させている。
ちゃっかり自分も皇女に転生した。だがまだ子供である。
小狐丸
黒い戦闘魔獣。魔物を斬る神刀を鍛える刀工でもある。
お玉(玉藻)
百済王妃に化けた九本尻尾の妖狐の少女。
幻覚を操り、人間を魔物化させる能力を持つ。
カマタリは額田姫王とチカタくん6才と共に三人で地獄の井戸を通り抜け、再び阿倍内麻呂の部屋に戻る。
部屋は閉ざされ中は散らかっていた。
軽大王の命令で、舎人たちが調査したのだろう。むしろ誰も入って来ないのは好都合だ。
「これは密室殺人ね!」
額田姫王は目をキラキラさせている。
「いやこの部屋には三人も居たんですけど…」
カマタリのツッコミをよそに額田姫王は腕組みしがら部屋を歩き回る。
「被害者は密談中に毒を盛られて殺された…犯人はその密談の相手の可能性があるわね」
「いや密談じゃねえし…というかそれだと俺が犯人になっちゃうんですけど!」
「うるさいわね!いいから私に任せなさいっ!」額田姫王はビシッと指さすと目がギラリと青く光った。
「……なんだろうすごく不安だ」カマタリのつぶやきにチカタがうなずいた。
額田姫王は倒れた酒壜の中をのぞき込む。
毒酒がまだ少し残っているが中には仕掛けらしいものが何も無い。
だが、ただならぬ妖気を感じる。
「これが巫蠱の壜ね…でも中に蟲は居ないみたい」
そういうと額田姫王は壜に手をかざした。
三輪山を しかも隠すか 雲だにも
心あらなも『隠さふべしや』
額田姫王が探知魔法の歌を詠むと、空き壜の中を白い光が走り回り、赤く変わった。何かに反応はしているようだ。
「私の推理では、この壜には何か仕掛けがあるわ!」
「それ推理じゃねえだろ…」
「この壜は事件の謎を解くカギなのよ、もっとよく調べてみなよ」
「どうやってさ?」
「割ってみなよ!そうすれば分かるじゃない」
「はあ?俺がやるの?」
なんともガサツな名探偵である。
カマタリは小狐丸の岩屋から拾って来た山刀の柄で壜をコンコン叩く。
「ん?何か音が変だな」
強く柄をコン!と打ち付けると酒壜がパカっと二つに割れる。すると中から無数の虫がボロッとこぼれ落ちてきた。
「イテっ!刺された!」落ちた虫の一匹が腕の皮膚に触れただけで激痛が走った。カマタリがとっさに酒壜を投げ捨てると壜が割れてさらに無数の虫がサササッっと走り出す。
「キャッ!虫っ」額田姫王はカマタリの肩に飛び乗る。
「雷!」
カマタリの指先から静電気が走り、バチッ!と一瞬の放電で虫を焼き尽くした。
「何だこの虫は?」
小さな茶色いハンミョウのようだ。
カマタリは指で虫をつまむ。
「アチっ!」
虫を投げ捨てると指先に水ぶくれができている。
触っただけでこれほどの威力があるのか。
「これが毒の正体だな」
「やっぱり巫蠱ね。推理どおりだわ!」
「推理ねえ…」カマタリは渋い顔になる。
ツチハンミョウは体液に猛毒のカンタリジンが含まれており、触ると皮膚に即効性の炎症を起こす。
しかも強力な妖気を感じる。おそらく巫蠱で強化された蟲であろう。
即効性の毒薬、これで左大臣は暗殺されたのだ。
「しかしあの時はこんなに強い蟲の妖気は感じなかったけどな」
酒壜の破片を調べると内側は二重になっていた。
壜の内部はデコボコで、その凹みに薄い殻のようなもので蓋をして貼り付けて塞いである。その中に無数の虫を隠していたようだ。
「これだけ大量の毒蟲じゃあイチコロだな。でも俺が飲んだ時は何とも無かったが…」
「それはキミが鈍いからまだ毒が効いてないんじゃないの?」
「んなワケあるかい!」
この壜を用意したのは羊さんだ。
彼なら毒を混入させるのは不可能ではない。
しかし彼がなぜ?
チカタが部屋の隅に黒い羽根が落ちているのを拾い上げて来た。
「あ!それは…」
「何それ?カラスの羽根かしら?」
「とりあえずこのカラスの羽根を持ち帰って調べてみるか…」
「私の推理ではこの羽根が事件の謎を解くカギね」
……………いや、ツッコムのはよそうとカマタリは思った。
中臣の屋敷。
部屋の中ではカラスの黒い羽根を囲んでカマタリと額田姫王 が額を突き合わせてうなっている。
中臣御食子はアグラの上にチカタを座らせていた。
この黒い羽根は何か?
羽根からは特に殺気は感じられない。
カマタリの神眼にも額田姫王の探知魔法にも中臣御食子の占いにも反応は無い。
もちろん毒でも魔法兵器でもない。
ただの羽根なのか?
それともカマタリたち神にも未知の魔術なのか?
床の上に置いたカラスの羽根を見ながら二人は腕組みして考えるが、やはり何も思いつかない。
するとチカタが無言でカラスの羽根に近寄って拾い上げると、ペタン!と両手で挟みつけた。
「キャア!やめてよ!もう」と悲鳴を上げて額田姫王はチカタから羽根を取り上げる。
「おいおい、そりゃ毒かもしれねえんだぞチカタくん」と言いかけてカマタリはチカタの手に黒い文字のようなものが写っているのが目に入った。
「おい、何だそりゃ?」
「あら何かしら?」
「ほう、これは呪符のようじゃな」
中臣御食子が文字をのぞき込みながら白髪のヒゲをなでる。
「呪符ですか?父上」
「黒いカラスの羽根に黒い墨で呪符を書いたようじゃな。それが子供の柔肌に貼り付き、墨文字がチカタの手に写し取られたのじゃろう」
「あ…なるほど!」
カマタリと額田姫王が声をそろえて感嘆する。
さすがに御食子は神祇長官だけあって一目で呪術を見破った。
ただのトボケた爺さんでは無い!
「これは何の呪符なんですか?父上」
「たしか身体を温める護身術だったかのう」
「温める?…それだけですか?」
「そうじゃ」
「何そのつまんない魔法」
額田姫王が残念そうな顔をする。
しかし他愛もない魔法である。
(いや…そういえば最初に渡された時の壜は通常より冷たかった気がする)
「そうか!俺が飲んだ時はまだ酒が冷たかった。冷えた壜の中で蟲は眠っていたんだ!」
「虫って眠らせられるの?」
「冬眠できる品種はおるようじゃな。温度管理が必要じゃが冬眠させる事は可能じゃと聞くのう」
「蟲を一度冬眠させて、そこにふつうの薬酒を入れ、その酒を俺に飲ませる。これで皆んなはこれがただの薬酒だと信じる。
その後にカラスの呪符を仕込んで壜を温める。
すると壜の内側で眠っていた蟲は、温められて起き出し、薄い殻を破る。
酒が殻の内側に流れ込み、驚いた蟲は一気に毒を排出する」
「なるほど、そのために手近なマヌケにワザと酒を飲ませてアリバイ工作をしたのね」
「そうだ。いや、マヌケって…キミ」
額田姫王が立ち上がる。
「それで謎が解けたわ、魔力が弱過ぎて毒蟲の妖気に気づかなかった。犯人は妖術使いね!」
殺気のある魔法や強力な蠱毒ならカマタリは察知していたはずである。だが眠らされた蟲や温めるだけの呪符では魔力が弱過ぎて気づかなかった。
盲点だった。
「ふむ」と中臣御食子が腕を組みながらヒゲをなでる。
「そういえば高麗人がカラスの羽根に文字を隠していた話は聞いた事があるのう」
「えっ?本当ですか!父上」
「むかし越の国(※北陸地域)にな、高句麗の大使の船が漂着し難破したのじゃが、当時は高句麗とは国交が無いのでな。船と乗員は、そのまま高句麗に送り返したそうじゃ」
「大使を送り返しちゃったんですか」
「まぁ百済や新羅の関係もあるからな。さらに中華と対立している高句麗にいきなり来られても、我が朝も困ったのであろう。吉備の船に乗せて送り返したのだが、それ故に事件が起きた」
「外交問題ですか?」
「ふむ、朝廷が派遣した船から高句麗の大使が海に突き落とされて殺されたのじゃな」
「え、それってヤバくないですか」
「大問題じやな。理由は良く分かっていないが、朝貢の物資を吉備の縁者が奪っていたのか、あるいは高句麗に恨みがあったか、あるいは…」
「あるいは?」
「百済や新羅、または隋と何か裏取引をしていたか」
工作員か…だいぶ複雑な状況だったようだ。
「それで翌年、高句麗の使者は再びやって来て、大王(敏達天皇)にカラスの羽根の『表疏』を渡したと聞く」
※ 表疏:皇帝への意見書、報告書
「カラスの羽根の報告書を大王に?高句麗は、なぜそのような物を送って来たのでしょう?」
「読まれてはマズイ内容だったのじゃろうな。まぁじっさいに大王(敏達天皇)にお渡しした『表疏』でありながら誰も読めなかった」
額田姫王が膝を打った。
「きっとダイイングメッセージで真犯人の名前が書いてあったのよ!」
また名探偵がてきとうな推理をしているが、天皇に直接読んでもらうという意味では成功している。
真相は案外そんなものだったのかもしれない。
「それで、そのカラスの羽根はどうなったのです?」
「王辰爾が解読したと言われるな」
「どうやって見破ったのですか?」
「王辰爾はカラスの羽根に湯気をあてて、それを絹に転写して見破ったと聞く」
「なるほど蒸気でカラスの羽根を蒸らして墨を浮かし転写させる。それでチカタは自分の手に墨を転写させたのか」
チカタはコクリとうなずいた。
すごい。さすが厩戸王の孫だ。
いや、ひょっとしたらチカタは本当に聖徳太子の生まれ変わりではないのか?
それで山背大兄王はこの子だけは生かしておきたかったのではないだろうか。
「さすがチカタね!私に似て名推理だわ」額田姫王はチカタにムニュ〜っと抱きつく。
(いやチカタくんは山背大兄王の…まあいいか)
「ところで父上、王辰爾とは何者なのですか?」
「港の外国船の税関をやっておった「船」と名乗る百済人の一族じゃ」
「百済人?」
船氏
港の
韓三国の中でも百済は海外の文字や言語に通じているので唐でも百済人を使っていたと言われる。
「王辰爾は百済の辰斯王の末裔と名乗り、王仁博士の再来とばかりに帝の側近となった。ほれ、あの蘇我のエミシの邸宅で国史の編纂をしておったのも今来漢の一族じゃ」
※今来漢:新規の渡来人。唐人も韓人もまとめて漢氏となり、王仁博士の末裔を名乗っていた。
「学才で入朝したのですね」
「もちろんそうではあるが、学者を我が朝廷に大量流入させる事により、いざ海外有事のさいは外交を百済有利に運ぶことになろうな」
海外有事…そうか、朝鮮半島の戦に日本が巻き込まれる事にもなるのか。
「その「漢」の一族はどこにいるのです?」
「河内じゃ。河内に韓人の村があるじゃろ。あそこじゃよ」
「河内の百済……あっ!」
カマタリの脳裏に高志才智の顔が浮かんだ。
〜57 烏の羽の表の謎 〜完
【年表】
◼ 573年高句麗の使者が越の海岸で難破。
吉備海部の船を派遣させ高句麗の使者二人を乗せて出航したが、途中で海に投げ落とし寄港してしまったと言われる。
◼ 574年高句麗の使者が再来。
(この時、敏達天皇に渡されたのが 烏羽の表か?)
王辰爾が解読したと言われる。
◼ ︎645年蘇我入鹿暗殺
◼ 649年、阿倍内麻呂死亡
(=φωφ=)あとがき。
> 烏羽の表
ぶっちゃけ何のために送られたものなのか?実話なのかすら全くわかりませんが、そういう伝説があります。
>名探偵、額田姫王
今回も大活躍でした。
次回も大活躍します(続くのかよ!)




