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52 歌聖 紀の朝雄

【登場人物】

 中臣鎌足(カマ様)

人間に転生した天魔の神『天狐(あまつきつね)』東国の獣神であり人間体でも魔物を圧倒できる身体能力を持つ。


 額田姫王(ぬかたのひめみこ)

中大兄皇子の妻であり、神の歌「言霊」を使う少女。

琵琶湖の龍王女の転生体である。


 葛城皇子(中大兄皇子)

女性と見まごう白く美しい外観に凶悪で残酷な内面を持ち合わせる。

額田姫王や倭姫王の夫であり魔族を率いる魔王でもある。


 チビコマチ(小野小町)

額田姫王に歌を学ぶため飛鳥時代に連れて来られた平安時代の少女。

巫女舞風の装束を身にまとい「言霊」を使う。


 厳 (ゴン)

春日の森で「鬼神の塚」を守る片目の野守。

なぜかチビコマチのお供をしている


 鈴鹿御前(倭姫)

天照大神の依代であり第六天魔王の一人。

なぜか高位天魔を人間に転生させて飛鳥の都に集結させている。

この時すでに五百歳を超えている美女。

 古人大兄皇子がいきなり出家してしまった。

その話を聞いた古人大兄皇子の家人たちは大騒ぎになったが、赤い服の少女が現れて「これで良い、逆らえば葛城皇子が攻めてくるぞ、死にたくなければ静かにしておれ」と一喝すると、家人や武将たちは何かに取り憑かれたかの様にフラフラと散って行き、まるで古人大兄皇子が以前から出家していたかの様に元の日常生活に戻っていった。


 その当日。軽皇子は皇極天皇より玉璽(ぎょくじ)を譲り受け、念願の天皇に即位する。

間人皇女(はしひとのひめみこ)は正式に国家の皇后となり、そして次の東宮(皇位継承者)は葛城皇子、つまり中大兄皇子である。


 孝徳天皇となった軽皇子はここから次々と新しい政策を実行する

 いずれも儒教の教えに則り、唐や高句麗を参考にしたものであろう。

一気に日本の近代化が進められた。


 カマタリは内臣(うちつおみ)という謎の役職を(いただ)いたが、やってる事は時々中大兄皇子からの命令で情報収集や『反逆者の始末』が主な任務である。

 このままでは中大兄皇子に皆殺しにされてしまうためカマタリは必死であちこちの不満をもらす豪族たちを説得して回った。

 始めは中大兄皇子の使者という事で、みなカマタリを(いぶか)しんでいたが、カマタリはもともと中央政治とは無縁だった東国育ちの武人である。豪族たちもだんだんカマタリを理解し、打ち解け始めてきた。

 カマタリの内臣(うちつおみ)デビューは、まさかの意外な大活躍であった。


 カマタリが殿中をブラブラ歩いていると声をかけられる。

内臣(うちつおみ)様、内臣(うちつおみ)様」と呼ぶ声がする。

 カマタリは自分が呼ばれているとも気づかずポケ〜っと歩いていると

「鹿島のカマどの!」と呼び止められる。

あわてて振り返ると、みすぼらしい衣冠姿の小柄な初老の男が背後にいたのに全く気づかなかった。


紀朝雄(きのともお)です。東国より戻ってまいりました内臣(うちつおみ)様」

紀朝雄(きのともお)と名乗る小男はニコニコしながら薄くなってきた髪の頭を下げる。


「紀の(むらじ) 」とは、主に軍事力をもって仕えた氏族と言われる。カマタリの中臣の(むらじ)神祇(じんぎ)や祭礼を行う専門職の家、専管である。


 しかしこの紀朝雄(きのともお)という男、とても武人には見えないが、ひょっとしたらこう見えても歴戦の武将なのかもしれない。


「中つ臣のカマ…いや鎌足(カマタリ)です。よろしく」


内臣(うちつおみ)さまのお屋敷には額田姫王(ぬかたのひめみこ)さまがお住まいでしたね」と紀朝雄(きのともお)は親しそうに笑顔で話す。


「えっ!ええウチに居ますが、なぜそれをご存知なので?」いきなり額田姫王(ぬかたのひめみこ)の名前が出て驚いた。

秘密にしていたはずなのに!


「こちらに戻って来てから神祇伯のお屋敷にも時々伺っておりますが、そのさいにお二人とお子様と三人にはよくお目にかかっておりますし」


(えっ!?居たっけ??)

カマタリは中大兄皇子の襲撃に備えて屋敷では超感覚の千里眼を張り巡らせている。もし誰かに見られていたのなら、それを感知するはずなのだが全く記憶に無い。


「それにカマどのとは香取の海では、我ら「紀」の兵たちと皆で何度か魚を取りに行ったりしていましたし」


(ええええ!ぜんぜん覚えていない!)


 いや、鹿嶋に居たころたしかに「紀」の兵士たちともよく船遊びに出た。

…そういえば身分の高い武将が一緒に居たような気がするが顔が思い出せない。


「先日もお庭で三人で薬草を摘んで居たところをお声かけしましたし」


(居たっ!思い出した!そういえば誰かと話した気がするっ!)

 ひょっとしてこの男、あまりにも影が薄す過ぎてカマタリの神眼をもってしても全く気づかれなかったのかもしれない。

 もはや才能である。


「ところで紀朝雄(きのともお)どの、額田姫王(ぬかたのひめみこ)様に何かご用で?」


内臣(うちつおみ)さまも鹿島に居たころからご存知でしょうが、私は『歌が趣味』でしてな」


(いやぜんぜん覚えてないっす!)


 紀朝雄(きのともお)は懐からゴソゴソと二、三枚つづりの竹簡※を取り出した。

何か下手くそな字が万葉仮名細かく書いてあり、ところどころ小刀削って修正した跡があった。


※竹簡:薄い竹板を何枚もつづった古代のメモ書き


「これは?」


「ほれ、あの月夜の舟の上で、皆で歌会をした時の歌でございますよ。我ながら会心の出来栄えでした」

 あ!そういや「紀」の兵士たちと月夜に船遊びしながらテキトウに歌を詠み合ったりしたな…

 でも全然覚えてないっ!


「あの時はカマどのにも良い歌じゃと喜んでいただけましたしのう」


(ごめん!全然覚えてない!!)


「カマどの…いや内臣(うちつおみ)カマタリ様と額田姫王(ぬかたのひめみこ)様の妻問(つまどい)の祝いにでもと、いろいろ考えたのですが、歌を送るのが一番良いかと思いまして、ぜひこの歌を」


「は?妻問(つまどい) ?」


 当時は結婚式という儀式は無い。

妻問(つまどい) とは現代でいう男が女性の家に通い、女性の家族に婿として認められて家族に加わるというものである。

 だが額田姫王(ぬかたのひめみこ)の場合はチカタや葛城皇子とのイロイロななりゆき上、勝手に中臣の屋敷に居着いてしまった形だ。

 しかも額田姫王(ぬかたのひめみこ)は中大兄皇子の人妻、東宮王妃である。

 もっとも父親の中臣御食子(なかとみのみけこ)額田姫王(ぬかたのひめみこ)が家に来てくれて大喜びだったが。


 紀朝雄(きのともお)は笑顔でカマタリに自作の歌を書いた竹簡を渡すとテクテクと去って行った。

カマタリは呆然とヘタクソな字の竹簡をながめて首をひねる。

「どうすんだ…これ?」


「歌ぁ?この私に?」

中臣の屋敷に帰って来て額田姫王(ぬかたのひめみこ)に竹簡を見せると、やはりムッとした顔をする。


「で、何て書いてあるのよっ!」

額田姫王(ぬかたのひめみこ)はふてくされたようにチカタをオモチャのようぶらぶらさせながら言う。


「ん〜と…草も、木も…わが大君の、国なれ、ば?」


 額田姫王(ぬかたのひめみこ)は眉をしかめる。すでに気に入らない様だ。


「あ!わかった。草も木も我が大君の国なれば、いづくか鬼の(すみか)なるべしだな」


「何それ?歌なの?」額田姫王(ぬかたのひめみこ)とチカタは首をひねる。


「え、わりといい歌じゃん、皇軍の兵ここにありって感じで。鹿島の砦を思い出すなぁ」


「ヤダ信じらんない!ダサ過ぎぃ!」

額田姫王(ぬかたのひめみこ)はチカタの手をブンブン振り回して全否定する。


「そうかなあ」


するとそこに

「せっかくだから歌会でも開こうではないか」との女性の声がする。


「歌会ねえ…って、誰?」

振り返ると横には中大兄皇子が居た。

「やあカマタリ」

中大兄皇子は仮面の様な白い顔で無表情に微笑む。


「出たあ!」

カマタリは転がりながら飛び退いた。


「何を驚いておるかカマよ」

足元から声がする。

 カマタリが目線を下に落とすと、そこには黒髪を伸ばした赤い服の少女が切れ上がった目で見つめていた。

カマタリは呆然と赤い服の少女を見返す。


「私だ、忘れたのか」


「へ?」


「私の妻だ」中大兄皇子は顔を傾けてフワリと笑った。

「妻?この子が?」どう見てもまだ小さ過ぎる。


額田姫王(ぬかたのひめみこ)があわててチカタの横に膝を着き(かしこ)まった。


「誰?」

倭姫王(やまとひめのおおきみ)よ!鈴鹿御前様よ」

「えええええ!」

この少女が鈴鹿御前の転生体なのか??

カマタリもあわてて床に這い(つくば)う。


「忙しくてまだ転生したばかりなので子どもだがな」

チビ御前はチカタの菓子に手を伸ばしてポリポリかじり始める。

 いったい何に忙しいのだろうか?


「私の身分にふさわしい転生体の身体がこれしか無かったのだ」


「身分?ですか」


「古人大兄皇子の娘なら身分としてはちょうど良かろう」


「ええっ!古人大兄皇子の娘?!」


「安心いたせ、出家した古人大兄皇子は吉野から伊勢に逃してやっておいた。親孝行じゃからな」

 そりゃひどい。

いや吉野に放置しているとしても、いつ中大兄皇子に討たれるか分からない。

これでいいのか。


「しかし相変わらずメチャクチャっすね」


「というわけで、お前の結婚祝いに歌会を開くぞカマよ」

チビッコの鈴鹿御前がいきなりイベントを入れて来る。


「相変わらず唐突ですね。というか結婚って?」


 中大兄皇子が仮面のような顔で微笑む。

「約束したろう、お前に額田をくれてやると」


「え、そんな…」と、言いかけると額田姫王(ぬかたのひめみこ)がキッ!と振り向き瞳がギラリと青く輝いた。


「謹んでお受けして我が妻に乞おうと思います」

(あ、勢いで言ってしまった)


「まぁ考えてあげてもいいわよ」額田姫王(ぬかたのひめみこ)はツン!と胸を張る。

…いや今さら…とは思いつつも、これで魔王中大兄皇子の襲撃が無くなるのであれば全て丸く収まる。悪い話ではない。


 というわけで中臣の屋敷では歌会とは名ばかりの大宴会が開かれた。

 なんと中大兄皇子や大海皇子まで参加する、国家規模の(うたげ)となってしまったのである。

 神楽にあわせて中臣家の楽団や巫女たちが歌い舞い踊る。

酒もまわり大海皇子が酔った足取りで巫女の舞衣をかぶり「では私も舞いを」と立ち上がると

 乙女ども〜乙女さびすも唐玉を〜

  袂に巻きて乙女さびすも〜

袖を振り回しながらグルグルと回ると会場が大笑いになる。

 ホントにこんな舞があるのか?

額田姫王(ぬかたのひめみこ)も腹を抱えて笑っていた。

こんな彼女を見るのは初めてだ。「よし、今夜から可愛がってやらねば…なあ」とカマタリは決心するようにチカタに言う。


額田姫王(ぬかたのひめみこ)、お前も歌ってみよ」

まだチビッコの鈴鹿御前が巨大な盃を飲み干しながら言うと額田姫王(ぬかたのひめみこ)は立ち上がり御前の側にかしこまってから歌を読み始める。


  玉櫛笥(たまくしげ)

   覆うを安み 明けていなば

  君が名はあれど 我が名し惜しも


 これをムリヤリに意訳すれば

「今まで隠れるように過ごした二人の生活が皆に知られてしまったおかげで、あなたの評判は上がるでしょうけど、私からすればイメージダウンだわ!」みたいな意味だろうか。

 エレガントな単語を使いつつ、ツンデレな高飛車さを萌え要素として使った高等テクニックである。


 宮廷歌人のあまりにも見事な歌に座が静まり返えった。

「こりゃすごい。中大兄皇子が手元に置いておきたかったわけだ」

歌の良し悪しは全く分からないがカマタリは納得した。


「ほれ、お前も歌わぬか」チビッコの鈴鹿御前がカマタリに歌わせる。

「はあ、歌ですか?…でわ」

カマタリは少し考えたが、よく分からないのでアドリブで発進する。


 我はもや〜ああ 安見児得たり

  皆人の〜得難にすと言う〜

 安見児得たり


 ひどい歌である。

安見児とは天皇に仕える宮廷の女官の意味だが、カマタリ的には巫女の女王である額田姫王(ぬかたのひめみこ)が家に落ち着けた意味をてきとうに入れたつもりであったが、歌を聞いた周囲の貴族たちはひきつっていた。


「いや!カマどの!すばらしい歌でした!東国を思い出し感激しました」

紀朝雄(きのともお)が酒の入った瓶子(へいし)を持ちながらカマタリの前に歩み出た。


「さすが紀朝雄(きのともお)どの!お分かりいただけましたか!」


二人は大笑いしながら酒を酌み交わしている。ヘタクソはヘタクソ同士で通じ合うものがあるらしい。

 額田姫王(ぬかたのひめみこ)は怒りに燃えた表情で二人を睨んでいる。

チカタはそっとその場を離れて行った。


 (うたげ)も終わりカマタリたちが見送りに出る。

 中大兄皇子たちは地獄の井戸を通ってさっさと帰ってしまっていた。

 酔った大海皇子は自宅から輿(こし)を呼び寄越させていたようだ。


 大海皇子が近づくと輿(こし)の中から小さな女の子が飛び出て来て額田姫王(ぬかたのひめみこ)にまっすぐ駆け寄り抱きついた。

「まぁ!十市(とおち)

額田姫王(ぬかたのひめみこ)は腰を落として少女を抱きしめる。


「かわいい娘だね」

「そうでしょ!私の産んだ子だもん!」

「へ?」


 酔った大海皇子は額田姫王(ぬかたのひめみこ)の肩を抱いて三人仲睦まじく寄り添う。

初めて見る彼女の晴れやかな笑顔であった。


カマタリとチカタは思わず顔を見合わせた。




 〜52 歌聖 紀のともお〜完

 (=φωφ=)あとがき。

英雄、紀朝雄(きのともお)の登場ですねえ。

この人が和歌で四鬼を退治したと言われます。

コマチさんも敵わないと言っていた歌聖ですね。


 > 十市皇女(とおちのひめみこ)

大海皇子と額田王の娘だと言われます。

その後、母の額田王は葛城皇子に取られてしまいますが、いろいろと悲劇のヒロイン要素のある皇女ですねえ。


 > 大海皇子の舞

「あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る」この20年後に額田王が歌った有名な歌ですが、「君が袖振る」とは大海皇子が袖振りの舞いを舞ったからという説があります。

これが天武天皇(大海皇子)の『五節舞(ごせちのまい)』の始まりですね。

というのはウソです。

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