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51 内臣って…何?

【登場人物】

 中臣鎌足(カマ様)

人間に転生した天魔の神『天狐(あまつきつね)』東国の獣神であり人間体でも魔物を圧倒できる身体能力を持つ。


 額田姫王(ぬかたのひめみこ)

中大兄皇子の妻であり、神の歌「言霊」を使う少女。

琵琶湖の龍王女の転生体である。


 葛城皇子(中大兄皇子)

女性と見まごう白く美しい外観に凶悪で残酷な内面を持ち合わせる。

額田姫王や倭姫王の夫であり魔族を率いる魔王でもある。


 チビコマチ(小野小町)

額田姫王に歌を学ぶため飛鳥時代に連れて来られた平安時代の少女。

巫女舞風の装束を身にまとい「言霊」を使う。


 厳 (ゴン)

春日の森で「鬼神の塚」を守る片目の野守。

なぜかチビコマチのお供をしている


 鈴鹿御前(倭姫)

天照大神の依代であり第六天魔王の一人。

なぜか高位天魔を人間に転生させて飛鳥の都に集結させている。

この時すでに五百歳を超えている美女。


 土砂降りの雨の中、蘇我入鹿の遺体は庭に放置されたままだったと言われる。


「こんな姿になっちまって…」

雨の中、カマタリと仮面の魔人に立ち尽くした。

 カマタリは周囲をバリケードのように障子で囲わせ、衣服の乱れを整える。


 日が落ちた頃、蘇我の屋敷から家人たちが来た。異国の甲冑で武装した十人ほどの兵士たちを引き連れている。

 兵たちはカマタリに矛を向けながら近づいて来る。


「連れて行ってやってくれ」

 蘇我家の家人たちはカマタリに頭を下げるとイルカの遺体を麻布に包んで輿(こし)に乗せて蘇我の宮門(みかど)へ持ち帰った。


 葛城皇子は法興寺(飛鳥寺)に籠り兵を挙げた、蘇我エミシと一戦交えるつもりらしい。

葛城皇子の元には義父である蘇我の石川麻呂をはじめ、蘇我エミシに反発する蘇我氏族たちが集まっている。

 軽皇子も各地の諸侯に逆臣蘇我エミシを倒すべし!との(げき)を飛ばし、兵を集めていると聞く。


 妖狐の少女は雨が降り出すとサッサと百済王子の館に帰ってしまった。

カマタリの元には仮面の魔人だけが残り、近くの大樹の下で二人で雨宿りしていた。

「そういやアンタの名前を聞いて無かったな」

「名前は無い」

「んなワケ無えだろ〜」

 仮面の魔人は少し考えて表情も変えずに答える。

「小狐丸…」

「んあ?どう見ても大狐だろ」

倭姫神(やまとひめがみ)()をそう呼んだ」

「そうか、御前がそう言うんじゃ仕方ないわな…じゃあ小狐か…」

「それでいい」

カマタリは今ひとつ納得できないが納得した。

 折れた鎌は小狐丸に預ける事にした。


 大雨の中を泥を跳ね上げながら三頭の馬が走り抜けて行く。

ずぶ濡れのまま古人大兄皇子は自分の宮殿へ戻って来た。

全身泥まみれで、袖からは水が途切れず流れ落ちている。

 輿(こし)を乗り捨て馬で逃げる様に帰って来たのだ。


「皇子さま、いかがなされたので」

古人大兄皇子のただならぬ様子に家人や妃たちが集まって来る。

「三韓の…韓人(からひと)が蘇我のイルカを殺したのだ」

古人大兄皇子は「心が痛む。恐ろしい恐ろしい」とつぶやきながら仏像の間へと消えて行く。


「三韓が大臣を殺した?なぜ?」

王家の家人たちは互いに顔を見合わせる。


 古人大兄皇子の記憶は何者かによって改変されていた。

 その様子を王宮の部屋の隅で見ていた赤い服を着た長い黒髪の少女が微笑えむ。瞳が青く輝いた。


 雨が小降りになってきた。

カマタリは一人、飛鳥寺の隣の「槻木(つきのき)の広場」に向かう。

 ここは葛城皇子と初めて出会った場所だ。

軍馬の声や具足が触れ合う音が響きわたる。

続々と他の皇子や諸侯の兵が集まって来るのが見えた。

 軍陣の中に竿に幣束を掲げている一団が見える。神祇官だろう。

甲冑姿の中臣御食子(なかとみのみけこ)を見つけた。

「父上」

「おお!息子よ!……え〜」

「カマです」

「おおカマよ!ご苦労であった」

中臣御食子(なかとみのみけこ)の話では全国の中臣をはじめ東国の兵まで呼び寄せるという。


 (葛城皇子はこの国を真っ二つに分けて戦争を始めるつもりか?)


「父上、エミシ殿を討つのですか」

 父の中臣御食子(なかとみのみけこ)は眉を顰めながら言った。

「国を背負う立場とはそういうものなのだ」

「ですが…」

「エミシだってこうなる事は分かっておる。覚悟の上だ」

そう言うと中臣御食子(なかとみのみけこ)ははるか遠くを向いた。

 カマタリは黙った。

こうなると分かっていながら人間はそうしてしまうものなのだろうか。

 蘇我のイルカも、エミシも、そして山背大兄王も…


 雨の泥を跳ね上げながら槻木(つきのき)の広場には続々と兵士が集まって来る。

 当時の飛鳥の板葺宮近辺には大軍を集結させられる場所は法興寺の槻木(つきのき)の広場ぐらいしか無い。

葛城皇子のいる飛鳥寺の西隣である。


 そこから目の前の飛鳥川を挟んで甘樫丘(あまかしのおか)に蘇我大臣の「城」はある。

山中に展開している蘇我の兵士たちは、川向こうにドンドン集結して来る大軍勢の篝火(かがりび)を見る事になる。


 やがてエミシの元から武将や兵士たちが弓や剣を捨てて逃げ出し始めた。

もはやエミシに味方する者は居ない。

全ては葛城皇子の筋書きどおりだった。


 ほどなく、蘇我のエミシが館から煙が上がった。


「エミシは自ら火を放ったようじゃな」

中臣御食子(なかとみのみけこ)は馬上から、赤く燃える甘樫丘(あまかしのおか)に向かって両手を掲げて深く一礼した。

「蘇我の…エミシ」

 カマタリは山背大兄王を思い出し、雨が上がった夜空の星を見上げた。


 日本の歴史を揺るがす大事変はわずか一日であっけなく決着がついた。

 そして一気に時代が動き始める。


 蘇我エミシが館に火を放ったその翌日。

カマタリは内裏(だいり)に呼ばれる。

 カマタリが内裏(だいり)に昇ると聞き、額田姫王(ぬかたのひめみこ)は目をキラキラさせながらカマタリの服装やら宮中作法やらを“(しつ)け”る。 

「ちょっと!アナタそんな服装で行くつもりなの!信じらんない!ちょっとお、宮中作法も知らないワケえ!信じらんない」

まるで夫婦のようだ。

 しかし徹夜明けに額田姫王(ぬかたのひめみこ)の相手をするのはキツい。


 チカタはもう立って歩けるようになり黙ってカマタリを見ていた。

「君もそのうち宮殿へ行くのかねえ」

カマタリはチカタに向かって愚痴るようにつぶやく。

「私も付いて行こうかしら」

「やめてくれ」カマタリは真顔で止めた。


 寝不足と額田姫王(ぬかたのひめみこ)のマナー講座のダメージにフラフラしながら、カマタリは宮城に向かう。

宮殿では警備の帳内(トネリ)たちに案内され大極殿の謁見の間に通される。


 高御座(タカミクラ)にはすでに皇極天皇が座っており、その傍らに古人大兄皇子が控えていた。

 手前には葛城皇子をはじめとして、間人皇女(はしひとのひめみこ)、大海皇子ら皇子たち。天皇の弟である軽皇子ら壮々たる皇位継承者が居並んでいた。


 何かの皇室の儀式のようである。

(な…なぜ俺がここに呼ばれた?)

自分が非常に場違いな存在に思える。いや場違いである。

 カマタリは高御座(たかみくら)に向かって手を組み拱手(きょうしゅ)し、額田姫王(ぬかたのひめみこ)から“(しつ)け”られた作法で一通り天皇への礼を行う。

 ※ 拱手:敬礼


 女帝皇極天皇より声がかけられる。

「よく参った中つ臣の連カマタリ」

「はっ」

あれ?なぜ天皇が俺をカマタリと呼ぶのか?

何やら分からぬままカマタリはその場に固まった。


「天子様が私に皇位をお譲りになるとおっしゃられるのだが、お前の意見を聞きたい、内臣(うちつおみ)カマタリ」


「へ?」

今、『内臣(うちつおみ)カマタリ』って言った?何それ?

そんな役職聞いた事が無い。


 葛城皇子の話では皇極天皇は自ら退位を宣言し、中大兄皇子(葛城皇子)へ天皇の位を譲ると言い出したらしい。

 日本史上初の譲位である。

もちろんカマタリも知らない。


「天子様は私に天皇を譲ると言われるのだよ、カマタリ」


 (いやアナタの計画どおりなのでは…)とカマタリは内心思う。


「これは前例の無い話だよ。どう思うか?カマタリよ」葛城皇子はしらじらしく聞いてくる。


「…どう思うかと申されましても…」

「兵法でかまわぬ」

「兵法?…」

 フッと山背大兄王の言葉がカマタリの胸の奥から突き上げて来る。


「ならば兵法に曰く。水の形は高きを避けて(ひく)きに(おもむ)くと言います。蘇我大臣が討たれた理由は、君主と臣下の順逆、上下陰陽を(たが)え、天地(あめつち)順逆の理を乱したからだという理由が建前でした。君主もまたその道理を通すべきでしょう」


「臣下の道理とは何か?申してみよ」


「六韜に曰く、王の徳を損なう家臣とは「六つの賊」ありと申します。

・一つに臣下が豪邸や庭園を作れば王の『徳』を損ないます。

・二つに民が家業を怠け、役人を軽んじ、法令を犯せば、王の『教え』は損なわれます。

・三つに臣下同士が党派、縁故の人事をすれば、『君主の眼』は塞がれます。

・四つに、志高く掲げて諸侯と結びつく者は君主の存在意義は薄れ王の『威』を損ないます。

・五つに労臣を軽んじ、危険な任務を避ける者は『功臣』を損ないます。

・六つに弱者から奪う者。これは民の生業の道を損ないます。

これを六つの賊といいます。

蘇我大臣は国家がやるべき事業を奪い、王が行うべき人事を軽んじ、民が得るべき楽しみを奪いました。これは家臣から賊に変わる兆候と言えます」


「むう…」儒者である軽皇子が唸った。

たしかに自分たちは蘇我大臣憎しで挙兵したがカマタリの言う考えも一理ある。

 しかし言い換えれば、蘇我大臣を討った大義名分がその六つの賊にあるならば、自分たちも蘇我大臣と同じ事はできなくなるとも言える。


「これは困った」思わず軽皇子が真顔で漏らすと間人皇女(はしひとのひめみこ)と大海皇子が吹き出した。

 あの操り人形の様だった間人皇女(はしひとのひめみこ)が感情を表すのを初めて見てカマタリは驚く。


「ではどうすべきかな?カマタリ」


「あ、はっ、兵法の天地順逆の(ことわり)に適うとすれば、古人大兄皇子さま、あるいは軽皇子さまいずれかの御方(おんかた)が皇位を継がれるべきかと」


 言い終わって頭を下げると冷や汗が流れた。

(ヤバい!つい調子に乗ってしまったが、コレでは皇極天皇の勅旨(ちょくし)も、葛城皇子の功労も全否定している!)

カマタリは横目でチラッと葛城皇子を見る。


「私も内臣(うちつおみ)であるカマタリと同意見だ」

葛城皇子は白い顔で微笑む。


(え?いいの、それで?)


「いやいや」軽皇子は役者のように大きく両手を広げる。

「この私などとてもとても。姉上や大兄皇子に代わってこの重要なお役目を果たせませぬ。ぜひ古人皇子が皇位に着かれるが宜しいかと」

軽皇子はニコニコしながら古人大兄皇子に皇位を譲る。


(ホントかよ、最初から自分がなるつもりだったでしょうに…)カマタリは顔をひきつらせる。


古人大兄皇子は「いや…」と言うと高御座(たかみくら)の前に歩き出し皇極天皇に向かって後退りして、拱手(きょうしゅ)する。


天皇(すめらみこと)聖旨(せいし)(したが)うべきでしょう。私はこれより仏の道に入り、新しい(ミカド)のための良き世をお祈りしようと思います」

そう言い終わるなり、いきなり腰に吊るした太刀を外して投げ出した。

 皆が呆然とする。


 古人大兄皇子は天皇となる事を辞退したその足で飛鳥寺へ向かうと、寺の境内で自ら髪を切って出家してしまう。

 これまた史上初の出来事である。


「ふむ、これはしかたありませぬな!私が謹んでお受けいたしますぞ!」

儒教に傾倒する軽皇子としては、天子に三顧の礼を取らせて、天下に望まれた形で天子になりたかった様である。


(何この茶番劇…)カマタリは呆れた。


「そういうワケだ。明日からよろしく頼むぞ、内臣(うちつおみ)鎌足(カマタリ)

葛城皇子は白い顔を傾けて少女のようにフワリと微笑んた。


「ハハッ……は?」


というワケでカマタリは、カマという呼び名から鎌足(カマタリ)という尊称に改められ、『内臣(うちつおみ)』という中大兄皇子直属のよく分からない役職に就く事になった。

 (=φωφ=)あとがき。

この作品では数少ない良心的常識人だった古人大兄皇子さま退場ですねえ。まぁじっさいにはどんな人物だったのかは分かりませんが。


 > 軽皇子

小悪党っぽく書いてますが、業績としてはなかなか立派な為政者でしたね。まぁじっさいにはどんな人物だったのかは分かりませんが。


 > 内臣(うちつおみ)

日本史上初めて現れて消えた役職ですね。

大臣のようで大臣ではない。

中大兄皇子の相談役的な何かでしょうか?

まぁこれでカマタリは葛城皇子から逃げられなくなったワケですが。

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