05 鬼の棲む井戸
【登場人物】
小野タスク
コマチから「魔王」と呼ばれる少年。
平凡な高校生。自宅の裏山が古墳であり、地獄に繋がっている。
コマチ(小野小町)
「カマ様の神器」と呼ぶ鎌をタスクに押し付ける迷惑な女子高生。
和歌の言霊を操り自由に空間を変化させる能力を持つ。
・パンツを履くという概念が無い
猟師コマチ(チビ助)
鬼と戦う少女。蝦夷風の装束を身にまとい半弓と毒薬を使う。
・パンツを履くという概念が無い
川崎カヲル
年齢不詳の女性民族学者。
裏山の古墳を発掘するため移住して来てそのまま学校の司書になった変人。
立烏帽子
古墳にある地獄の門を開放する妖女。魔王軍随一の剣士であり、御前と呼ばれる。
タカムラ
地獄の高官であり自由に地獄と現世を行き来でき、強力な呪術を使う。
お供に降魔の化け猫の子を連れている。
カヲルさんは黄色いバイクSUZUKIハスラー250にドカっと登山家の様なデカい荷物を積込んだ。
バイクはKAWASAKIじゃないんすね。
カヲルさんはダサい学者メガネを外し、髪を解いて細身のジーンズにブーツ。赤いジャンパーに黒いグローブ。スラリとした長身に長い手足、クールな笑顔。まるでアクション女優みたいだ。
(この人も無駄に美人だよな)
「さあ!乗って乗ってえ!」カヲルさんはさっさとバイクにまたがり、ヘルメットを渡すが、バイクにはすでに荷物が置いてある。
「どこに乗るんすか?」
「あなたがその荷物を担いで後ろに乗ればいいじゃなあい!」
(うわぁ。やっぱダメな大人だわこの人)
重い荷物を背負って、よっこらしょとバイクにまたがると、カヲルさんの長い髪からほのかに花の香りがする。胴に手を回すと、見た目より細い女性の身体にドキリとした。
「行っくわよお〜!!」黄色いド派手なオンボロSUZUKIハスラー250はドパパパパ!と2ストの爆煙を吹き出しながらギャギャギャギャ!と一気に校門を走り抜ける。
ウギャああああ!早い早い!
重い荷物に振り回されながら必死で胴体にしがみ付いた。
大人の女性の色香に惑わされたが前言撤回。やはりカヲルさんはカヲルさんだった!
さて命からがら俺の家に着くと、すでにコマチが縁側で婆ちゃんとお茶してた。
「遅いぞタスク」
なんでやねん。
コマチは例の“黒い井戸”を抜けて、さっさと我が家に戻って来ていた。
そもそもワープできるなんて反則やろ。
さっそくコマチから『カマ様の神器』を押し付けられる。
鎌の形状から折り畳まれたので30センチほどの棒になっていた。
とりあえずこの『カマ様の鎌だった棒』をベルトに差し挟んでコマチと二人で裏山に登る。
カヲルさんは俺を下ろすとバイクで爆音を上げながら坂道を駆け登り、さっさと上の神社に行ってしまったからな。
コマチはまた俺のシャツを握っている。
ハイハイもう逃げませんよ(コマチが怖いから)
たまに後ろを見るとガッチリにらんでいる。
これって脅迫ではないかな。
しかしコイツ、パッと見でマジで美少女だよな……怖いけど。
さて、古墳とは言っても高い台地の上に、さらに土を盛って作られた丘で、その古墳の上に村の神社や畑や共同墓地がある。
墓地の上に墓地というのも変な感じだが、そのへんがこの古墳が開発されずに済んだ理由かもしれない。
学校やコンビニに行くにはこれが近道なのだが、鬼は出るし、地獄の穴が有るとも言うし、コマチには怒られるし、家族は大騒ぎだし、昨夜の騒動からしてあまり近づきたくも無かったが。
崖の細道を登ると神社に出る。
林の奥に黄色いバイクとデカい荷物が見えた。
カヲルさんはすでに神社の周囲の石仏のようなものを熱心に調べていた。
我が村の神社ながら、周囲の石に書かれている内容までは知らない。
何かデカく文字が彫ってある。
「第六天…何だ?」巡礼の札所かな?
「この神社から奥が村指定105号、将軍塚古墳群ねえ」
「将軍塚?徳川家康とか吉宗?」
「将軍というのは古代の武将だよお。まぁここの場合は墳墓では無く、このさらに上の『将軍塚』を指してるみたいねえ」
「将軍塚?」
「一番有名な将軍塚は平安京。つまり京都ね。
『和気清麻呂』が桓武天皇に今の京都盆地全体を山の上から見せて、長岡から京都への遷都を決心ささせたの。
その新しい平安京の守護神像として埋められたのが『将軍塚』の始まりねえ」
「え?!将軍を埋めたの?」
「まさか。粘土で『将軍の像』を作って、それに鎧甲を着せ、鉄の弓矢、太刀を履かせた守護神像。魔除けの人形よお」
呪いの人形というのは聞いた事あるけど、魔除けの武将人形も有るのか。そういえば五月五日に甲冑の人形を飾るけど、あれも魔除けなのかな?知らんけど。
「宮本武蔵も似た様な感じで甲冑姿で葬られてるから、そういう『将軍塚』の風習が後世に伝わったのかも。
ほら、映画の魔界転生でも武蔵は甲冑着てたじゃない!」
いや、その映画は観てないっすけどね。
どうもこの人は趣味が古い。
急にコマチが横から口を挟んだ。
「おい、タスク。お前の名はどういう字を書くのか?」
「え?どうって…将棋の「将」って書いてタスク…」
俺はハッ!とした。
コマチがニマ〜っと笑う。
え?まさか…俺が将軍人形の代わり?
なんか嫌な予感がした。
「それでは将軍塚に参りましょおうか!上様」
カヲルさんは俺の肩をバン!と叩いて片手にリュックをヒョイと担いでさっさと上に行ってしまった。
とうとう将軍様にされてしまったがぜんぜん嬉しく無い。まるで生け贄にされた気分だ。
神社のさらに奥に登るのは初めてだ。
この奥には昨夜の鬼がいるかもしれない。
まさか昼間から鬼が出るわけ無いよな?
チラッと背後のコマチを見れば、コマチは昨夜のチビ助コマチの様に武装はしてない。
コマチが手ぶらという事は、たぶん危険は無いのだろう…たぶん…大丈夫だよな。
思わず左腰に差した鎌というか、ただの棒を握りしめた。
古墳の斜面は意外と急坂だった。
必死で木の枝や草を掴んで登るが足元が滑ってしまう。カヲルさんはクソ重いリュックを片手で担いだままヒョイヒョイと登って行く。
やはり彼女も「くの一」なんじゃないか?
「だらしないぞタスク。さっさと登れ!」
背後からコマチがせっつく。
「しょうがないだろ、左手ケガしてるし寝不足なんだからさ」俺がムッとして言い返すとコマチはムクれなが俺の左手を奪い取るように握った。
「え?」
女の子から手を握られるなんて初めてだったので、ドキッ!とした。
思ってより華奢で小さな手だった。
「遅い!ついて参れ!」
コマチは風のように俺を追い越して斜面を駆け上る。さすが猟師。いやホントに貴族なのか?コイツは。
と、目の前にコマチのミニスカが見えた。
お!パンチラ…って、ええええ!
忘れてた。コイツはノーパンだった。
思わずチラ見した瞬間、コマチは片手でグイっと俺を引き上げる。
「いでででで!」昨夜縫った左手が激痛でちぎれそうだ。この細い手のどこにこんな力があるのか、俺は叫びながら斜面をコマチに引きずり上げられた。
(…おかげでほとんど見れなかった)
丘の上は薮も無く意外と開けていた。10m四方ほどの野原の様だ。
頂上にはポツンと小さな石積みの塚がある。
これが『将軍塚』か?
カヲルさんはリュックを背負ったまま将軍塚をグルグル回って写真をバシバシ撮りながら観察している。
この女性もすごいタフだよな。
「カヲルさん、これ古墳なんすか?」
「古墳じゃないわ、後世の建造物ね。8世紀ころかしら」
「中に何があるんです?」
「分からないわ、ただ太平風土記にはこれが地獄の入り口だって」
地獄って…おい、我が家の裏山なのに。
コマチが横から呼び掛けて来る。
「おい!タスク」
「何すか?」
「来るぞ、抜け!」
?何を?
コマチは片手を前方に差し出して身構える。
「?」
後ろを振り返って見れば将軍塚の手前にポッカリ黒い空間が口を開いていた。
あの穴は!
コマチが使っている時空の「井戸」と同じじゃないか、地獄の入り口って時空の穴だったのか?
すると中から数匹の鬼が出て来た。
うぎゃっ!やっぱり出たっ!
逃げようと思ったが背後は急斜面。逃げ場が無い。
(ダメだ、コマチに手伝ってもらわないと)
ハッ!として気づいた。そうだ今のコマチは武器を持ってない。しかもカヲルさんまでいる。すぐに避難しないと!
「おい!コマチ!逃げよう!」
見ればコマチは構えたまま全く動かない。
鬼が数匹一斉に飛びかかるが、コマチは全く動じずに言霊を詠み始めた。
人の身も 「恋」にはかへつ 夏虫の
あらはに「燃ゆ」と 見えぬばかりぞ…
『恋火!』
歌を詠唱すると、いきなりコマチの全身が金色の炎のオーラに包まれ、鬼たちを弾き飛ばした。
逃げ回る鬼どもに向かってコマチは火炎を浴びせ回る。
呆気にとられて見てしまった。
何この超能力スゲえ、というかやっぱりコマチって怖い。
輝く炎の向こうからコマチがこちらに叫ぶ
「何をしている!戦え!タスク」
「ええっ?!」
なぜ俺が?とは思いつつ、必死でカマ様の鎌を引き抜こうとしたのだが、ベルトに引っかかって抜けない。
いや抜けないような長さではないはずなのだが、恐怖で腕が固まって前に伸ばせないのだ。
俺がガチガチになりながら悪戦苦闘していると、数匹の鬼がカヲルさんに向かって行くのが見えた。
カヲルさんは、この状況でノンキにリュックをゴソゴソとかき回している(何やってんだこの人は!)
「か、カヲルさん!逃げて!」
俺が叫ぶより早く鬼が飛び懸かった。
次の瞬間カヲルさんは振り向きざまに鬼を小太刀の木刀で薙ぎ払った。
鬼はギャァと叫びながら横に転がった。
「え?」
カヲルさんはすれ違いざまに二匹目の鬼の両目を小太刀で切り払い、そのまま体当たりに肘を突き込んで突き飛ばす。
さらに身体を捻り、ターンしながら返す刀で背後から来る鬼の鼻に木刀の柄頭を打ち込み、小太刀の諸手突きを突き込むと鬼はもんどり打って崖下に転がった。
カヲルさんがダンスの様にクルクルと二、三度回転した時には全てが終わっていた。
スゲえ、まるで時代劇の殺陣を観てるみたいだ。
さらにカヲルさんは身を屈めると残りの鬼めがけて飛びかかり、二匹の鬼の横面を左右にパパン!と打ち払いながら腹へ蹴り込んで突き倒すと、転がされた鬼たちはコマチが炎で焼き尽くしてしまった。
何が起きてるのでしょう…
二人の女性たちの働きにより、たちまちに鬼どもは全滅した。
コマチがこちらを向いて睨む。
「お戯れを、御前」
え?
見上げると将軍塚の上に陰陽師の様な格好をした美女が立っていた。
銀色に光る長い髪に、切れ長の鋭い目。
血のように赤い唇。
魔物のような金色の瞳。
「魔物…」
魔物の妖女はニヤリと大きな口を開けた。
その金色に光る瞳に見つめられて俺は動けなくなった。
〜05 「鬼の棲む井戸」〜 完
(=φωφ=)あとがき
人の身も 恋にはかへつ 夏虫の
あらはに燃ゆと 見えぬばかりぞ
「夏虫のように恋の炎の中に我が身を飛び入る」という言霊を使ったコマチの必殺技『恋火』と言います。
・古墳の上に神社や墓地
これはよく見かけます。
じつはウチの近所の神社も古墳だと最近知りましたが、見た目は全然分からないです(笑)
・SUZUKIハスラー250
黄色いKAWASAKIマッハIIIにするべきか、すごくどうでもいい事で迷いましたが。




