45 夢殿(ゆめどの)
【登場人物】
中臣鎌足(カマ様)
人間に転生した天魔の神『天狐』東国の獣神であり人間体でも魔物を圧倒できる身体能力を持つ。
額田姫王
中大兄皇子の妻であり、神の歌「言霊」を使う少女。
琵琶湖の龍王女の転生体である。
葛城皇子(中大兄皇子)
女性と見まごう白く美しい外観に凶悪で残酷な内面を持ち合わせる。
額田姫王や倭姫王の夫であり魔族を率いる魔王でもある。
チビコマチ(小野小町)
額田姫王に歌を学ぶため飛鳥時代に連れて来られた平安時代の少女。
巫女舞風の装束を身にまとい「言霊」を使う。
厳 (ゴン)
春日の森で「鬼神の塚」を守る片目の野守。
なぜかチビコマチのお供をしている
鈴鹿御前(倭姫)
天照大神の依代であり第六天魔王の一人。
なぜか高位天魔を人間に転生させて飛鳥の都に集結させている。
この時すでに五百歳を超えている美女。
「消えた?」
カマタリたちの目の前から忽然と三鬼が消え去った。
「どこかに隠れたのかしらね」
三輪山を しかも隠すか 雲だにも
心あらなも 隠さふべしや
『隠さふべしや』
額田姫王が歌を詠むと斑鳩寺から東の方角へ光が走る。
「鬼たちは居ないわ、山背大兄王は向こうよ」
こりゃすごい、探知魔法の言霊か。
「ゴン!」チビコマチが走り出した。
その先には血まみれのゴンが倒れている。
さらに周囲に黒服の一団が倒れていた。
あれは聖徳太子の志能便か?
これを全てゴンが一人で倒したのか。驚くべき強さである。
チビコマチはゴンに駆け寄ると両手を向けて歌を詠み始めた。
逢ふことを 息の緒にする 身にしあれば
絶ゆるもいかが 悲しと思はぬ
『息の緒』
突然チビコマチが倒れた。
「コマチ!あなた!」
額田姫王が叫ぶ。
「どうした?」
「自分の生命力を分け与えたのよ!」
「なにっ!!」
命を分け与える言霊。
そんな技があったとは!
血まみれのゴンはゆっくりと身体を起こすとチビコマチを抱え上げる。
カマタリはあわてて止めた。
「お、おい!ゴンちゃん!ムリすんな」
「だいじょぶです…カマ様」
チビコマチはゆっくりゴンの首に小さな腕を回しながら言う「行こう、ゴン」
ゴンは力強くうなずいた。
カマタリたちは斑鳩寺を出て、東へと走る。
広大な上宮王家周辺には宗厳な寺社が立ち並んでおり、あちこちから炎が立ち昇るのが見える。
鬼たちが消えてしまったため蘇我の手勢により火の手が上がり始めたようだ。
急がねばならない。
上宮王の宮殿ではすでに戦闘が始まっていた。宮殿は燃え上がり、殿中では舎人らが弓や鉾を打ち掛け蘇我の手勢と戦っているのが見える。
「遅かったか!」
「あっちよ!」額田姫王が指す方を見れば、宮殿の角にある観音堂がボンヤリと光っている。
「山背大兄王と上宮王家はあそこよ!」
夢殿
聖徳太子の夢に仏が現れ教えを説いたという伝説に由来し、救世観音を祀る観音堂である。
現在の夢殿は、上宮王宮殿の戦場跡に天平時代に建造されたもので、そこが法隆寺の東院の本堂となっている。
夢殿の堂の扉は壊され、中の観音像は倒され、数体の小さな仏像が転がって踏み荒らされていた。
カマタリたちが中に入ると、中には誰も居ない。ましてやここに上宮王の一族が隠れられるとは思えない。
「ここよ」
「誰も居ないな…姿を隠しているのか?」
「違うわ、あれよ」
額田姫王が人間ほどの大きさの倒れた仏像を指した。
これは……?
何かのエネルギーを感じる。
この仏像は何か神呪を含めて造られている。
救世観世音菩薩
「世の人々を苦しみから救う」と言われ、日本独自に信仰された謎の仏であり、またその姿は聖徳太子を写した仏像と言われる。
カマタリは獣身体に変身すると仏像を持ち上げて、蓮華座の上に戻した。
すると正面の空間に紫の光が現れ、真っ黒な穴が開きはじめる。
「地獄の井戸!」
異空間ゲートだったのか!
四人が黒い異空間の穴に足を踏み入れるとその先は、暖かな光が広がり満開の桜が舞い散る春の山奥であった。
「どこだ、ここは?」
春の光にまぶしいほどな桜の花びらが舞い、雪景色のように一面に降り積もっている。
時間を超えたのか!
蝶が舞い、山々は春の光にあふれていた。
「み吉野の〜」
額田姫王が歌い始める。
コマチもまたその歌に続く。
み吉野の 玉松が枝は はしきかも
君が御言を 持ちて通はく
二人の澄んだ声が遠く山々に染み渡っていく。風に吹かれて桜吹雪が舞っていた。
まるで絵のような美しさである。
「見事な歌である」
振り返るとそこには立派な神のごとき貴人が現れていた。
山背大兄王!
カマタリたち四人は蹲い畏まった。
すると四方から地獄の井戸が開いて兵士たちがゾロゾロと現れる。
しまった!罠にかかったか!とカマタリは焦ったが、舎人たちと共にお妃や王子たちも現れて王家一族が目の前に居並んだ。
「中臣のカマであるか。待っておったぞ」
山背大兄王はゆったり大らかに語り出した。
「俺を…?、殿下は俺たちの事をご存知で?」
「天魔であるな」
やはり全てお見通しらしい。
なるほど、これほどの情報力と戦闘力を持っていれば全国を飛び回り、十人の訴えをまとめて聞いたなどという事も可能だろう。
なにせ始めから全て知っているのだから。
だとすればこの蘇我の…いや、葛城皇子の計略まで全てお見通しだったという事であろう。
そして蘇我のイルカが上宮王の一族を東国へ逃がそうと考えている事も。
「ならば我らの目的もご存知かと」
カマタリの目的は上宮王御一族を東国へお連れすること。
それが蘇我大臣イルカとの約束である。
山背大兄王はそれには答えず、静かに横を向く。
まだ年若い王子たち、美しい王妃たちが静かに控えていた。
「殿下、王子様たちの未来のためにも、なにとぞ」
「カマよ、この国の未来を示してみよ」
山背大兄王は逆にカマタリに問いかけてきた。
「この国の未来……?」
カマタリは少し考えるが、東国の軍事基地の神官として生まれ育った身の上では中央の政治に関しては全く経験が無いし興味も無い。
「キツネの子ゆえ野山を駆け回って野鳥を追い、海に潜り舟を漕ぎして魚を獲るばかりで学問などはまるで」
「魚の獲り方は兵法で学んだであろう」
「兵法?……魚…」
カマタリは『兵法と魚』の言葉ににハッ!とした。
もしや山背大兄王は『六韜』を言っているのではないか?
古代の兵法書「六韜」
その物語はこう始まる。
文王が狩に出ようとしてト占を立てると「賢人を得る」との結果が出た。
文王が渭水の北で狩をすれば、まさにそこに釣りをしている呂尚(太公望)に出会う。
文王は「何が釣れるか?」の問うと、太公望は釣りの話に喩えながら国家の有るべき道を語ったという。
六韜ならばカマタリは鹿島に居たころから誦じられるレベルの教育を受けている。
(しかしあれは寓話ではないか?)
カマタリは少し考えて答えた。
「兵法は鹿島の砦でわずかばかり」
「それで良い、申してみよ」
ははっとカマタリは畏みながら奏上する。
「太公望曰く。曼曼緜緜たるも、その聚必ず散ず。つまり永遠に続く様に見えても、いつかは必ず散じるもので、永遠の天下などあろうはずも無いものかと」
「ならばカマよ、永遠の天下を得るにはいかがすべきか?」
「それは『仁・徳・義』です。
「仁」とは、天下を万民と分かち合うこと。
「徳」とは、困る者を助け救うこと。
「義」とは、憂いや楽しみを民と同じくすること。
兵法においては、これが永遠の天下への道かと」
「うむ」山背大兄王は満足げにうなずいた。
「殿下。どうか、どうか我らと共に東国へ」
「それはできぬな」
カマタリたちは驚き、思わず声を上げて問い返す。
「なぜです?このままでは王子たちやお妃様御方々までもが皆殺しにされますよ!」
「これは決まった事である」
山背大兄王は顔色ひとつ変えずに答える。
「決まった事?」
山背大兄王は目を閉じて語り出す。
「これは父より預言された未来である。この先、多くの血が流され世は乱れる。だが、やがて新しい流れにより、この国は生まれ変わるのだ」
カマタリは息を飲んだ。
そのように人為的に造られた未来がはたして国のためになるのだろうか?
「その未来は変えられないのでしょうか?」
「変えようとすれば国が二つに割れ、より多くの血が流され、民は苦しみ続けるのではないか」
「………」
カマタリは言葉に詰まった。
たしかに山背大兄王が東国で旗を上げれば、王を担ごうとする地方豪族が集まり、中央もまた二つに割れるであろう。
天下は大乱となり、それこそ唐や新羅といった海外勢力の侵攻すら考えられる。
つまり国の破滅である。
山背大兄王がふと語り始める。
「カマよ。中大兄皇子をどう思うか」
「へ?」
カマタリはあわてて横に居る額田姫王を見るが、彼女は眉間にシワを寄せて黙って目を閉じた。
「危険なお方です」
「そう思うか?」
カマタリは少し考えた。
「ですが……」
目を伏せていた額田姫王がハッと目を見開いてカマタリの方を見つめる。
「ですが、あのお方からは悪意や邪は感じ取れません。不思議です」
「皇子は穢れなきお方である。カマよ、皇子を救ってやってくれ」
「え?…」
魔王である中大兄皇子を救う?いったいどういう意味であろうか。
「小町よ」
山背大兄王はいきなりチビコマチに声を掛ける。
「ハイ!」チビコマチは飛び上がる。
「歌を詠んでみよ。有るは無く…」
チビコマチは「あ!」と気づくと歌を詠み始めた。
有るは無く 無きは数添う 世の中に
あはれいづれの 日まで歎かむ
「良き哉、よき歌哉かな。カマよ、神と仏。二つの力を使い、この世界を救うのがお前の役目じゃ」
神と仏?いったいどういう意味であろう?
カマタリは山背大兄王の言葉を理解しきれなかった。
目の前に紫の光が瞬くと、再び黒い地獄の井戸がポッカリと開いた。
「殿下!どちらへ?」
「我らは自らの天命を成就する。それが世のためなのだ」
山背大兄王もあの王子や妃までも自ら戦場に戻るというのか!
なぜこの人が死ななければならないのか?
理不尽な運命にカマタリは悲しみとも怒りともつかぬ感情が渦巻いた。
「カマよ、一つ頼みがある」
「ははっ」
「あの妃じゃ」
山背大兄王は一人の王妃を指先す。
上宮王家のお妃だろうか。
まだ若く、ひときわ美しく髪は黒々と艶やかな女性であるが、妊娠しているらしく、腹はだいぶ大きい。
「あの娘はまだ若い。胎にはもうすぐ生まれる赤子も居る。この二つの命をこのまま終わらすには忍びない」
「たしかに」
「あの娘をお前に与える」
「はっ……え?!」
「お前の妻にするが良い。赤子を頼んだぞカマ」
そう言うと山背大兄王と一族は地獄の井戸の暗闇へと歩き出す。
「いや、ちょっ……え?」
カマタリは王妃と二人で立ち尽くし、地獄の井戸に消えた山背大兄王たちを見送った。
ふと振り返ると、カマタリのロマンスを想像してうっとりと目をキラキラさせたチビコマチと、ドス黒いオーラを発生させて目をギラギラと輝かせた額田姫王が居た。
「うわ………」カマタリは青ざめた。
〜45「夢殿」〜 完
(=φωφ=)あとがき。
というワケでカマ様。いきなりお嫁さんゲットしました!
めでたしめでたし…かな?
>六韜を誦じる
じっさい中臣鎌足は六韜を暗記していたとか。
>み吉野の 玉松が枝は
額田王、六十歳の頃の歌ですね。
もっともこれは吉野の松の歌であって、桜の歌では…
>救世観音
この像については王宮内に厨子あったのではないかなと個人的には想像しますが、よく分からないので宮本武蔵にしました<なぜ?
宮本武蔵は岩戸山にて『天を拝し、観音を礼し』その仏前に向かい五輪書を書き表わしたといいます。
今回は王宮の外に別な聖堂を設けて観音を拝する夢殿としました。
まぁ剣豪小説ですので。




