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39 魔王 中大兄皇子

【登場人物】

 中臣鎌足(カマ様)

人間に転生した天魔の神『天狐(あまつきつね)

自在に飛行する鎌を使い、人間体の能力だけで鬼人や魔物を圧倒できる身体能力を持つ。


 額田姫王(ぬかたのひめみこ)

中大兄皇子の妻であり、神の歌「言霊」を使う少女。

琵琶湖の龍王女の転生体である。


 葛城皇子(中大兄皇子)

女性と見まごう白く美しい外観に凶悪で残酷な内面を持ち合わせる。

額田姫王や倭姫王の夫であり魔族を率いる魔王でもある。


 チビコマチ(小野小町)

額田姫王に歌を学ぶため飛鳥時代に連れて来られた平安時代の少女。

巫女舞風の装束を身にまとい「言霊」を使う。


 厳 (ゴン)

なぜかチビコマチのお手伝いさんをしている片目の杣人(そまびと)。普段は春日の森で鬼神の塚を守る野守である。


 鈴鹿御前(倭姫)

天照大神の依代であり第六天魔王の一人。

なぜか高位天魔を人間に転生させて飛鳥の都に集結させている。

この時すでに五百歳を超えている美女。


 中大兄皇子の蹴鞠の相手をしていた男たちが二人、こちらに向かって歩き出す。

 一人はだんだんと身体が膨れ上がり、逆巻く黒い獣毛に覆われたヒグマのような姿に変わる。

 もう一人はテカテカと表面がうごめき始め、昆虫の顔に変わる。


「こいつは、とんだお化け屋敷だな」

カマタリはチビコマチの頭にポンと手を乗せると額田姫王(ぬかたのひめみこ)の方に送り渡す。

 その姿はすでに人間の姿。いつものカマタリであった。


 人間の姿に戻ったカマタリは二人の魔人に向かって歩きはじめた。

「無茶よ!」

額田姫王(ぬかたのひめみこ)は、思わずチビコマチを抱き寄せる。


 カマタリは背を向けたままヒョイと片手を掲げて応えた。その手には中大兄皇子の(クツ)がある。

 カマタリは迷わず皇子に向かって真っ直ぐ向かって歩いて行く。


 いきなり正面の虫型魔人が全身から数百の毒虫を吐き出すと薄黒い毒気の煙が四方に広がった。

 カマタリは手のひらをパッと扇ぎ出すとドーン!という霧を含んだ衝撃波の壁が飛び、毒虫の大群を弾き飛ばした。

 虫型魔人も衝撃波の壁に弾かれ転げ回って壁に叩き付けられ、毒虫はバラバラに飛散し、大気圧の急激な変化により氷結して地面に落ち、動きを止めた。


 「あ!衣の関!」

 チビコマチが驚いて声を上げた。

まさか一度見たコマチの術を再現してしまうとは驚いた術師である。

 カマタリは人間体でやすやすと魔物を圧倒したのだ。


 今度は黒い大型獣人が猛スピードで横から飛び掛かるが、カマタリは何事も無いかのようにスルリと抜け出して、獣人の背後を蹴飛ばすと黒い獣人は転がりながら虫型魔人の上に重なった。


 カマタリは中大兄皇子の前に進み出て(ひざま)ずき、(クツ)を掲げて差し出す。

「殿下、中臣(なかつおみ)のカマにござります倭姫の言いつけにより参上いたしました」


 中大兄皇子は白い顔をゆるりと微笑ませる。

「履かせてくれ。カマ」

「ははっ」

カマタリは中大兄皇子の(クツ)を履かせる。

まるで女性の様な細く小さな足であった。


「今宵、月が三輪山にかかる時、軽皇子の屋敷に来なさい」

そう言うと中大兄皇子は隣の精悍な男と共に立ち去って行った。


 軽皇子?


 さて額田姫王(ぬかたのひめみこ)に案内された宮殿の舎人部屋の中でカマタリは長い説教を受けながら、やんごとなき皇族たちのドロ沼の人間関係を聞かされた。

 カマタリは粗末な部屋の中央に正座してうなだれる。

「……こんな事なら助けるんじゃなかったぜ」


「なんですって!」


「いえ、べつに」

カマタリは頭を下げて目線を逸らした。


 葛城皇子(中大兄皇子)、大海皇子、間人皇女。

この兄妹は女帝、寶女王(たからのひめみこ)(斉明天皇)の皇子、皇女だという話はカマタリも聞いてはいた。

 そして天皇であられる寶女王(たからのひめみこ)が強力な魔力を使う巫女である事も、はるか東国にまで鳴り響いていた。


 それは大旱魃の夏だったと言われる。

大臣蘇我蝦夷は仏教寺院(大百済寺)に雨乞いの儀式を執り行わせた。

…だが数日経ったても雨はわずかに降っただけであった。


 次に天皇となったばかりの寶女王(たからのひめみこ)自身が南淵の川辺で四方を拝して祈ったところ、たちまち雷雨が降り続いたと言われる。


 (それはただの霊験(れいげん)ではないな)

大規模な気象変更など、天魔王の転生体であるカマタリでもなかなか難しい。

 それが可能だとしたら『龍神』か…

カマタリはチラリと額田姫王(ぬかたのひめみこ)のを見つめる。

 ふとカマタリの視線に気づいた額田姫王(ぬかたのひめみこ)は、顔を赤らめてプイと横を向いた。

 ん?


「とっ!とにかく月が三輪山の上にさしかかる頃、軽皇子のお屋敷に来るのよ!いいわね!」

額田姫王(ぬかたのひめみこ)はあわてて話を切り上げると背を向けた。


 秋山の 木の葉を見ては 

    黄葉(もみ)つをば 

 取りてぞ(しの)ふ 

    青きをば 置きてぞ嘆く 


額田姫王(ぬかたのひめみこ)は壁に向かって歌を詠めると紫の光とともに闇の穴が現れる。彼女が歩き出そうとしたその背中にカマタリは声を掛けた。


「なあ、あんた。いつもアイツに殴られてるのかい」


 額田姫王(ぬかたのひめみこ)はビクッ!と表情をこわばらせた。

「その話はここまでよ」

語気が強くなっていた。

振り返りもせず立ち去ろうとする。


「なぜあんな皇子の元に居るんだ?」


 額田姫王(ぬかたのひめみこ)の足が止まり、少し沈黙した後に口を開いた。

「……葛城の皇子はこの国の未来を担うお方なのよ」

まるで自分に言い聞かせるかのような言葉を残して暗闇に消えていくのをカマタリは見送った。


 この国の未来を担うお方…

カマタリはあの無表情な白い顔を思い出した。


 真っ暗闇の斑鳩の都。

黒い月が天空に昇って行くのが見える。

花の都は闇を恐れるかのように静まりかえっていた。


 黒い新月が三輪山の山上にかかる。

「三輪山の月ねえ。人間にこれが見えるとは思えねえけど」

カマタリは宮殿の中庭で腕を組み、真っ黒い月を見上げた。

 (この月が見えるとしたら、今宵(こよい)集まるのは神か魔物か…)

カマタリは王宮の塀を駆け上がり飛び越えると黒い月を背にして走り出した。


 都の外れに出ると血の臭いがした。

松明の灯りがゆらめいている。

数名の人の群れの中央に、貴人を乗せる輿(こし)が見える。

 (あれか…)

 カマタリは草むらを走り抜け、松明に近づく。

輿(こし)は道の中央で止まり、獣の顔をした従者たちがジッと立ち止まっていた。

 草むらの中をカマタリが近づくが、従者たちは身動きしない。

 (まるで操り人形のようだ)

ふと、魔王の白い顔が目に浮かんだ。


 道に出ると地面には数名の男たちの死体が転がっている。

 血の臭いの正体はこれか。

見れば昼間チビコマチを攫おうとした盗賊たちである。内臓が飛び出し頭を食いちぎられていた。相手が魔物とは知らず手を出して喰われたのであろう。

 (やれやれ、相手が悪かったようだな)


 「カマか」

輿(こし)の幕の内から声をかけられる。

カマタリは輿(こし)に近づいて膝をつき(つくば)った

葛城皇子(かつらぎのみこ)様でございますか」


 輿(こし)の幕がいきなり捲り上げられると中には二人の全裸の少女を抱く中大兄皇子が居た。

一人の娘が驚いた表情で背を向けて顔を隠した。

 「あ…」カマタリは絶句した。

 額田姫王(ぬかたのひめみこ)である。

白く細い背中が荒く息づいている。

 昼間の彼女の威厳のある姿とは打って変わり、裸の姿はまだ少女の様でもあり、その姿は痛々しくも見えた。


カマタリは一呼吸ついて口上を述べる。

中臣(なかつおみ)のカマ、仰せにより(まか)り越しましてございます」


 葛城皇子(かつらぎのみこ)こと中大兄皇子は仮面のような白い顔を向けて口を開く。

「供をせよカマ。脇に(はべ)りおれ」

 そう言うと中大兄皇子は全裸の額田姫王(ぬかたのひめみこ)を抱き寄せ無理やり口づけした。額田姫王(ぬかたのひめみこ)は強く目をつぶっている。


 輿(こし)は異国風の屋敷へと向かいゆっくり歩き出した。

その横にカマタリは着いて歩く。


 中大兄皇子は輿(こし)の幕を上げたまま隣の裸の少女を抱き寄せた。線の細い可憐な少女だった。

 少女は裸体を隠そうともせず皇子にしなだれかかり、丸く大きな瞳が力無くカマタリを見つめていた。

 まるで人形の様に無表情の娘である。


 皇子は背を向けている額田姫王(ぬかたのひめみこ)をいきなり突き倒して四つん這いに這わせると背後から足をつかんで引き上げる。

 「あ!」と額田姫王(ぬかたのひめみこ)の短い声が聞こえた。

 長い脚は開かれ全裸の美しい肢体がカマタリの目の前に広げられた。


 額田姫王(ぬかたのひめみこ)はあわてて身をよじるが、もう一人の裸の少女が横から脚に抱きつき、舌を伸ばし股間に顔を埋めた。

 額田姫王(ぬかたのひめみこ)は「ヒッ!」と短く叫ぶと真っ赤になった顔を手で隠しながら嗚咽した。


 趣味が悪いね…カマは少し顔をしかめる。


皇子は、わざわざカマタリに彼女の痴態を見せつけているのだろう。いまだに中大兄皇子の真意は分からない。

 カマタリは横目で葛城皇子(かつらぎのみこ)の顔を見上げる。

松明の炎に照らされた皇子は緩やかに笑っていた。


 輿(こし)の行列は大きな屋敷に入って行く。塀にも土を焼いた瓦を乗せてあり、まるで仏教寺院の様な豪壮な装飾がなされており、何十もの篝火(かがりび)()かれ荘厳な建物が明々と照らし出される。

 異国風の絢爛(けんらん)な衣装を着た男女が出迎える。


 これが軽皇子(かるのみこ)の屋敷か。

すでに庭先には豪華な輿(こし)や馬が並んでいた。みな皇族や王家であろう。

 一人だけ馬で乗り入れて来た若者が居た。

大海皇子(おおあまのみこ)様が御成(おなり)です」家僕が駆け寄って行くのが見えた。


 あれが大海皇子(おおあまのみこ)か。

昼間、中大兄皇子と共に蹴鞠をしていた若者だ。

 しかしこの闇の中を馬で駆けて来たのか。彼は魔人には見えない、ふつうの人間だ。

…いや、特別な人間と見るべきか。


「貴様、昼間の中臣(なかつおみ)のカマか」

大海皇子(おおあまのみこ)は馬上からカマタリに声を掛けて来た。


 まさか自分の様な田舎神官に、皇子が直接声を掛けて来るとは意外だった。

「昼間はお見苦しい姿を」カマタリは深々と礼拝する。

「良い、貴様の様な早業の使い手が欲しかったのだ。よく参ってくれたな。中臣(なかつおみ)のカマ」

 大海皇子(おおあまのみこ)は馬からヒラリと飛び降りて馬の顔をゴリゴリと掻いた。馬は甘える様に首を振っている。

 清々しい若者であった。

しかし今さら早業の使い手を欲しがるとは何か?

先ほどの中大兄皇子の不気味な従者たちだけでも千の軍勢の働きはするはずだ。


 ふと大海皇子(おおあまのみこ)が一礼した。

振り向くと中大兄皇子がこちらに歩いて来る。

 その隣には人形の様に着飾った先ほどの無表情な少女が恋人の様に寄り添い、二人の後ろには目線を伏せた額田姫王(ぬかたのひめみこ)が影の様に付いて来る。


 「ついて参れ、カマ」

カマタリは三人の後に着いた。

あの気高かった額田姫王(ぬかたのひめみこ)の後ろ姿が小さく見える。

 カマタリは眉を顰めた。


 ふと大海皇子(おおあまのみこ)と目が合う。

いや、違う。

皇子の視線は額田姫王(ぬかたのひめみこ)を燃える様な瞳で追っていた。



〜39「魔王 中大兄皇子」〜 完


 (=φωφ=)あとがき。

はい、今回も地味にエロ回。

主役がアダルトになったので、当然エロくなりますよね!(まて


 >(クツ)

現在の蹴鞠では鞠靴という専用の靴がありますが、中大兄皇子、中国の唐の頃は蹴鞠のルールも目的もバラバラなので不明な点が多いです。


 >額田姫王

カマタリより十五、六歳ほど年下だと言われます。

じつはすでに大海皇子とも…oh


 >盗賊

まさか再登場するとは作者もビックリです。


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