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38 額田姫王(ぬかたのひめみこ)

【登場人物】

 中臣鎌足(カマ様)

人間に転生した天魔の神、天狐(あまつきつね)

自在に飛行する鎌を使い、人間体の能力だけでも鬼人を圧倒できる身体能力を持つ。


 額田姫王(ぬかたのひめみこ)

神の歌「言霊」を使う少女。

やはり天魔、龍王女の転生体である。


 チビコマチ(小野小町)

額田姫王に歌を学ぶため飛鳥時代に連れて来られた平安時代の少女。

巫女舞風の装束を身にまとい「言霊」を使う。


 厳 (ゴン)

なぜかチビコマチのお手伝いさんをしている片目の杣人(そまびと)。普段は春日の森で鬼神の塚を守る野守である。


 鈴鹿御前(倭姫)

天照大神の依代、倭姫命であり第六天魔王の一人。

リアル魔王

なぜか高位天魔の神々を人間に転生させて飛鳥の都に集結させている。

「カマどの。倭姫王(やまとひめのおおきみ)のお館にご案内します」

 額田姫王(ぬかたのひめみこ)はクルリと背を向けた。

 黒装束の男女の鬼たちは一斉に地に片膝を突き(つくば)う。

どうやらカマタリが倭姫の客人だと理解してくれたようだ。


 しかし、この女も(おおきみ)やら姫王(ひめみこ)やらと呼ばれいるという事は皇族の血統なのだろう。

 同じ天魔の転生体なのに東国の田舎に転生させられた自分とこの女とではずいぶん待遇に差があるものだ。

(まぁ、あれはあれで自分に向いていたかな)

カマタリは頑固でひねくれて人懐っこい鹿島の俘囚(ふしゅう)の人々と荒れた太平洋の海を思い出した。

 ※ 俘囚:大和朝廷側に取り込まれた東国の蝦夷など。


だが少し疑問がある。

「なあ、なぜ倭姫(やまとひめ)様が『(おおきみ)』と呼ばれているんだ?」


倭姫(やまとひめ)様は現在は中大兄皇子さまのお(きさき)ですので」

額田姫王(ぬかたのひめみこ)は見向きもせずに答える。


「ぶっ!倭姫(やまとひめ)は五百歳の婆さんだろ?」カマタリはのけぞった。


「おや、あなたでも分からないのですか」

額田姫王(ぬかたのひめみこ)は瞳を青く光らせながら振り返るとゾッとするほどの美しさで笑った。

(トンデモねぇ霊力だ。やはりこの女も天魔の転生体か、いったい何を考えてるんだ御前は)


額田姫王(ぬかたのひめみこ)は壁に向かって歌いはじめた。


 秋山の 木の葉を見ては 

    黄葉(もみ)つをば 

 取りてぞ(しの)ふ 

    青きをば 置きてぞ嘆く 


この世の物とは思えない美しい声が響いて神殿の外壁に黒い穴が空いた。

カマタリも思わず聞き惚れてしまう美声である。

「なるほど和歌を「呪」に使っているのか。さすが都の天魔は風雅だねえ」


「こちらへ」

「これは…地獄の井戸か?」

地獄の井戸は霊界をつなぐ術だ。

時空を超えてそれこそ神界にまで自由に行き来できる神の御業である。

 いくら天魔とはいえ人間の転生体には、なかなか使いこなせる技ではないはずだ。

 やはりこの女、ただの天魔ではない。


 カマタリが歩き出すと、そこはすでに神殿の内部だった。

 横に居並ぶ女官たちも百人は居るだろうか。

その中央奥に輝く美女が座っている。


カマタリは片膝着いて(つくば)った。


 倭姫命(やまとひめのみこと)

古代の宮廷では二柱の神が祀られていた。

一柱が倭大国魂神(やまとのおおくにたまのかみ)

もう一柱が天照大神である。

 だがこの二柱の神は宮廷で祀るにはパワーが強過ぎ、天下が乱れた。

 崇神天皇はこの倭大国魂神(やまとのおおくにたまのかみ)より遷宮の神託を受ける。

 天皇は、二人の娘、

渟名城入姫命(ぬなきいりびめのみこと)と、

豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)

彼女たちを巫女として、遷座を進めたが、倭大国魂神(やまとのおおくにたまのかみ)を祀る渟名城入姫命(ぬなきいりびめのみこと)は、髪が抜け落ち、痩せ衰えてしまったと言われる。

 豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)もまた天照大神を祀る役目から外され、まだ十歳ほどの倭姫命(やまとひめのみこと)に替わる事になる。


 倭姫命(やまとひめのみこと)は天照大神の依代(よりしろ)となり、常世(とこよ)に近い所へと遷幸する。

 この常世の国、神界へと世界を繋いだ倭姫命(やまとひめのみこと)こそ鈴鹿御前であった。


「よく来たカマ」

風も無く鈴鹿御前の髪が宙にたなびいた。


「はっ」


「貴様はまず我が夫である中大兄皇子に手を貸せ、詳しくはそこに居る鏡姫(額田王)に聞くが良い。

 額田姫王(ぬかたのひめみこ)は鈴鹿御前に向かってうやうやしく礼をした。


 なるほど、御前は妻というより中大兄皇子の保護者の様な存在だろうか。

しかしなぜ中大兄皇子を夫にしたのだろうか?


 御前はニヤリと笑う

「皇子に会えば分かる。それも鏡姫に聞け、その者も皇子の妻の一人じゃ」

 え?

横に居る額田姫王(ぬかたのひめみこ)を見ると、自慢げに微笑んでいた。


 倭姫、つまり鈴鹿御前との短い挨拶が終わった。

額田姫王(ぬかたのひめみこ)と共に再び「地獄の井戸」を通り抜けると、そこは飛鳥の都である。


 いきなり山間の都市が目の前に広がる。

大量の荷駄や物売りが行き交い、異国風の豪族の屋敷が立ち並ぶ。

船便だろうか、隼人の兵士を護衛にしている荷駄もある。


「こりゃ鹿島の砦よりだいぶデカいな」

カマタリも初めて見た異国風の風景に目を丸くする。

「当たり前でしょ。行くわよ」


「どこへ?」


「宮殿に決まってるでしょ!」

額田姫王(ぬかたのひめみこ)は、返事もせずに汚い物でも見るような眼でにらむと歩き出す。


カマタリはキョトンとしてチビコマチに聞く。

「何で怒ってんだ?」

「わかりませぬ」

「嫌われてんのかな?俺」

「そうですねえ」

カマタリはガクっと力が抜けた。


「でもご安心ください!コマチはカマ様が大好きです!」

チビコマチは花のような笑顔で両手を広げた。

 ゴンもコクリとうなずいた。


「ああ………ありがと」


カマタリはご機嫌を取るように額田姫王(ぬかたのひめみこ)と並んで歩く。

「お前、馴れ馴れしいですよ」


「は…はい?」


「私は王族です。あなたがた田舎の下級神祇官とは身分が違います」

額田姫王(ぬかたのひめみこ)は振り向きもしない。


 (うわ〜ヤな女だねぇ。同じ天魔でしょうに…なあ)

カマタリは横に居たコマチにつぶやいた。


額田姫王(ぬかたのひめみこ)はジロリと青く光る瞳を向ける。

「同じ天魔とはいえ、あなた田舎の野狐じゃない」


「じゃあんた何の魔物なんだ」

額田姫王(ぬかたのひめみこ)は美しい手でスッと遠方の山を指差す。


 カマタリは横にいるチビコマチに聞く。

「なあ、あの山って何?」

「三輪山です」

「あれが三輪山か…三輪山の神か?」

「三輪山の大物主大神は大蛇にあらせられます」

 大蛇?

…いや、神界で見た大物主大神や同族の事代主神は地を這い海を渡る八尋大熊鰐(やひろわに)だった。和邇(ワニ)とは海と山をつなぐ龍の事だ。

 ……まさか龍王女か!


 額田姫王(ぬかたのひめみこ)はニヤリと笑って背を向けた。

「これより宮中よ、振る舞いには気をつけなさい」と言い捨てるように宮殿に向かって歩き出した。


 う〜ん、さすがに狐と龍では部が悪いな。

カマタリは頭を掻く。

 しかし彼女は見た目に反して子供みたいな反応をする。まだかなり若いのかもしれない。

「なあ、おチビちゃん。彼女は歳は幾つなんだい?」

「カマ様、お言葉にはお気をつけくださいねっ」

 チビコマチもさっさと歩き出す。

「く〜この〜」

カマタリは走って額田姫王(ぬかたのひめみこ)を追いかけた。


宮殿に入ると庭では煌びやかな上着に身を包んだ殿上人らしき若者たちが蹴鞠に興じている。

カマタリは物珍しいげに蹴鞠を眺めながら歩く。

「この時間に遊んでられるって事は役人では無えよな……なっ!」

いきなり(クツ)額田姫王(ぬかたのひめみこ)めがけて飛んで来た。

 額田姫王(ぬかたのひめみこ)は「あっ!」と立ち止まる、その瞬間、カマタリが飛来した(クツ)を手づかみで掴んだ。

 額田姫王(ぬかたのひめみこ)はショックで顔が少し青ざめている。


 カマタリの血が逆流し、白い獣人の姿に変わる。

天空の神、天狐(あまつきつね)の波動が地面に響き渡る。

「カマ様!ここは宮中ですよ!」

チビコマチがあわてて飛びつくが、カマタリは構わず翠色に光る獣の目で振り返る。


 はるか向こうに(クツ)を失った片足立ちの若者が見えた。


 いや、片足立ちというよりまるで浮かんで見える。

 真っ白に輝く髪に細身の身体。まるで女性と見まごう美しい顔。

この世の者とは思えない魔性の美貌。

カマタリは息を飲んだ。

 「あれはまるで…」


 若者はフワリと笑う。

「お前が麻呂のところに来た新しい神かい?カマ。いや、天狐(あまつきつね)


 白い青年がカマタリの名を呼ぶと、額田姫王(ぬかたのひめみこ)とチビコマチは身を屈めて(つく)ばった。


「皇子様…中大兄皇子様です」

額田姫王(ぬかたのひめみこ)は目を伏せておびえた顔でつぶやいている。


「あれが中大兄皇子!」


カマタリが驚いて振り返ると、白い青年はニコやかにこちらを見ている。

瞳が青く輝いて見えた。


「まさか……」

カマタリは息を飲んだ。


「あれが……魔王…」


〜38「額田姫王」〜 完



 (=φωφ=)あとがき。

いきなりカマ様に主役交代して飛鳥時代。

なんか脱線が長くなりそうな予感がしますが…(笑)


 >鏡姫

いきなりネタバレですが、鏡王女(かがみのおおきみ)とは中臣鎌足の奥さんです。

額田王が鏡王の娘だったので鏡王女との説があります。


 > 倭姫王

どう考えても倭姫命とは別人ですね。

でも面白い方を採用します!

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