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03 川崎さんの部屋

【登場人物】

小野タスク

コマチから「魔王」と呼ばれる少年。

平凡な高校生。自宅の裏山が古墳であり、地獄に繋がっている。


コマチ

謎の女子高生。

「カマ様の神器」と呼ぶ大型の鎌をタスクに押し付ける迷惑な存在。

・パンツを履くという概念が無い


猟師コマチ

タスクを「魔王」と呼び、鬼と戦う少女。

蝦夷風の装束を身にまとい、蝦夷の半弓と毒薬を使う。

・パンツを履くという概念が無い


川崎カヲル

年齢不詳の女性学者。民族学、考古学の研究者であり、裏山の古墳を発掘するため移住して来てそのまま学校の司書になった変人。

・じつは南軍流剣術の宗家であり小太刀の名手でもある。


犬山、猿田、雉岡

近隣をシメるチンピラ学生だが、コマチに瞬殺されて以後、タスクの舎弟となる。

カヲルの手下でもある。

・それぞれバイク、体操、ラジコンの名手。


立烏帽子

魔王軍随一の剣士。

古墳にある地獄の門を開放した。


タカムラ

地獄の高官であり自由に地獄と現世を行き来でき、強力な呪術を使う。

お供に降魔の化け猫の子を連れている。

川崎さんの汚部屋というか、ここは司書室なのに土器やらハニワの破片やら、そうかと思えば能面やら田舎の民芸品やらが所狭しと並べられ、まるで怪しげなゴミ屋敷…いや珍品博物館だ。

ついでに壁にはなぜか日本刀や十手や扇子が飾られている。

模造刀だとは思うが、こんなもん学校に持って来ていいのかね?

まぁ俺も『カマ様の鎌』を持ち込んでいるけどな。


「鬼が出たぁ?あの古墳で?やっぱり」

カヲルさんは表情をキラキラさせながらニコニコしてコーヒーを入れてくれた。


「というか、何すか?そのやっぱりって」


「あの古墳から鬼や怪物が出たと言うエピソードは太平風土記とか古文書で時々見かけるのよ」


マジかよ!そんな不気味な所に我が家は先祖代々住んでいたのか。


俺たちが不可解な怪奇現象について大真面目に検討に検討を重ねている最中に、コマチはというとコーヒーを不思議そうな目で見て、匂いを嗅いだたりしている。コーヒーを一口含んで「なんじゃこれは!苦い」と言ってカップに吐き出した。

原始人か!お前は。


「砂糖とミルクはそこにあるから、好きなだけ入れて」

コマチは不思議そうな顔でシロップを1パック取るとパクリと口を中に入れ「まずい!」と言って、口から吐き出した。

何やってんだコイツは。


川崎さんはコマチを見ながら大笑いをしている。

やはりこの人も変人だから変人同士で気が合うのだろう。


「フタを剥がして中のシロップを入れなきゃダメよ〜」


川崎さんがコーヒーの中にシロップを注いであげると、コマチは初めてシロップを見たかの様に驚いた顔をしている。

コマチがシロップに指をつけてペロリと舐めると、

「こ!これは蜜ではないか!そうか、これは蜜の実か!」


コマチのアホはシロップを丸ごと口に頬張(ほおば)ると、そのままボリボリ噛み砕いてすすっている。


「これはうまい!」


何をやってるんだ?この原始人は…


「これが『カマ様の鎌』か〜」

カヲルさん(変人)はコマチのアホなど全く気にせず慣れた手つきでを鎌を手に取り眺めている。

「こりゃ〜そうとう古い武器だね。鬼と戦う武器と聞いたけど「()」にも似てるけど陣鎌(じんがま)かしら?

陣鎌の本歌(ほんか)を見たのも初めてだけど」


本歌(ほんか)って?何それ」


「もともとは和歌の用語で、万葉集みたいな後世の和歌の手本になった古い名歌を『本歌』って言うのさ。

昔の歌人たちは古い歌をアレンジして歌ってたのよ。

刀で言えば、手本となる古刀の『本歌』があって、その姿をコピーして打った刀を『写し』って言うの。

陣鎌なんて実物がほぼ残って無いから仕方ないけどねぇ」


「なぜわざわざコピー品を造るんすか?」


「近藤勇の虎徹みたいに写しの刀でも名品があるから、コピー品が劣化版とは一概には言えないわ。

柳生十兵衛曰く。和歌の道にもあり。師道の外に師道なし。旧歌を以って師とすと言へり※

大切なのは『言霊』だからね」

(※柳生十兵衛「月の抄」)


「ことだま?」


「人間は古代から音声と(イメージ)が一つになる事で、人智を超えた天地自然の力が発生すると考えたのね。

武道の気合もそう。

(ヤッ)!」とか「(ハッ)!」とか「(エイ) 鋭!(エイ)!(オウ)!」とか、これも唱歌と言って言霊のパワーを使っているの。

だから歌は本歌を写しながら、別の新しい生命に生まれ変わるワケよ」


生まれ変わり?異世界転生かな。


「伝統芸能の型や武芸の形稽古も本歌の写しみたいなものね。

天地自然の霊力が『形』に宿り、次の世代に新しく生まれ現れるものなのね」


さすが専門家だ、やたら詳しい。話は半分も理解できなかったけどな。


「しかし、これは鎌というより剣を改造したものみたいだね。しかも内反りの剣。これも実物は初めて見たわ」

カヲルさんは武器マニアの様に鎌を手に取りマジマジと見ている。


「その内反りの剣って珍しいの?」


「強いて言えば身の形状は石上神宮に秘蔵されてる布都御魂(フツノミタマ)横刀(タチ)に似てるかな。まぁあちらは二尺以上あるからもっと長大だけどね」


「フツのミタマ?」ややこしい名前だな。初めて聞く武器だ。


「神話の時代の剣よ。鹿嶋神宮にも巨大な布都御魂(フツノミタマ)(ツルギ)があるけど、あちらは直刀ね」


神話の剣?そんな魔法アイテムの様な武器が存在するのか?

「しかしこんな変な形の武器なんて持ち歩くのも不自由だったんじゃないすか?」


「ならば折りたためば良いではないか」

横からコマチはまだボリボリとシロップのカップをガムのように噛みながら、さも当たり前のように『カマ様の鎌』を手に取るとブーメラン型の鎌をパチンと一つに折り畳んだ。


「ええ????」

俺と川崎さんは唖然とした。

なんと『カマ様の鎌』は折り畳み式ノコギリのようにコンパクトに刃が畳まれてしまったというか、全く別の形状に変わっていた。

いや、さっきまで完全な鎌の形だったし、とても折り畳める構造には見えなかったのだが…


「我らからすればお前たちとは空間の概念が違うからのう」コマチはシロップの殻をポリポリかじりながら生意気そうな顔で笑う


SFかよ!コヤツめ、原始人のくせに今度は急に未来人のようなことを言い始めた。


カヲルさんは腕組みをして真剣な顔でコマチに問いかける

「あなたの言う空間の概念と言うのは何?」


「決まっておろう。一念三千「十界互具」の世界じゃ」


「十界?地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天・声聞・縁覚・菩薩・仏の十種類の世界の事かしら?」


※ 「十界互具」:一つの世界の中に、別な十の世界を具えている事。例えば地獄の中にも仏の世界が同時に存在している。


あ〜聞いても無駄だと思いますよカヲルさん。

だいたいコマチはやる事なす事いちいちメチャクチャだしな。

だがカヲルさんは真剣だ。

まぁ目の前に起こった事も、鬼が出たのも事実だからな。学者のカンなのかもしれない。


「多次元空間かしら?それって証明できるの?」


「簡単じゃ、見ておれ」

コマチは壁に向かって手をかざしながら和歌を唱え始めた。


 霜枯れは 侘しかりけり 秋風の

   吹くには荻の おとづれもしき


すごい!俺とした事があまりの美しい姿と歌声にコマチに見とれてしまった。

ただでさえ顔だけは美少女なのに、この凛とした声で朗々と歌を読むと、この世の物とは思えない神々しい荘厳さであった。

歌とともに魂が奪われ全身が別世界に引き込まれる感覚がした。


歌が終わってもコマチはまだ目を閉じたまま、じっと手をかざしている。

すると、正面に紫の光の輪が現れ、真っ黒い穴のようなモノが開いて、コマチはフッとその中に入り込んで消えた。


「えええええ?!!!」


俺と川崎さんが驚愕の顔でそれを見ていると司書室のドアがガチャリと開いてコマチが再び中に入ってきた。


「ほれ簡単じゃろ」


(そんなわけねーだろ!)


コマチは相変わらず小さな口の中でシロップの殻をポリポリ言わせながら、さも当然と言う顔をしている。


「コマチさん!あなた一体何者なの!」


コマチは不思議そうな顔でこちらを見返してくる

「なんじゃ。さっき自分で(わらわ)を『世界三大美女じゃ』と言うたではないかえ」


「え???」

俺とカヲルさんは顔を見合わせた。


「さっき言った世界三大美女って、まさか……小野小町?」


コマチはクリクリした大きな眼を細めてニマ〜っと笑った。



〜03 「川崎さんの部屋」〜 完



(=φωφ=)あとがき

 霜がれは 侘しかりけり 秋風の

   吹くには荻の 音づれもしき

萩の葉が秋風に吹かれて音ずれする

(音ずれる=訪れる)

呼び寄せの言霊を使った『訪れ』の召喚術ですな。


・和歌の道にもあり。師道の外に師道なし。旧歌を以って師とすと言へり。

(=φωφ=)これは柳生十兵衛の「月の抄」に書いてある教えですね。

「師道の外に師道なし!」千葉真一の声で脳内再生すると、より効果的です。

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