20 夜枕返しの術
【登場人物】
小野タスク
平凡な高校生。
悪霊を斬る霊剣『韴霊剣』を目覚めさせる能力がある。
自宅の裏山が、なぜか地獄に繋がっている。
コマチ(小野小町)
平安時代の鬼退治師であり和歌の言霊を操り自由に時空間を変化させ、炎や水を操る能力を持つ少女。
・パンツを履くという概念が無い
猟師コマチ(チビ助)
鬼と戦う少女。蝦夷風の装束を身にまとい半弓と毒薬を使う。
・パンツを履くという概念が無い
柳生十兵衛 平 三厳 (ミツヨシさん)
なぜか現代に召喚されてしまった剣豪。
なぜかタスクの家でお手伝いさんをしている。
立烏帽子の霊刀『小通連』に片目を食われた。
立烏帽子(鈴鹿御前)
将軍塚にある地獄の門を開放する妖女。
天魔最高神の一人であり、魔王軍随一の女性剣士である。
婆さん(奪衣婆)
三途の河原で出会った老婆。
コマチを超える言霊のパワーを持ち、御前の指示でタスクを地獄へと導く。
小野忠明(神子上典善・次郎右衛門)
修羅界で最強の剣客。
というか鬼より怖い。
善鬼坊
生前、小野忠明に討ち取られた修験者。
今は小野忠明の相棒
「よし!サトリを倒しに行くぞタスク!」
布団からガバっとコマチが起き上がった。
「ちょっ!なぜ君がそこで寝てる!」
「さっきからここでいっしょに寝ていただろうが!」
「ウソつけっ!!」
いやウソとも言えないけど。
コマチは真顔で問いかけてくる。
「どうじゃ?サトリを倒せそうか?タスク?」
「…ああ、たぶんね」
自信があるとは言えないが、ミツヨシさんのおかげで重要な手ごたえをつかんだ気はする。
「よし!ならば寝るぞタスク!」
コマチは布団の上でバンバンと自分の隣を叩く。
また雑魚寝ですかね。あまりうれしくないけど。
コマチはベッドから飛び降りる。
「まず服を脱げタスク」
なんでやねん?
コマチは制服のリボンを外し一人でさっさと服を脱ぎ出した。
「え?!」
というかミツヨシさんも居るんですけど。
「ではお二人でごゆるりと」
え?何をですかっ!
十兵衛はニコリと笑うと立ち去って行った。
コマチがセーラー服をめくると細身の身体から、おっぱいが二つこぼれる。
予想はしていたが、やっぱりノーブラだった。
というか目の前にいきなり美少女の乳房が現れた。目をそらそうと努力したがそりゃムリだった。目は釘づけになり、動揺し、心が囚われてしまう。
いかん、心が動きまくってる…このままではサトリに負けてしまうんじゃないかな。
コマチはスルリとスカートを脱ぎ落とすと、たちまち全裸になっていた。
あまりの美しい裸体に目がくらんだ。白く光る肌がまぶしい。
まさか絶世の美少女が目の前で全裸になるとは。
「何をしている、さっさと脱がぬか!」
「え?俺も?」
「当たり前じゃ!」
「いやしかしコマチさんも裸だし…」
「妾の裸なぞ毎晩見せてやっておるではないか」
いや、あれはチビ助でしょう…って!ワザと見せてたんかい!
「ホレホレ!さっさと脱がぬか!」
全裸のコマチにむりやりシャツを脱がされるが、時々乳房がポヨンと触れる。あ…マズい。あわてて前かがみになる。
コマチはベルトの外し方を知らないらしく、むりやりズボンを下ろそうとするが、やはり股間に引っかかる
「アイタタタタ」思わず腰を引いた。
「何か引っかかるな…むむっ!畏れ多くもカマ様の神器を股座に差し置くとは無礼者め!さっさと出さぬか!」
全裸のコマチさんがパンツの中に手を入れて握ってきた
「あ〜っ!ちょっ!」
「タスクや、お友だちにお茶を…」母さんが扉を開けた瞬間、ガシャン!と茶碗を落とす音がした。
あ!誤解です母さん…と言っても無理か。
「おや?小さくなったぞタスク……あ!こんな所に」
コマチのアホは、今ごろ床に置いてあるカマ様の神器に気づいたらしい。
母さんがヨロヨロと幽霊みたいな足取りで玄関を出て夜勤に行くのが窓から見えた。
ごめん母さん…いや誤解なんですけどね!!
「ヨシ!次は裏返しに着物を着るのじゃ」
コマチは制服を裏返しに着はじめる。
「なんで?」
「『夜衣返の術』だ」
「何すか?それは」
「衣を裏返して寝ると、相手の夢の中に自分が現れることができる。
こうすれば迷子になってもタスクの前に必ず妾が現れるのだ!
コマチはスカートも履かずにふんぞり返る。
いや、その前に迷わないようにしてくれ
二人で布団の上に寝る。
ん〜やはり何か変な感じだ。
コマチはゆっくり歌を詠みはじめた。
いとせめて 恋しき時は むばたまの
夜の衣を 返してぞ着る
『夜衣返』
またスッと眠りについた。
今回は地獄の闇を二人で歩く。
やはり夢の中の俺は片方の腕が無かった。
コマチが俺の左腕をマジマジと見ている。
「腕はいずれ復元するが…このままでサトリと戦うつもりなのか?」
「ああ、試してみるさ」
どれだけ自分の力がサトリに通じるのか全く根拠は無いが、今はミツヨシさんのおかげでコマチの言霊が理解できた。
なんか負ける気がしない。
「そうか…」コマチは黙った。
どのくらい歩いたろうか、再び闇の中に赤い雲が見えてきた。
海の様な大河が見える。三途の川だ。
今回はコマチがいっしょだしサトリと戦っても安心だよな…あれ?居ない?
賽の河原に一人で来てしまっていた。
変だな?コマチの言霊が効いてないなんて初めてだ。
三途の川では婆さんが待っていた。
「ずいぶん早く有無一剣を理解できたものだ、十兵衛のおかげかのう」
そうだ、ミツヨシさんの指導のおかげだ。やはりすごい人だったんだ。
ミツヨシさんの指導どおりやればサトリに勝てる。
そんな気がする。
婆さんは俺をつれて再び渓谷に降りて立った。
またあの丸木橋だ。
見れば断崖絶壁から急流の岩場が見える。
「恐ろしい景色だな」
ふと他人事のようにつぶやくとカマ様の神器を取り出す。
片手でミツヨシさんがやってた礼拝のように頭上にかかげて一礼すると言霊を唱えた。
有るは無く…
無きは数添う 世の中に
あわれいづれの日まで嘆かん
『有無一剣』
手の中でカマ様の神器がシャキッ!と剣の形に変形した。
「むう…」婆さんがうなった。
そうだな。まさかこの俺がカマ様の神器を使いこなせるとは自分でも不思議だ。
俺は丸木橋の上に立つと有無一剣を杖に突き、ゆっくり一歩足を踏み出した。
(下を見るな、心を動かすな)
一剣天によって寒じ…
俺は目を閉じた。
有無一剣の切っ先を前にストッと突くと、また一歩足を進める。
そしてまた一歩。
ゆっくり少しづつ前に進む。
ふと目を開くと目の前に婆さんが居た。
振り返ると丸木橋をいつの間にか渡ってしまっていたようだ。
「よくやったぞ!よくやったぞ!タスク」
婆さんは顔をグチャグチャにして泣いている。
んな大げさな。
ふと向こう岸を見渡す。
なぜか小野忠明先生とミツヨシさんがまた居るのではないかと探した。
…居るわけ無いか。
再び婆さんとサトリの棲む高山へ向かう。
森の入り口、高い木々、見渡せば目の前にサトリは居た。
再び現れた俺たちに向かってサトリは黄ばんだ牙をむき出し、金色の目でにらんでいる。
不思議だ。
今までものすごい強敵に見えていたサトリなのに、今ではまるでただのおびえた獣にみえる。
俺はカマ様の神器を片手で引き抜く。
有るは無く…
無きは数添う 世の中に
あわれいづれの日まで嘆かん
『有無一剣』
手の中でカマ様の神器がシャキッ!と剣の形に変形した。
有無一剣は自由に使えるようになった。
だが片手でサトリと戦えるのだろうか?
「片手で戦えるのだろうか?…と、思ったな」サトリはニヤリと牙をむいて笑った。
だが戦うしかない。
俺は切っ先をスッと突き出す様に構えた。
「何の勝算も無い…と、思ったな」サトリはまたこちらの心を読んでくる。
たしかにその通りだ。
俺には何の技も、何の強さも無い。
ただ打つだけだ。
十兵衛の言葉が森の静かな風に乗り聞こえて来た
「風の流れを感じ、水の音を聞く。
よく引き付けて、よく斬られるのでござる」
そうか…やっぱりミツヨシさん来てくれていたのか。
俺は安心してゆっくり目を閉じる。
新陰流『無見』それは
見るは見るにあらず。
「見ない」という所にも見る心持あり。
目で見ずして見るのである。
まさに秘術であり極意でもある。
十兵衛は岩陰に立ち、腰に差した霊刀『小通連』に手をかける。
もしやの事があれば十兵衛がサトリを切って捨てるつもりではある。
「手出し無用じゃ十兵衛」
驚いて振り返ると小野忠明と錫杖を持った善鬼坊が居た。
「小野先生!」
十兵衛は頭を下げる。
十兵衛ほどの使い手ですら気配を感じなかったとはやはり別格の達人である。
小野忠明は何も言わず岩の上に立ち勝負を見届けている。
まるで何百年も前からその岩の上に根を張る古木の様な風格である。
(これが真の剣鬼というものか)
小野忠明のたたずまいに十兵衛はうなった。
小野忠明がタスクをこの山に送り込んだのには何か理由があるはずである。
十兵衛は勝負を見守る事にした。
「今が勝負の時でござるぞ、タスクどの」
森の木々がざわめき風の音が聞こえた。
サトリはカマ様の神器を警戒してか、やや間合いを取っている。
だが逃げる気配も無い。
やはりサトリは自分の予見能力に絶対的な自信があるのだろう。
ならばこちらな生も死も切り落とし、全てをこの有無一剣にあずけるしかない。
一剣天によって寒じ…
俺はゆっくりと突きの構えの切っ先を頭上高く振りかぶる。
「南軍流一打三手」
俺にはこれしか無い。
「お前はその技しか使えない…と思ったな」
サトリはこちらの手の内を勝ち誇ったように言い当てる。
だが意味が違う。
「俺にはこれしか無い」とは、それは「全てを捨ててこの一撃に全てを賭ける」という意味だ。
「できたか、夢想剣…」岩の上で動かずにいた小野忠明がつぶやく
十兵衛はハッ!とした。
そうか、このための試練であったか。
サトリは金色の目玉を見開いてジワリと近づいて来る。
そうだ、お前に喰われてやる。来い。
「お前はこのまま喰われてもよい…と思ったな」
サトリは笑うように牙をむき出しながら、さらに近づいて来る。
俺は考える事、守ること、戦う事を捨てた。
…全てを捨てて、捨てぬなり。
「お前はヤケクソで命を捨ててやる…と思ったな」
サトリはさらに近づいて来る。
足音が止んだ。
電光影裏、春風を斬る。
何も感じなかった。
なにげなくスッと構えを最初の突きの正眼に戻しただけだった。
目を開ければ、頭を割られて陽炎の様に消えていくサトリの姿が見えた。
他人の心は読めても自分の未来は読めなかったようだ。
サトリの金色の目と牙は何か言おうとしていたが、俺はサトリに背を向けた。
「空に…帰れ」
俺は有無一剣を閉じた。
〜20 「夜枕返しの術」〜 完
(=φωφ=)あとがき。
> 新陰流『無見』
石舟斎の目録にこの術は無いと十兵衛は月之抄に書いているので但馬守の工夫ですね。
>夜衣返
衣を裏返して寝れば相手の夢の中に自分が出てくると万葉集にあるとか。
こりゃ脱がすしかないッスね。




