琥珀から椎茸
琥珀は昔からアクセサリーなどの宝飾品として使われていたが、ある恐竜映画によって価値は一変。琥珀から蚊を取り出して、採取した血液から恐竜を復活させるというSFの金字塔のような映画だ。
科学的には不可能とされてきた古代生物の復活だが、酵母となると話は別だ。
琥珀の中から粉末を取り出して、薬学研究に使われているケースが出てきた。
酵母を培養し、続々と新しい酵母菌が見つかっている。
私の妻が実は、瑪瑙やトパーズなどを掘る採集家で、琥珀もいくつか持っていた。
もちろん、装飾具には使わず、ただ宝石として愛でるだけなのだが、私から話を聞いて、琥珀から酵母を取り出して培養してみろと言う。
長年、世話をかけてきたし、結婚当初から尻に敷かれている妻の頼みなので、無碍に断るわけにはいかない。
すぐに培養キットをネットで買い、大学や企業の研究などを参考に琥珀の粉末から酵母を培養し始めた。
もちろんすぐに成果は出ない。酵母があるかどうかもわからないのだから。
ただ、ひと月ほど経ったある日。シャーレの中に、幾つかの点を見つけた。
点は日増しに増えていく。研究機関に画像を送ってみたり、調べていくとキノコの菌に似ているとのことだった。
「キノコだったら、生えるかもしれない。松茸だったら古代マツタケとして売ろう」
商売っ気の多い妻は、捕らぬ狸の皮算用をして笑っている。
ひとまず、ネット上で、いろんな植物の丸太を買う。便利な世の中だ。
人の脚ほどの丸太に、培養した古代の菌を塗り、霧吹きで水をかけて、湿気の多い家の裏手に置いておく。キノコが生えても生えなくても、暇な老夫婦の生活にとっては楽しみが増えた。
再びひと月ほど経った頃、丸太を見てみると、シイタケのようなキノコが生えていた。
「松茸じゃなくて、椎茸だったか。まぁ、美味しいかもしれない。食べてみて判断しよう」
パッチテストをしてから、しっかり茹でて食べてみることに。特に熱処理をすれば毒はなさそうだ。
みそ汁にして飲んでみると、香りが強い椎茸のような味わいだった。
「意外と美味しいんじゃない?」
「そうだな。古代椎茸として株を作ろうか」
「いいわね」
我々は、適当な夫婦だ。
翌日、妻の顔のしわがなくなっていた。私もアレルギー性の皮膚炎を患っていた背中の皮膚がずるりと向けて、きれいな肌になっていた。
「古代椎茸かしらね?」
「だろうな。これ、もしかして再生医療とかに使えるんじゃないか?」
「そうかもしれない。世界的発見しちゃった?」
「まぁ、たまたまかもしれん。もう一晩みそ汁を飲んでみてから考えよう」
のん気なことだ。
古代椎茸のみそ汁を飲んだ翌日、明らかに徐々に低くなっていた妻の背が伸び、若かりし頃のように、すらりと立っていた。
私も皮膚だけでなく筋肉まで復活しているように感じる。
「小魚と牛乳と一緒に食べれば、骨も再生するかもしれないよ」
「ここまで効果があると、なんだか研究機関に言い出しにくくなってきたな」
そうして、何日にも渡り、我々夫婦は古代椎茸の味噌汁を飲み続けた。
次第に身体は若返り、頭の回転も身体機能も20代の頃と遜色がなくなってきた。
「もしかして、また40年も暮らさないといけないのかしら?」
「それはそれで辛いな」
人生80年ほどでいいと思っていたから、あと数年だと覚悟していたが、身体機能的も頭脳も働ける身体になってしまった。
正直もう一度人生を繰り返すのは面倒ではある。戸籍上80代の夫婦に子供ができたら大変だろう。
この古代椎茸が広まったら、定年退職という概念や年金が崩壊してしまう。ただでさえ崩壊している日本社会がさらに崩壊してしまう。
研究機関には椎茸を渡さず、ひっそりと暮らしていこうと、夫婦で話し合った。
そんなある日、娘夫婦が家に訪ねてきた。
「どちら様ですか? 親戚?」
「娘よ。実はな……」
我々夫婦は娘にすべてを打ち明けた。
「製薬会社に持って行くよりも、若返り化粧品として希釈したものを売った方が儲かるんじゃない?」
商売っ気の強い血は受け継がれている。
エキスを希釈するならと、我々夫婦は了承した。
もしかしたら、どこかのサイトで古代椎茸の味噌汁を販売しているかもしれない。
試すか試さないかは、あなた次第だ。