068:感謝の嵐、サキュバスと常連客
「サキュバスよ、起きるのじゃ」
「うにゃにゃにゃ、うぅ……ん? あ、あれ!? いつの間に寝てしまって……」
星々が夜空に輝く静かな夜から一変、燦々と降り注ぐ陽光が眩しい朝となっていた。
「もう朝じゃないですか! 寝過ぎてしまいました! きっと栄養が足りなかったせいだ……」
淫魔の栄養源は人の精気だ。彼女の場合は勇者の夢に出現する〝甘々のストロベリー担々麺〟だが、その栄養摂取が昨夜の魔女襲撃により中断。そのため不足の栄養を補おうと睡眠を取ってしまっていたのである。
「ど、どうしましょう。私が寝てしまったばかりに勇者様にもしものことがあったら……」
睡眠を取ることは悪いことではない。これは生き物として当然の行動だ。
しかし状況が状況。勇者が攫われている状況での睡眠は話が変わってくる。
サキュバスは焦りや後悔などが混ざり合った負の感情に心が支配される。
「もしものことがあったらストロベリー担々麺が二度と食べられなくなってしまうじゃないですかー!」
「おぬしの目的はそっちか。まぁ、そうじゃと思っておったが……」
勇者を助けることよりも勇者を助けてストロベリー担々麺を食べるということが目的のサキュバス。
そのことを魔王も分かってはいたが、いざ口に出されると少しだけ、ほんの少しだけ引いてしまう。
しかしこれは仕方のないこと。担々麺の魅力を知ってしまった者の末路とでも言うべきだろうか。
どんなものよりも担々麺の方が優先順位が上位になってしまうのである。
「まぁよい。それもよりもゆーくんを助けに行く準備が整ったところじゃよ」
「ほ、本当ですか!? 私も微力ながらお手伝いさせていただきます! ストロベリー担々麺が食べれない人生なんて死んだ方がマシですからね!」
「それも嘘偽りなく本気で言ってるところが恐ろしいのじゃが……まぁ、ここにいる全員同じ気持ちのようじゃ」
「ここにいる全員?」
サキュバスは辺りを見渡す。キョロキョロと首を右へ左へと動かすが、魔王の寝室には魔王とサキュバス以外に誰もいない。
そのままサキュバスは小首を傾げ不思議そうな顔をする。
「皆、店に集まっておる。ゆーくん救出大作戦に参加する同志たち……担々麺連合軍じゃよ」
「担々麺連合軍!?」
「おぬしも挨拶だけしておくんじゃな。な〜に、ビビらんでもよい。担々麺の話をすればすぐに打ち解けられるのじゃ」
魔王はサキュバスを案内するために寝室から出ようとする。
「ま、待ってくださいーい」
サキュバスは魔王の跡を追った。その足取りはとても重たいものだった。
それもそのはず。魔王が言った担々麺連合軍とは、勇者の夢の中に登場する曲者たちのことだと気付いたからだ。
(担々麺連合軍……十中八九そうよね。たしか……)
サキュバスは記憶を辿り、担々麺連合軍の一人一人を思い出していく。
(災厄で最凶の邪竜、149体のスケルトンを統べるスケルトンキング、元勇者パーティーの女剣士と女魔術師、元魔王軍大幹部の鬼人、自称世界最強の龍人族、自称元世界最強の虎人族、正義の盗賊団の頭と下っ端、店潰しのエルフ、情報屋の羊族、最近では妖精族も……)
個々の個性の強さも相まってか、一人も漏れることなく完璧に全員の姿が脳裏に映っていた。
(本当に大丈夫かな……? 私なんかが顔合わせして……。私はここの常連客じゃないし、みんなからしたら私は初対面。夢の中みたいにワイワイ仲良くできる自信がない)
サキュバスは勇者の夢の中ではすでに全員と仲良くなっている。
現実世界の『魔勇家』のようにみんなで楽しく食事をしているのだ。
(拒絶されたらどうしよう。私は淫魔だから、悪魔族だから……きっとみんなとは仲良くできない。夢と現実は違うんだ)
自分だけは皆のことを知っている。それも親しい友人と呼べるほどに。
けれどそれは勇者の夢の中の世界だけのこと。
だから現実世界で拒絶されてしまうのが怖いのだ。忘れ去られたみたいな感覚が。
自分の中には確かにあるみんなとの思い出までもが、失われてしまう恐怖がサキュバスにはあるのだ。
そんなことを考えていると、あっという間に店内へと続く扉の前――担々麺連合軍が待つ扉の前へと到着したのだった。
サキュバスの気持ちなどつゆ知らずの魔王は、遠慮なしに扉を開く。
(こ、心の準備がまだなのに……)
開いた扉の先には、想像していた面々がいた。
直後、全員の耳目が一点に集中した。もちろんサキュバスに、だ。
「さっき話したサキュバスじゃ」
魔王が気を利かせてサキュバスを軽く紹介した。
それなのにサキュバスは緊張のあまり言葉を発することができずにいる。
人前で喋るという緊張や拒絶されないかという恐怖がサキュバスを苦しめているのだ。
(せっかく魔王様が喋りやすい雰囲気を作ってくれたのに……それなのに私は……)
自暴自棄になりかけたその時だった――
「キミが話にあったサキュバスか」
剣幕を見せながら声をかけたのは元勇者パーティーの女剣士だ。
「は、はい!」
サキュバスは驚いてしまい、上擦った声で返事をした。
そんなサキュバスを畳み掛けるように鬼人も剣幕を見せながら口を開く。
「オメェか」
「ひ、ひぃぃぃ」
さらに邪竜も剣幕を見せながら念波による発言をする。
『お主がそうか』
「――ぅッ!!」
女剣士、鬼人、邪竜、と続け様に声をかけられ、サキュバスは恐怖のあまり声が出なくなった。
邪竜の声が念波によって脳内に再生されたことも要因の一つだ。
(こ、怖いよー。もうやだよー。やっぱり夢の中とは違ってみんな穏やかじゃない。死線を超えてきた人たちの目をしてるよ。私はきっとここで殺されるんだ。最後にもっとストロベリー担々麺を食べたかったな……。ははっ、余計なことに首を突っ込むんじゃなかった……。淫魔は淫魔らしく影の世界で生きるべきだった……)
「――ありがとう」
女剣士が頭を垂れて感謝を告げた。
「へ……?」
突然の出来事に情けない声がポロッと盛れる。
「オメェのおかげだァ。俺様からも感謝を告げるぜェ。ありがとうよォ」
『ありがとう。若きサキュバスよ』
鬼人も邪竜も女剣士と同じように頭を垂れて感謝を告げた。
見れば彼らの後ろにいる全員が頭を垂れて感謝の意を示している。
「あ、えーっと、こ、これは一体……」
何が起きたのか理解できないサキュバスはただただ困惑するばかり。
助けを求めようと魔王の方を見ても、魔王はニヤニヤと満足気に微笑むだけ。
「我らの未来はキミに救われた。いち早く情報を伝えてくれて感謝する。担々麺が無い未来など真っ平御免だからな」
女剣士は深く頭を垂れたままさらに感謝を告げた。
「サキュバスさん、ありがとうございます。キャリア三十年の僕よりも早い情報。さすがですね。ぜひ今後一緒に仕事をしたいものです」
感心といった様子で情報屋の羊人も口を開いた。
「うふふ。もう二度と担々麺が食べれなくなるところだったわ。ここの常連として、そして美食家として感謝するわ。ありがとう」
と、店潰しの美食家のエルフも感謝を告げる。
「「「WOOOOOOO!!!」」」
「吾輩もスケルトンたちも皆、サキュバス殿に魂から感謝している」
と、149体のスケルトンとそれを統べるスケルトンキングも敬意を払った。
「ありガオう! ガオガオガオガオッ!」
「くははははっ! 世界一の龍人である俺からも感謝を! ありがとう!」
虎人と龍人の二人も笑顔で感謝を告げる。
「兄さんに借りを返す機会を与えてくれてありがとう」
「ありがとうございますッス!」
正義の盗賊団の二人も勇者への借りを返す機会ができたと喜びながら感謝を告げた。
「この中では私はまだまだ常連って感じじゃないんだけどね、でも気持ちはみんな一緒よ。このお店が、担々麺が大好きなの! 店主がいなくなったら、それが失われちゃうかもしれないってことよね。そんな大事なことを伝えてくれたんだもん。すごーくすごーく感謝してるわ! 私からもたくさんたくさーんのありがとうを伝えたいの! まず最初に伝えるありがとうは――」
と、妖精族の少女が長々と饒舌に感謝を告げ続ける。
そして――
「サキュバス様。勇者様のことを教えてくださりありがとうございます。サキュバス様のおかげで勇者様を見つけることができました」
元勇者パーティーの女魔術師が涙を浮かべながら感謝を告げた。
いつもおどおどしている彼女だが、今の彼女は違う。伝えるべきことをまっすぐに伝えている。
今の女魔術師はまるで慈愛に満ちた聖女のようにも見える。
そして彼女の小さな手は――人々を救ってきた優しいては、サキュバスの冷め切った手をしっかりと握りしめた。
女魔術師は癒しの魔法も得意とするが、魔法など一切使わずにサキュバスの冷たい手を癒し温めていく。
「それだけではありません。担々麺の危機をいち早く教えてくださりありがとうございます。勇者様を救うこと、それはつまり担々麺を救うこと、この世界を救うことにつながります。心から感謝します」
この場にいる全員が――担々麺連合軍の全員がサキュバスに心から感謝を告げた。
「そ、そんな、わ、私はただ魔王様に伝えただけで……大したことなんてしてませんよ」
「謙遜するでない。おぬしはここにいる全員の未来を救ったのじゃ。妾と勇者含めて全員の未来をじゃ。担々麺がない未来なんて絶望しかないからのぉ。想像したくない未来じゃ。余からも改めて感謝を――ありがとうなのじゃ!」
「ま、魔王様……こ、こんなに感謝されたの生まれて初めてですよ」
「うぬ」
「わ、私……隠魔はいつも暗闇に潜んでましたから……」
「そうじゃな」
「魔王様……私は皆さんの感謝を受け止め切れるでしょうか?」
「大丈夫じゃよ。心配いらないのじゃ。おぬしはもう担々麺連合軍の一員じゃ。皆からの感謝を受け止めきれなければ、担々麺と一緒に胃袋へ流し込めばいいのじゃよ!」
その言葉にサキュバスの目頭は熱くなる。
そして心の奥底に何かが芽生えた。その芽生えたものが緊張や恐怖などの負の感情を飲み込んでいく。
「魔王様ありがとうございます。ストロベリー担々麺と一緒に流し込みます! 皆さんもありがとうございます!」
芽生えた何かとは、感謝の気持ちだった。
傲ることなく皆からの感謝を己の感謝で応えたのである。
「私も担々麺のために全力を尽くします!」
負の感情が消えたことによりやる気も取り戻した。
もはや数秒前の子供のように怯え不安を抱えていたサキュバスはもうここにはいない。
サキュバスのやる気が戻りこの場にいる全員の気持ちが一つになったのを感じ取った魔王は、ゆっくりと口を開く。
「よし、これで全員揃ったのじゃ。では、勇者救出大作戦を始めるのじゃ! ゆーくんを救出した後に、皆で担々麺を食べるのじゃ! 最高の担々麺を!!!!」
「「「うぉおおおおおおおーー!!!!」」」
「「「WOOOOOOOOOOOOOOO!!!」」」
担々麺連合軍の士気が一気に高まった。
木々を揺らし地震を起こし、そして空をも揺らした。
かつてないほどの士気の高まりだ。
「作戦などは移動中にするのじゃ! 行くのじゃ! 担々麺連合軍!!!」
「「「うぉおおおおおおおーー!!!!」」」
「「「WOOOOOOOOOOOOOOO!!!」」」
勢いを絶やすことなく担々麺連合軍は向かう。勇者が待つ王都へ。そして悪の根源――魔女の元へ。




