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067:勇者からの伝言、高まる士気

 魔王は常連客たちに勇者が誘拐された件についてを話した。


「――というのがサキュバスから聞いた話じゃ。一方的にじゃがサキュバスは嘘を吐かないという契約を妾と結んだ。なのでこの情報には嘘は含まれておらぬ。もちろん妾も嘘は吐いておらんのじゃ」


 魔王からの言葉。本来なら信用しろと言われても無理な話である。

 さらには悪魔族の淫魔からの話ときた。より一層話を信じるのが不可能な事案だ。

 しかし常連客たちは魔王の話を一切疑うことなく情報の整理や思考を始めていた。


「な、なるほど……で、ですね。ま、また仮面の……し、しかも魔女が関係していただなんて……」


 怯えながら口を開いたのは女魔術師だ。

 仮面と言えば偽勇者や偽魔王、最近では偽女魔術師や偽女剣士なども現れている。

 そんな仮面を被った偽物たちに酷い目に遭わされてきたのだ。

 元勇者パーティーのメンバーだとしても、怯えてしまうのは当然のことであるかもしれない。


『やはり魔女が関係していたか』


 偽勇者と偽魔王を討伐した際、彼らが被っている仮面を『呪いの仮面』だと言い当てていた邪竜は、その時から魔女の仕業なのではないかと疑っていた。

 そして警戒や探りを入れていたがなかなか尻尾を掴めず、今に至ったのである。


「魔女か。吾輩やスケルトンたちの魂の記憶を辿ってみたが、やはり魔女は厄介。相当厄介な相手……」


 難しい顔を見せるスケルトンキング。

 魔女は魔王や勇者に並ぶほどの強者で危険度は魔王や邪竜をも遥かに凌ぐ存在として有名だ。

 世界大戦以前の話では、世界を恐怖のどん底へ陥れていたのは紛れもなく魔女だったのだから。

 そんな魔女がここにきて動き始めたのである。


「ま、魔女……仮面……」


 古傷を押さえながら怯えているのは、妖精族の少女だ。

 彼女も以前、仮面の存在に酷い目に遭わされた。衣服に隠れてはいるが、その時の傷は今でも残っているのである。

 饒舌な彼女だが口数が少なく怯えている。それだけ魔女という存在に恐怖しているのである。


「無理にとは言わん。勇者の救出と魔女の討伐は、協力してくれる人たちだけで良いのじゃ。妾一人でもなんとかしてみるのじゃ」


 常連客たちの苦悩する姿、怯える姿を見てしまった魔王。俯きながら口を開いた。

 こうなることは頭のどこかで想像もしていた。

 無理もない。相手は勇者をもいとも容易く攫った魔女なのだから。世界を恐怖のどん底に沈めたことがある魔女なのだから。

 こうなることを想像していた魔王は、一人で戦う覚悟もすでに決めていた。

 だから無理に協力者を募る必要もない。戦う意思がある者だけ付いて来てくれればそれで良い。そんな風に思っている。

 これは魔王の優しさ。常連客を大切に思うが故の優しさだ。


 そんな心優しい魔王に向かって正義の盗賊団の二人が口を開く。


「何言ってるんですか姉さん。俺たちも一緒に戦いますよ。盗まれた物を取り戻す。そして本来の持ち主に返す。それが正義の盗賊団の仕事ですからね」


「そうッスよ! 姉さんのもとに必ず兄さんを返しますッス!」


「お、おぬしら……嬉しいのじゃ!」


 喜びも束の間、鬼人が店内を響かせるほどの大声で魔王の名を呼んだ。


「魔王様ァ!!!!」


 その声に魔王は驚くが、鬼人の姿を見てすぐに平静を取り戻す。

 鬼人はかつて魔王軍の大幹部として活動していた時とまったく変わることなく、膝をつき忠誠を見せていたのだ。


「この命魔王様の物ですッ!!! 思う存分使ってくださいッ!!!!」


「またよろしく頼むのじゃ」


「ははッ!!!」


 正義の盗賊団や鬼人に負けじと元勇者パーティーの二人も口を開く。


「魔王ちゃん。我らも同じだ。国一大事には我らこそ動かなねばな。それに勇者をやっと見つけた。言いたいことが山ほどあるからな」


「そ、そうですよ。ゆ、勇者様には、い、言いたいことが、い、いっぱいあります……。だから私たちも戦いますよ魔王ちゃん」


「なんとも心強いのじゃ。感謝するのじゃ!」


 元勇者パーティーの二人が協力してくれることを嬉しく思っていると、屋外席からやる気に満ち溢れた声が店内にまで響き渡った。


「「「WOOOOOOO!!!!」」」


 149体のスケルトンたちだ。


「このように吾輩たちもやる気十分だ。店主殿、いや、魔王殿に協力し勇者殿を救い出してみようではないか」


「「「WOOOOOOOOOO!!!!!!!!」」」


 スケルトンキングの言葉にスケルトンたちのやる気はさらに増していった。


『もちろん余も協力するぞ。余がいれば戦力になるだろう』


 この場にいる全員の脳内に邪竜の声が再生された。

 邪竜の言葉を聞いた瞬間、世界最強を自称する二人が口を開く。


「世界最強の龍人である俺がいれば敵なし! くはははははっ!」


「元世界最強の獣人であるオレもいるガオ! 敵なしガオ!」


「スケルトンキング、邪竜、龍人、虎人……これまた心強いのじゃ。助かるのじゃ」


 嬉しさのあまり魔王の目頭が再び熱くなる。

 そんな魔王の頭の周りをブンブンと妖精族の少女が飛び回り始めた。


「もちろん私も協力するよ。怖いけど私だって戦えるもん! 私はねご存知の通り妖精族なの! 魔法が得意な種族なんだよ。使える魔法は全種類! 八属性魔法の――」


 饒舌に喋る妖精をエルフが優しく掴み、己の肩に載せた。


「うふふっ。エルフ族も魔法が得意なのよ。妖精族と同じで八属性魔法全て使えるわ」


「ま、まだ喋ってる途中よー! どんな魔法が使えるのか説明している途中なのよー!」


「私がゆっくりあっちで聞いてあげるわ」


「私は魔王ちゃんに聞いてほしいのー!!!」


「はいはい。魔王ちゃんの邪魔をしないように」


「じゃ、邪魔!? これだからエルフは!! 私がどれだけ役に立つか、あなたにまず教えてあげるわ!!! その長い耳でしっかり聞くのね!」


「うふふっ」


 いつの間にか『魔王ちゃん』呼びが浸透していることに対して魔王は「あはは……」と苦笑いを浮かべる。

 そして妖精の保護者のように立ち振る舞うエルフに感心しながら、最後のひとり――羊人に目を向けた。


「魔王さん。もちろん私も協力しますよ。ですが先に皆さんに聞いてほしいことがあります」


 羊人は胸ポケットから何かを探り始めた。

 胸ポケットから出て来たものは、いつものメモ帳とは違う手紙のようなものだった。


「それはなんじゃ? 手紙?」


 小首を傾げる魔王。

 魔王と同じように常連客たちも小首をかしげ、耳目を羊人に集中させた。

 店内の隅でエルフに向かって饒舌に喋り続けている妖精ですら耳目を羊人に向けていた。


「こうなることを予想していたんでしょうね。店主様もとい勇者様から伝言を預かっております」


「な、なんじゃと!? さすがゆーくんじゃ!」


「まったくです。未来視スキルでも所持してるんですかね」


「未来視スキルか……うぬ。そうかもしれんな」


 実際は勇者のスキルではなく、神様から視せられたもの。

 その未来視スキルの情報から勇者は、予めこうなることを予測して羊人に手紙を託していたのである。


「それでゆーくんからの伝言とはなんじゃ?」


「私もまだ中身までは確認してません。このような状況になり、常連客が全員揃っているときに開けてくださいと言われてましたので……」


「常連客か」


 店内を見渡す魔王。屋外席も見渡し全員いることを再確認する。


「エルフ、女剣士と女魔術師、鬼人、正義の盗賊団の二人、龍人、邪竜、羊人、スケルトンキングとスケルトンたち、虎人、そして妖精。全員いるのじゃ。つまり条件が揃っているということじゃな。早速開けるのじゃ!」


「はい!」


 羊人は勇者から受け取った伝言が書かれている手紙の封を開ける。


「えーっとですね」


 そこに書かれている伝言を羊人は、一言一句間違えることなく音読しようとする。

 そんな羊人に全員の耳目(じもく)が集まる。


「では、読みますね。『()()()()()()の皆に告げる。担々麺が食べたければ俺を助けろ。場所はたぶん王都。敵は魔女』だそうです……」


 勇者からの伝言を聞き終えた瞬間、羊人以外の常連客たちは(みな)、声を揃えて叫んだ。


「「「うぉおおおおおおおおお!!!!!」」」

「「「WOOOOOOOOOOOO!!!!」」」


 その叫びは木々を揺らし地震を起こすほどのものだった。


「たった一言でここまで士気を高めるだなんて。これが勇者の力というものなのですかね……」


 羊人はただただ驚くだけ。驚くことしかできなかった。

 そんな羊人のすぐ傍に立つ魔王は、うんうんと頷きドヤ顔を見せている。


「どうじゃ? (わらわ)のゆーくんは。世界一かっこいいじゃろ?」


「そうですね。かっこいいです」


「そうじゃろそうじゃろ! まったく、こんな手紙を残しおってー!!! さすがゆーくんじゃなー! かっこ良すぎるのじゃ!」


 落ち込んだり感動したり忙しかった魔王の表情だったが、今は満面の笑みを浮かべている。

 接客中や勇者と一緒にいるときによく見る魔王の笑顔。心の底から笑っている時の表情だ。


 やる気に満ち溢れた常連客たちは各々が思うことを口に出していた。


「そうだァ! 勇者の野郎がいないんならトマト担々麺が食べられねェ!!!! ぜってェー助けてやるぜェ!!!! 魔王様の右腕、そして担々麺連合軍の鬼人の大男として!!」


 などと鬼人が大声で叫んでいた。


「ああ、その通りだ。イカスミ担々麺が食べれなくなるのは御免だ。それに勇者とまだ一緒の席で食べていない! 約束は守ってもらわなければな」


「そうですよ。一緒に食べなきゃです! クラーケンの時の約束を果たしてもらいましょう!」


「そうだな。勇者パーティーとしてではなく、担々麺連合軍として席についてもらおうか」


 女剣士と女魔術師はいつかの約束を思い出し意気込む。


「激辛担々麺が食べれなくなってしまったら長生きする意味がないわね」


「私もー! ミニ担々麺が食べれなくなるんだったら長寿命じゃない方がいい! すぐに死んだ方がいい!」


『妖精よ。それは言い過ぎではないか? いや、言い過ぎではないな。余もバジリコ担々麺が食べれないのなら死んだ方がマシだ。担々麺連合軍なら全員が同じ気持ちだろう』


「でしょでしょー! そうでしょー! わかってるじゃん! さすが妖精族よりも長生きの龍ね! エルフとは大違い!」


 などと、エルフと妖精族と邪竜は長寿命だからこその悩みを共感し合っていた。

 担々麺がない残りの長い人生など死んだ方がマシだと、そこまで言わせるほどに。


「あら? 知っているかしら? 最近では妖精族よりもエルフ族の方が平均寿命が伸びているのよ?」


「そんなの知らないわー! 何? 平均寿命って!」


『お主ら、少し落ち着くんだ。続きは担々麺を食しながらにしようではないか。この先もまだまだ長い。勇者を救い出しのんびりやっていこう』


 エルフと妖精を落ち着かせようとする邪竜。

 エルフと妖精よりも長く生きている邪竜はやはり二人よりも大人だった。


「世界最強の龍人である俺は担々つけ麺を食べに来たんだ! このまま一生食べれないだなんてあり得ない! 世界最強に相応しい料理は担々つけ麺しかあり得ない!!!」


「その通りガオ! 世界最強に相応しい料理は担々つけ麺だけガオ!」


「でも大丈夫だ。なぜなら世界最強の龍人である俺がいるから! くははははははっ!」


「元世界最強の獣人であるオレもいるガオ!! ガオガオガオガオ!!!」


 世界最強を自称する者たち同士は、担々つけ麺の味を思い出しながらやる気を出していた。


「冷やし担々麺のためならどんなことだってやってみせる!!!」


「そして大仕事の後には冷やし担々麺ッス!!!」


 正義の盗賊団の二人もやる気十分といった感じだ。


「「「WOOOOOOOOOOOOOOO!!!」」」


 珍しくスケルトンキングも149体のスケルトンと同じように叫んでいる。


「吾輩たちの豆乳担々麺をこれから先も食べ続けるぞ!!!!」


「「「WOOOOOOOOOOOOOOO!!!」」」


 邪竜たちのような長寿命とはまた違うが、永遠とも思われるような時間をこれからも生き続けるスケルトンたちにとっても担々麺という存在はかなり大きいのである。


 常連客たちのここまでないほどの士気の高まりを見た羊人は、魔王に向かって口を開く。


「魔王さん。皆さんのやる気が十分ですよ。私も平和の味であるチーズ担々麺が食べたくてうずうずしています! 向かうなら今じゃないですか?」


「いや、まだじゃ。おぬしらに紹介しなければいけない人物がいる。担々麺連合軍の一員じゃ」


「紹介しなければいけない人物? 担々麺連合軍の……それって……サキュバスさんですか?」


「その通りじゃ! サキュバスじゃ!」


 魔王は忘れていなかった。今回の件に関して最も重要な人物を。

 そして常連客と同じように担々麺を愛する担々麺連合軍の一員を。

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