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066:魔王の覚悟、常連客たちの気持ち

 朝日が昇り真っ赤に染まった顔を隠す暗闇が無くなったが、その頃にはもう魔王は落ち着きを取り戻していた。

 と言ってもまだ心臓はバクバクと激しく鼓動を鳴らしている。

 それでも魔王にとっては落ち着きを取り戻したと言っても差し控えない。勇者が隣にいる時と比べれば、今の鼓動など静かなものだから。


「サキュバスは……まだ起こさなくてもよいか」


 魔王はよだれを垂らしながら熟睡(じゅくすい)しているサキュバスを起こさないまいと、気配と足音を消しながら寝室を後にした。

 魔王が向かう場所は店内――担々麺専門店『魔勇家(まゆうや)』の店内だ。

 勇者がいない今、店は臨時休業せざるを得ない。そして勇者を一刻も早く救い出さなければならない。

 そんな状況にもかかわらず魔王は誰もいない店内の――それも入り口付近に立った。

 まるで誰かを待っているかのように。否、まるでではない。



 ――チャリンチャリンッ。



 心を癒す音色が知らせる。店の扉を開けて来客者がやってきたのを。

 その来客者は、ここの常連客――


「すまない。まだ準備中だったか」


「ご、ごご、ごめんなさい……ごめんなさい……で、出直してきます……」


 元勇者パーティーの女剣士と女魔術師だった。


「いや、大丈夫じゃよ。時間通りじゃな。それと他の常連客たちも来ておるな」


 扉の先にはすでに災厄で最強の邪竜とスケルトンキング、さらに149体のスケルトンたちの姿があった。

 彼らは屋外席の利用する客だ。店内に入らずに屋外席で待機しているのである。


『まだ準備中とは珍しいではないか。何かあったのか?』


 何かを察した邪竜はこの場にいる全員の脳内に念波(ねんぱ)を発した。

 この時この場にいる全員の耳目が魔王に集まる。


「それについてはある程度常連客が揃ってから話すのじゃ。贅沢を言えば全員来てほしいのじゃが……」


 魔王は勇者が攫われた件について常連客に相談――否、協力を求めるつもりなのである。

 幸いにもここの常連客は曲者揃い。十分な戦力にもなる。


(ゆーくんが超えることのできなかった弱点。それは(わらわ)も確実に超えることができない弱点なのじゃ。本来なら(わらわ)一人でどうにかしたかったが、頼るしかないのじゃ。ここで何もかも妥協してしまったら、神様が教えてくれた最悪な未来へ一直線なのじゃ。ゆーくんを救い、担々麺を守り、世界を救わなければならないのじゃ! (わらわ)の全てをかけてでも……)


 魔王の覚悟は決まっている。考えもまとまっている。十分な時間があったからだ。

 最初にやってきた元勇者パーティーの二人や邪竜たちからおよそ30分。否、30分も経過しないうちに常連客たちが揃った。

 魔王があわよくばと願っていた常連客の全員が揃ったのだ。


「運良く勢揃いじゃ!」


 店内には元勇者パーティーの女剣士と女魔術師、店潰しの美食家のエルフ、元魔王軍大幹部の鬼人、正義の盗賊団の(かしら)と下っ端、自称世界最強の龍人、自称元世界最強の獣人の虎人、キャリア三十年の情報屋の羊人、そして妖精族の少女がいる。

 屋外席には先ほどと同様に災厄で再凶と恐れられている邪竜、149体のスケルトンとそれを統べるスケルトンキングがいる。

 常連客の全員が揃っているのだ。これから勇者を救出する魔王にとってはこれほどまで嬉しいことはないだろう。


「なんだか今日は朝から担々つけ麺が食べたくなったガオ!」


「世界最強の龍人である俺も誘われてきたんだが、実は誘われる前から食べたいって思ってたぞ。くはははははっ」


「私も私もー、朝から担々麺を食べて幸せな気分で一日中過ごしたいと思ったの〜! でも残念よね。今日は臨時休業なんですもの。でもでもでも店主さんから大事な話? があるみたいだよね! それものすっごく気になるー! あっ、私はちゃーんと人の話は聞けるよー。聞くときはお口をチャックしますのでご安心をー! でもでもでも我慢できなくて喋り出すかもしれないー! その時はよろしくねー! でねでね――」


 虎人も龍人も妖精もなぜか食べたいという気持ちが高まり、朝早くからやってきたとのこと。

 これも何かの運命か。はたまた勇者の呼び寄せる力か何かか。どちらにせよ魔王にとってはありがたいことには変わりない。


 魔王は深呼吸をした後、ゆっくりと口を開いた。


(みな)、訊いてくれなのじゃ」


 常連客たちの耳目(じもく)が魔王に集まる。

 魔王の真剣な表情に釣られて、常連客たちの表情も真剣なものへと変わった。


「まずは見てもらいたいものがあるのじゃ」


 そう言った魔王は一歩前に出た。

 見てもらいたいものとは自分のこと――()()()()()()自分のことだからだ。


(わらわ)は……」


 魔王は己にかけている変装魔法を解除した。

 するとコップからドバドバと溢れる水のように魔王から強大な魔力が溢れ出る。

 この魔力一つで彼女の正体が――担々麺専門店『魔勇家』の女店主の正体が魔王だというのがわかる。

 説明せずとも、魔王を知らずの赤子でも、誰もが目の前の存在を魔王なのだと認識できる。

 それほどの強大な魔力が溢れ出ているのだ。


(わらわ)は魔王じゃ。今まで(みな)を騙していたのじゃ。すまなかったのじゃ」


 魔王は魔王であることを一切隠すことなく明かし、誠心誠意謝罪した。

 その姿は土下座。魔王が土下座しているのだ。


 そんな女店主の変化に――魔王の謝罪にこの場にいる全員が反応を見せる。


「ま、魔王だと!? なぜ生きている!!!」


 元勇者パーティーの女剣士からは怒りの感情が真っ先に溢れ出た。

 同じく元勇者パーティーの女魔術師も怒りの感情が真っ先に溢れ出た。

 魔王に苦しめられていた正義の盗賊団の二人、妖精族の少女、スキルトンの半数も同じような感情だ。


「魔王様!!!! 魔王様ー!!!! 生きていらしたのですね!!!」


 元魔王軍大幹部の鬼人からは喜びの感情が溢れ出た。

 魔王に忠誠を誓った者として当然の反応だ。

 そして密かに魔王軍を支持していたエルフや勇者を嫌う残りのスケルトンたちも喜びの感情が先に出る。


「店主が魔王だったなんて。世界最強の龍人である俺ですら驚いてしまったぞ」


「オレもガオよ……」


 怒りの感情と喜びの感情、そのどちらでもない者たちはただただ驚きの感情だけが溢れ出る。


『余は知ってた。(みな)、本当に気付いていなかったのだな』


 邪竜だけは女店主の正体が魔王だと気付いていたため、ただただ呆気に取られていた。


 常連客たちがざわつきを見せる中、魔王は土下座をしたまま言葉を続けた。


(わらわ)のことは後でどうにでもしてくれなのじゃ。それもよりもゆーくんを……()()を助けてほしいのじゃ!!! (みな)の力を貸してほしいのじゃ!!!」


 それがどれほど本気の願いなのか、彼女の()()()()()に充てられてしまえば、考えずとも伝わる。

 本気だからこそ魔王はまだ土下座のままなのだ。


「都合の良いことを言っているのはわかっておる。今まで姿を隠しておぬしらを騙していたのじゃからな。この中には(わらわ)のことを憎んでいるものも知っておる。勇者のことを憎んでいるものも知っておる。じゃが、(わらわ)のことを、勇者のことを仲間だとも思っているものもいるということも知っておる。じゃから……どうか力を貸してほしいのじゃ!!! (わらわ)は勇者を助けたいのじゃ」


 誠心誠意を見せる魔王の正面に二つの影が近づいた。

 土下座をして姿を見ることはできないが、その気配から誰なのか魔王ははっきりとわかる。

 元勇者パーティーの女剣士と元魔王軍大幹部の鬼人の大男の二人だと。


「魔王!!!!」「魔王様!!!!!」


 女剣士と鬼人の声が重なった。

 その瞬間、魔王は覚悟を決めた。二人に攻撃される覚悟を。


 憎き相手である魔王を女剣士が斬るのは自然だ。それは世界大戦の時から、その前の時代から当たり前とされていること。


 たとえ鬼人が忠誠を誓っていたとしてもそれは過去の話。そんな忠誠心の高い仲間を騙していた魔王が鬼人に恨まれるのも自然の流れ。このまま一撃喰らってもそれも自然なことだ。


 だから魔王は二人の攻撃を真っ正面から受け止める覚悟を決めたのである。


 土下座を続ける魔王の肩に何かが触れた。左右の肩同時にだ。

 その瞬間、魔王は顔を上げた。土下座を続けるべきなのだろうが、反射的に顔を上げてしまったのだ。

 肩に触れた何かをその目で確認するために。


「ど、どういうことじゃ?」


 確認してもなお、魔王は信じられない様子でいた。

 なぜなら女剣士も鬼人も、さらには彼女らの後ろにいる常連客たちも、(みな)(みな)いつも通りに――常連客として店に来ているいつも通りの姿に戻っていたからだ。


「魔王、いや、()()()()()


「魔王ちゃん!?」


 突然女剣士が魔王のことを魔王ちゃんと呼んだ。魔王は驚きのあまり声を上げてしまう。


「情報があまりにも多く付いていくのがやっとだったが、何となく理解した」


「俺様もですッ。魔王様ッ!!」


「ふ、二人は……いや、(みな)は怒っておらんのか? 魔王である(わらわ)を殺したいと思っておらんのか?」


 疑問を口にする。魔王もこの状況に付いていくのがやっとなのだ。


「何を言ってるんですか魔王様ッ! 俺様は魔王様に忠誠を誓った身ッ! 魔王様が勇者の野郎と契りを結ぼうが、俺様は魔王様の考えに従いますよッ。死ねと命じれば死にますッ。勇者を助けろと命じるのなら助けますッ! それが俺様、元魔王軍幹部の鬼人の大男なんですからァ!! それに魔王様のおかげで俺様はトマト担々麺を食べれたんですよッ? 魔王様には感謝しかありませんッ!」


「我も魔王という存在には良い思い出がないが、勇者のためならば話は別だ。何があったのかまだ何も聞いていないので詳しくはわからないが、魔王ちゃんの気持ちは伝わったよ。まさか勇者のやつめ、突然姿を隠したと思ったら、魔王ちゃんを(めと)ったとはな。元勇者パーティーの一員として詳しい話を聞く必要があるな。イカスミ担々麺を食べさせてくれたことに免じてほどほどにするがな。まあ、そんな感じだ、魔王ちゃん。恨みなどとっくにイカスミ担々麺が消し去ってくれた」


「おぬしら……」


 魔王の目頭が熱くなる。


「我ら以外も同じ気持ちだろう。一人ずつ気持ちを聞かせてあげても良いが、そんな時間はないんだろ?」


 女剣士の言葉を聞いた面々は頷いて見せた。まさに彼女の言った通りだったのだ。

 彼女たちの気持ちを動かしたのは『勇者を助けたい気持ち』または『魔王を助けたい気持ち』。さらに『担々麺を食べさせてくれた恩義』。これが大きな要因だろう。

 つまり担々麺が常連客たちの心も胃袋も掴んでいたのだ。


「うぬ。そうじゃな。それに今聞いてしまったら泣いてしまうのじゃ」


「あの魔王にも可愛い一面があるんだな。いや、もうすでにこの店で何度も見てきたか。魔王ちゃん」


「そ、その魔王ちゃんってのは……なんだかのぉ」


「女店主と呼ぶのも良いが、魔王と分かってしまったからな。なんだか呼びづらい。かと言って魔王とそのまま呼ぶのもあれだろ。それに勇者と同じようにまーちゃんとは呼べないし。だから魔王ちゃんだ」


「まあ、なんでも良いのじゃ。ちょっとくすぐったいが、慣れていくとするのじゃ」


「そうしてもらえると助かる。気まずいままではイカスミ担々麺を食べれないからな」


 魔王は女剣士の手を取り立ち上がった。


「ありがとうなのじゃ」


「こちらこそいつもイカスミ担々麺をありがとう。さぁ、色々と払拭はできただろ? 勇者を助けてほしいと言っていたが、そのことについて話してくれないか?


 本題に戻ろうとした瞬間、紙とペンで激しくメモを取る音が店内に響き渡る。

 それをする人物は常連客の中で一人だけ。キャリア三十年の情報屋の羊人族の男だ。


「これはこれは大スクープです。ここから先も一言一句聞き逃しませんよー!!! やはりここの常連客になって正解でした! 何か起きると思ってたんですよ! 予想以上の展開で興奮が抑えられません! メェエエエエエエエエエ!!!! まさか魔王と勇者が結ばれていたなんてー!! おめでたいです! はっ! 失礼しました! 続きを!」


 情報屋としての血が騒いでいるのだろう。いつも冷静な羊人ですらこの有り様。魔王と勇者が結ばれていると知ってしまえば致し方ない反応かもしれないが。

 そんな羊人の言葉を受けて魔王が真顔で口を開く。どうしても本題に移る前に訂正したいことがあるのだ。


(みな)、勘違いしておるが、(わらわ)とゆーくんは(ちぎ)りなどを交わしておらんのじゃ」


「「「え?」」」


 全員が同じ反応を――ありえないものを見たかのような反応を見せた。

 二人の正体に誰よりも早く気付いていた邪竜ですら同じ反応だ。

 羊人に至っては大事なメモ帳とペンを落とすほどの反応を見せた。


「それなのにあんなに仲良しなんですか!?」


 真っ先に声を上げたのは女魔術師だった。

 相当驚いているのだろう。いつものように一切おどおどとしていなかった。


「そ、そうじゃよ。まぁ、仲が良いのは確かじゃな。認める。じゃが、契りは交わしておらん」


「それじゃどういう関係なのかしら? もしかして体だけの関係なのかしら? うふふっ」


 エルフも黙っていられなくなったのか、疑問をぶつけた。下品ではあるが誰もが気になる疑問である。


「そ、そんなんじゃないのじゃ! 何もしてないのじゃ! そんな関係一切ないのじゃ! (わらわ)とゆーくんは純粋に一緒にいるだけなのじゃ! ちょっとだけ仲が良いだけなのじゃ!」


 何もしていないと言い張る魔王だが、常連客たちは今までたくさんの二人の姿を見てきた。

 手を繋いだり、抱き合ったり、イチャイチャしたり。

 なので説得力(みな)無なのである。顔を真っ赤にしてクネクネと体を動かしながら言う魔王の姿も相まって説得力(みな)無なのである。


「「「WOOOOOOOO!!!!」」」


 屋外席ではなぜかスケルトンたちが盛り上がっていた。

 そんな中、正義の盗賊団の二人は哀れみを持った瞳で魔王を見ながら口を開く。


「兄さんと姉さんがまだそんな関係だなんて。一緒に暮らしていないことは知っていたが、それでももっとガツガツいってるもんだとばかりに……意外とお子様なんだな」


「兄さんと姉さんはお子様ッスね」


 妖精族の少女も黙っているのが限界となったのか口を開く。


「えー!! 付き合ってないの!? それなのにあんなにイチャイチャしてるの? あんなに愛し合ってるのに? おかしいよ! 絶対におかしい! もう子供とか2、3人いてもおかしくないくらいのイチャイチャだよー? これはあれかな? お互いを大事に思いすぎてなかなか進展がない的な! それはそれで良い関係なんだけど、私からしたら――」


「――あー!! わかった! わかったのじゃー! もう本題に入るのじゃー!」


 饒舌な妖精に魔王は耐えられなくなり、無理やり本題に入ろうとした。

 さすがの妖精も言いたいこと我慢して耳目を再び魔王に集中させた。


「ここからが本題じゃぞ! 良いか? もう絶対に話を逸らさんのじゃ! フラグじゃないからのぉ! では本題じゃ――」


 半ば強引ではあったが魔王は本題に――勇者が誘拐された件について語り始めた。

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