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063:緊急事態、悪魔族の契約

 月夜が静けさを知らせるある日のこと――

 元魔王城――担々麺専門店『魔勇家(まゆうや)』の寝室で指を咥えながら眠る一人の少女がいた。


「むにゃむにゃ〜、ん、ん〜、ゆーくん……」


 魔王だ。

 気持ちよさそうに熟睡している。

 そんな魔王の熟睡が妨げられようとしていた。


「――大変、たいへん、たいへーん! !」


 壁を擦り抜け突如現れたのは、コウモリのように小さな羽根を持ち、下腹部に淫紋(いんもん)がある淫魔(いんま)――サキュバスだ。


「――うッ!!」


 嵐のように慌ただしかったサキュバスが突然静かになった。

 まるで時が止まったかのようにその体は動いていない。

 否、正確には血液が、心臓が、肺が――彼女の体内器官は正常に動いている。

 脳も同じだ。思考は止まってなどいない。

 では、なぜ彼女が突然時が止まったかのように動かなくなったのか。

 それは――


「妾の寝室に忍び込むとは何者じゃ?」


 サキュバスの首元に鋭利な爪が向けられている。

 それをしたのは先ほどまで指を咥えて熟睡していた魔王だ。

 侵入者を察知し目にも留まらぬ速さで侵入者の動きを封じたのであった。


 以前、正義の盗賊団もこの城に侵入したのだが、その時は寝室ではなく『魔勇家(まゆうや)』の店内だ。

 寝室と店内では魔王の警戒度も変わってくるのである。


「目的はなんじゃ?」


 問う魔王。

 だが、その質問にサキュバスは答えない。否、答えられないのだ。


(す、少しでも動いたら……殺される……。こ、呼吸は、してもいいんだよね?)


 この状況、そして魔王の殺気。喉元の鋭利な爪。

 それらから動いたら殺されるとサキュバスは思っている。だから喋ることすらもその死に直結すると判断したのだ。

 生き物としての本能。死を前にすると無意識に、そして反射的に死から逃れようとするのだ。


「命が欲しくば嘘偽りなく全て話すのじゃ!」


「は、話しても殺さない……ですか……?」


「内容によっては生かしてやってもいいのじゃ。じゃが、最期の言葉になるかもしれんから、慎重に言葉を選ぶんじゃぞ?」


「ひ、ひぃいいいい」


 強まる魔王の殺気。凍てつく空気。心臓を握られているかの恐怖。

 サキュバスは余計に喋れなくなってしまう。


「どうした? 喋らんのか? それなら死ぬまでじゃ」


「――ま、待ってください!!!! 喋ります! 喋りますから!」


 死を感じたことによって溢れ出る言葉。溢れ出す涙。

 どうして自分はここに来てしまったのだろう、と後悔する。

 しかし、これが最適解であるのだと同時に理解している。

 だから、これからの行動次第で本当の後悔となるのか、それとも正しかったのだと誇れるのか、全てが変わってくるのだ。


「私は勇者様のところから来た淫魔です!」


「ほぉ〜、ゆーくんのサキュバスか。なら死ぬのじゃな」


「――ま、待ってー! お願い! 待ってください! 話を最後まで聞いてください!」


 必死に抗うサキュバス。しかし魔王は殺意は収まらない。むしろ強くなっていく一方。

 このまま魔王の殺意に充てられるのも危険だと本能が訴える。


「勇者様が()()(さら)われたんです!!」


「嘘を吐くでない。ゆーくんは魔女ごときに遅れなど取らん」


「嘘じゃないです! 悪魔族として誓うわ! どうせ死ぬなら契約もする! あなたに――魔王に一切嘘をつかない!」


 悪魔族にとっての契約とは命よりも重い。

 契約を破る行為は死を意味する。否、それ以上。死をも上回る存在の消滅。

 魔王も悪魔族だ。契約の重要さは知っている。だから、サキュバスの喉元に向けていた爪を離した。

 しかし殺意だけは変わらずそのままだ。


「それだけ緊急事態なんですよ!」


「緊急事態なのは伝わった。まさか契約まで持ちかけるとはな……おぬしひょっとしてバカなのか?」


「バカでもアホでもなんでもいいですよ! それよりも聞いてください!」


「いや、待て。先に妾の質問に答えてからじゃ」


 緊急事態だと分かっているが、それ以上に魔王はサキュバスに聞きたい事があった。


「そ、その……ゆ、ゆーくんの……そ、その……えーっと……」


 頬を朱色に染め、もじもじくねくねと体を動かす魔王。

 その姿はまるで恋する乙女。否、まるでではない。恋する乙女そのものだ。


「大丈夫です。魔王様の大事な人の――勇者様の精気は吸ってません」


 嘘は吐いていない。

 もしここで嘘を吐いているのなら契約によって存在が消失する。

 そうなっていないのだからこれは真実だ。


「そ、そうか」


 魔王は安堵する。

 たとえサキュバスであろうと、勇者本人が無意識であろうと、好きな人が自分以外の別の誰かとそういう行為になるのが嫌なのだ。それが恋心というもの。それが勇者を心の底から愛する魔王というもの。


「男の精気なんてもうどうでもいいわ! 私はストロベリー担々麺だけ食べれればいいの!」


 一方的な契約だが、魔王と契約したことによって何かが吹っ切れたのだろう。

 サキュバスは得意げに語った。


「うぬ? ストロベリー担々麺じゃと? 妾に隠れて試作を続けていたとはのぉ。ゆーくんは努力家じゃな〜。つまりおぬしはゆーくんの客人ということか? 詰まるところ試作ストロベリー担々麺の試食係か。勇者時代に知り合ったとかか?」


「違いますよ。勇者様のことは前から知っていましたよ。有名人ですからね。面識はありませんよ」


「面識がないじゃと?」


「はい。なので私は試食係じゃありません」


「ではなぜストロベリー担々麺を知っておるのじゃ?」


「勇者様の夢の中に出てくるのです。私は淫魔ですからね。生きていくためには男性の精気を吸わなければなりませんん。ですが、勇者様の夢の中に登場するストロベリー担々麺は精気の代わりになるのです。いいえ、精気の代わりというのもおこがましい。ストロベリー担々麺は淫魔にとって新たな栄養。革命的栄養素です。あの味を知ってしまったら精気なんて二度と吸えませんね」


「な、なるほど……ゆーくんの精気を吸っていない理由はストロベリー担々麺じゃったか。納得じゃな」


 常人なら理解に苦しむ場面だろう。

 しかし担々麺がもたらす奇跡を目の当たりにしてきたからこそ、すぐに頷くことができたのだ。


「だから安心してください。魔王様の勇者様に手なんて出しませんよ。それに勇者様の精気なんてこれっぽっちも興味ありませんから。私はストロベリー担々麺一筋なのです」


 堂々と力強く言った。契約も相まってその言葉の重みはかなりのものだ。

 魔王も理解している。理解した上で改めて担々麺の凄さを身に染みていた。


「おぬしとゆーくんの関係はなんとなく分かったのじゃ。まったく、サキュバスを虜にしてしまうとは……」


「分かってもらえて光栄ですよ。魔王様」


「そこでもう一つ疑問なんじゃが、なぜさっきから妾とゆーくんが……そのー、えーっと、仲が良いみたいな……そ、そんな感じになっておるのじゃ?」


 再び恋する乙女となる魔王。頬を朱色に染めてくねくねと動く。


「勇者様の夢の中ではお二人はラブラブです。それはそれはもう。とてつもなくラブラブです。これ以上のこと聞きたいですか? どんなラブラブ具合かを」


「い、いや、も、もういいのじゃ! 言わなくていいのじゃ!」


「え〜、いいんですか? 今なら嘘偽りない勇者様が抱く魔王様への気持ちが分かっちゃいますよ〜?」


「嘘をつかないという契約を逆手に取るとは! なんて奴じゃ!」


「で? どうします? 勇者様が魔王様にどんなラブラブなことを〜」


「だから言わなくていいのじゃー! は、恥ずかしいではないかー!」


 いつの間にかサキュバスの形勢が逆転していた。

 魔王の弱点はどんな時でも勇者だという証拠だ。

 顔はもはやトマト担々麺や激辛担々麺以上に赤い。月明かりしか届いていな寝室でそれを確認することはできないが、ここ最近で一番赤く染まっていた。


「って! そんなこと話してる場合じゃないですよー!」


「そ、そうじゃった! 緊急事態じゃったな! それにゆーくんが魔女に(さら)われたってどういうことじゃ?」


「そのことについて簡潔に話しますね! あれは2時間前のこと――私がいつものようにストロベリー担々麺を食べに勇者様の隠れ家に行った時のことです!」


 サキュバスは勇者が(さら)われた件について語り始めた。

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