062:滅亡か平和か、未来視スキルが視せた未来は
神様との規格外の死闘は最終局面を迎えようとしている中、予想だにしない展開が魔王と勇者を襲った。
「フォフォフォフォフォ。すまん。許してくれ」
神様が突然謝罪を始めたのだ。
「お主らの力を試したのじゃ。世界を――いや、担々麺を守るに相応しいかどうかを」
「それはどういうことですか?」
勇者は訊ねた。神様に向けた聖剣を下ろすことなく。そして瞳の奥の炎を絶やすことなく。
この謝罪は罠なのだと不信感を強く持って訊ねたのだ。
「説明するよりも儂の未来視スキルを共有した方が早い」
そう言った直後、魔王と勇者の脳内に数千、数万の映像が流し込まれていく。
無詠唱なのは今更だが、ノーモーションでのアクションだ。さすが神様だと認めるしかない。
「こ、これは!?」
「な、なんじゃ!?」
神様の未来を見通す力――未来視スキルの映像が魔王と勇者の二人の脳内に再生した。それも数万の映像が、情報が一瞬で。
常人なら情報量の多さで即死だろう。
しかし二人は常人ではない。神にも届き得るかもしれない規格外の存在――魔王と勇者だ。
だから二人はただただ驚いた。常人が衝撃映像を見た時と同じようにただただ驚いたのだ。
「ぎ、偽装……は、してないな」
「うぬ。妾もそう思う。偽りのない未来視スキルの映像じゃ……」
魔王も勇者もそれぞれが嘘を見抜く特殊な力を持っている。
たとえ相手が神であろうと二人を騙すことは容易ではない。
そんな二人が嘘偽りのない本物の未来視スキルの映像だと言っているのだ。心と魂で感じているのだ。
神様が言った『お主らの力を試した』という言葉を信じる他ないのである。
「なるほど。そういうことだったんですね。疑ってしまいすいませんでした」
数万以上の映像を僅か数秒で把握した勇者は神様に謝罪する。
「妾からも……ごめんなさいなのじゃ」
魔王も同じく神様に謝罪した。
「おお、話が早くて助かる。こちらこそ周りくどいことをしてすまなかったのぉ。本気のお主らを試したかったんじゃ。フォフォフォフォ」
神様も謝罪。だが、その表情はどこかスッキリとした表情を見せていた。そして心からの笑みを溢していた。
互いに謝罪を交わしたが、これで一件落着とはいかない。むしろここから。ここからがスタート地点なのだから。
「それでどうじゃ? 9万7065の未来は」
魔王と勇者の脳内に流れた未来の映像の数は、9万7065通り。
未来視スキルは起こり得る未来を視せてくれるスキルだ。
ここから先の未来、神様が設定した未来の終着点、それはどのように行動したとしても9万7065通りしかない。
「どうもこうもないですよ。ほぼ世界が滅びるじゃないですか」
そのうちの9万7000通りの映像では世界が滅亡するものとなっている。
つまり神様が設定した未来の終着点のその先へ、世界が滅亡しない未来へと続く道は65通りしかないのである。
「世界が滅ばない未来は65通りじゃな」
「その通り。その条件が儂と戦ってお主らが死なないこと。まあ、儂が納得する力をお主らが持っているかどうかじゃな」
それが今までの一連の流れである。
どうしたら魔王と勇者が本気で戦うのか。
それを考えた結果、大事なものを傷つけるという単純な答えに辿り着き、行動したのであった。
「それでどっちかが死んだらどうしてたんですか!? 正直死にかけましたよ」
「そうじゃ! そうじゃ! 何度死にかけたことか!」
文句も言いたくなるだろう。実際、数百数千のやり取りの中で全てが死に直結していたのだから。
「それはお互い様じゃよ。儂も最後の攻撃は危なかった」
だからこそ魔王と勇者を認めることができ、意図を話すことができたのだ。
「ともかく、お主らが死ななくてよかった。お主らが死んでしまったら世界の滅亡は確定じゃったからな」
「俺たちが弱くて世界を守れずに滅亡って流れなんだろうけど……その前に俺たちを殺しちゃダメじゃないですか? 世界を滅亡させる者よりも神様が原因で世界滅亡してるようなもんですよ!!」
「そうじゃ! そうじゃ! 全くもってそうなのじゃ! ゆーくんの言う通りなのじゃ!」
結果的に世界が滅ぶとしても原因が違ければ話が変わってくる。
「だが、その未来は回避したじゃろ。お主らは強い。神に認めてもらえるだなんて光栄ではないか。フォフォフォフォフォ」
神様は陽気に笑った。それはそれはとても楽しげに、そして心の底から笑っている。
「あの顔面を一発殴れなかったことだけ後悔してる」
「妾も同じじゃ。骨の一本でも折っておきたかったのじゃ」
魔王と勇者は陽気に笑う神様を見て不快感を隠せずにいた。
そして笑い続ける神様の笑いを止めるためにも、勇者は話を戻した。
「それで……俺たちが神様に認めてもらったからって、世界が滅ばないわけではないんですよね。世界が滅ぶ可能性はまだ何通りくらい残ってるんですか?」
「7万通りじゃ」
「な、7万!? そんなに!?」
「つまりこの先の未来は70065通りあるということじゃ。65通りは変わらず世界が滅亡しない未来じゃな」
神様との本気の死闘を勝利した魔王と勇者だが、世界滅亡の危機を回避できた未来は僅か2万7000通りのみ。
ここから先の未来では、7万通りの世界滅亡への未来と、65通りの世界滅亡の危機を回避する未来が待ち受けるということ。
「まあ、心配せんでいい。お主らは今と変わらず担々麺を守ればいい。儂から言えるのはそれまでじゃ。儂が協力できるのもここまでじゃ」
「ん? どうしてですか? 一緒に戦いましょうよ。って、敵の姿が視えないから誰が敵なのかわからないですけど……でも神様と一緒なら世界を守れますよ」
「そうじゃな。それは間違いない。じゃが……いや、なんでもない」
何かを言いかけた神様。だが、それを言う事なく天に向かって浮遊を始めた。
「ぬお!? 神様が天に召されるのじゃ! 逝っちゃダメなのじゃー!」
「天に召されるんじゃなくて天に帰るのじゃよ! 儂、神様じゃから! 天がお家じゃから!」
魔王には神様が天に登っていく姿がそう見えてしまったのだろう。神様は冷静にツッコミを入れながらゆっくりと浮上していく。
(天に召されるか……あながち間違っておらんな。この先の未来、7万と65通りの未来には儂はいない。儂の体はもう限界じゃ。フォフォフォ。神なのに限界とはまたおかしな話じゃろ。しかし、現実はそうなのじゃよ。だからお主らにこの世界の未来を任せるしかなかったのじゃ)
神様が先ほど何かを言いかけ言わなかったのはこの事だ。
先ほどの戦いで力を使い果たしたというのは確かだが、もともと枯渇していた力。
あれほどの力があったとしても神からしたら枯渇していたのだ。
そしてもしも先ほどの戦いがなかったとしても、世界を守るために枯渇した力を使い果たし生涯を終えていた。
(世界を守るために儂が力を使い果たしたとしても、世界滅亡の未来を1000通りほどしか消すことができない。だからこそ……だからこそお主らと戦ったのじゃ。その方が世界を救える確率がぐーんっと上がるからのぉ。それに楽しかったしのぉ。フォフォフォフォ)
神様は満足げに笑みを溢しながら両の掌を下に向けた。
地上にいる魔王と勇者に向けたと言うよりはその周辺。消失した魔勇家があった土地全体に――魔王と勇者の攻撃によって消失した全てに向かって両の掌をかざしたのだ。
「歪んだ時空も、お主らの愛の巣も、何もかも元に戻してあげるから安心するのじゃ」
そう言ってかざした掌から優しい光が降り注いだ。
まるで温かい雪のように。幻想的で、それでいて神秘的で。
神様らしい光景、神様しか見せることができない光景を魔王と勇者に見せる。
(儂の残りの力で足りるかのぉ? まったく、想像以上の力じゃったよ。この力の源は愛か。それとも担々麺か。はたまたその両方か)
「あ、愛の巣って! ち、違いますからねー! 俺たちまだ付き合ってませんからー!」
「そ、そうじゃ! そうじゃ! まだ妾たちは付き合っておらん」
顔を真っ赤に染める二人。トマト担々麺よりも、激辛担々麺よりも真っ赤だ。
「ラブラブで羨ましいのぉ。儂も若い頃は女神様とラブラブしておったなぁ。この世界の結末よりも、お主らの結末の方が見てみたくなってきたのじゃ。おっと、そろそろ時間じゃな。最後に一言だけ……神からお主らに授けよう。お主らが作った担々飯、今まで食べた料理の中で一番美味しかったぞ」
最後になると分かっているからこそ、神様は最後の晩餐に担々飯を選んでいたのだ。
「だったらまた食べにきてくださいねー! 時間は止めず変装してくださいよー!」
「チーズをかけるともっと美味しくなるのじゃ! 次は試してみるといいのじゃ!」
「フォフォフォフォフォ」
神様は笑って答えた。
(もしも儂に次があるのならのぉ。ぜひチーズをかけた担々飯を。フォフォフォフォ)
直後、神様を中心に発光。先ほどの魔王と勇者の攻撃と同等かそれ以上に世界が白一色に染まった。
目蓋を閉じたとしても真っ白に映るほど白一色の世界だ。他の色はおろか影なども存在しない。
そんな世界が数秒間続いたのち、突然白以外の色が現れる。そしてすぐに元の世界へ――神様が〝神秘の担々飯〟を食べ終えた直後の世界へと戻る。
「し、城が戻っておるのじゃ!」
「マジだ! 本当にやべーな。神様の力って」
もちろん魔王と勇者の時間と記憶はそのまま。神様が来店する前の世界へとは戻っていない。
「世界滅亡か……仮面の連中と関係してるのかな?」
「そうかもしれんし、そうじゃないとしても、仮面の連中をほっておくわけにもいかないじゃろうがな」
「だよな。でも俺たちの役目は担々麺を守ること。担々麺を守ることが世界を守ることにつながる。それでいいんだよな?」
「うぬ。そうじゃな。なんじゃ? 心配か?」
「まあ、ちょっとな。もう俺は勇者じゃないんだけど、やっぱり世界の危機ってなると心配でさ」
「大丈夫じゃよ。妾たちは神様を退けたのじゃから」
「退けたっていうか、認めてもらっただけだけどな。あのまま戦ってたら負けてたよ」
「そうかのぉ? 妾は死んでたかもしれんが、ゆーくんなら勝ってたはずじゃよ。妾が保証するのじゃ」
「俺が勝ってもまーちゃんが死んだら意味ないだろ。実質それは俺の負けだよ。だから俺は決めたんだ」
「うぬ? 何をじゃ?」
「世界も担々麺もまーちゃんも守るってな」
「かぁああああ。よくそんな歯の浮くようなセリフをー! おぬしはいつもいつもー! かっこよすぎるのじゃー! イケメンじゃ! イケメンじゃ! むしろイケメン超えて担々麺じゃ!」
魔王は恥ずかしさを誤魔化すために勇者をボコボコと叩き始めた。
その姿は純粋無垢な少女。最悪で最強と恐れられていた魔王からは想像もできないほど可愛らしいものだった。
「ちょ、ちょ、痛い、痛いって! なんで叩いてるの? なんか俺変なこと言った?」
「そういうところじゃ! そういうところー!」
「い、意味がわかんないって! というか、俺の体の傷治ってないんだけど! 戻すんなら傷も戻してほしかったんだが!?」
こうして神様との死闘は幕を閉じた。
しかし物語はここから最終局面を迎えることになる。
神様の未来視スキルによって映し出された世界滅亡の危機。それを回避する65通りの未来を掴むための過酷な未来が待ち受けようとしているのだ。
この時に二人はまだ知らない。世界滅亡の歯車がすでに回り始めていることに。そしてすぐそこまできているということに。




