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060:麺の代わりに米を使う担々麺、その名も担々飯

 魔王と勇者による〝神秘の担々飯(たんたんめし)〟の調理が始まった。


 今回は接客をメインとする魔王も調理場に入る。

 開店準備中で店が開店しておらず接客する必要がないというのが理由だが、そもそもこの場所――担々麺専門店『魔勇家(まゆうや)』以外の時間が止まっているというのが大きな理由だ。

 だから魔王と勇者の二人で何も気にせず調理場に入ることができたのである。


「まずは米を炊かないとだな」


「米は(わらわ)に任せるのじゃ!」


 意気揚々と魔王は厨房を駆ける。

 米を計量し手早く洗う。一粒一粒に心を込めて洗っている。

 水を切った後、米の量に対して1.2倍の量の水を加える。

 この水もただの水ではない。米を美味しく炊くために選ばれた水だ。

 スープの出汁にもこだわりのある水を使っているが、それと同等に米を炊くための水もこだわっているのである。

 担々麺のことに関しては妥協を許さないのが魔王と勇者の二人なのだ。


「神様が待っているが、すぐに炊かずにきっちりと浸透させてもらうのじゃ!」


 すぐに炊いても美味しいご飯は完成する。誰も文句の付け所が見つからないほどの美味しいご飯が。

 しかし一切の妥協を許さない魔王は、たとえ神様が待っていようが、調理工程を飛ばすことなくきっちりと調理するのだ。


 約60分後――ようやく米が浸透する。直後、土鍋の下部に火属性魔法を放った。

 無詠唱で放たれた火属性魔法は、ゆらゆらと心を落ち着かせるような炎でじっくりと米を炊き始める。

 ここからさらに50分ほどの時間を必要とするが、美味しい米を炊くためには必要な時間だ。


 その間、勇者は何をやっていたかというと、魔勇家(まゆうや)の開店準備だ。

 もちろん神様が注文した〝神秘の担々飯(たんたんめし)〟の準備も怠っていない。

 しかし米の炊き時間を考慮した結果、時間があまりすぎるため、開店準備も進めていたのだ。

 魔勇家(まゆうや)以外は神様の特別な力によって時間が止まっている。だからと言って勇者も手を止めるわけにはいかないのである。

 時間が止まっていようが、速まっていようが、開店準備はするのである。


 そして約2時間ほどの時間を使い、いよいよ本格的な〝神秘の担々飯(たんたんめし)〟の調理が始まる。

 〝神秘の担々飯(たんたんめし)〟。その名の通り麺ではなく飯を使用する。

 魔王が心を込めて作ったご飯だ。


「おっと、ついつい癖で茹で麺機に火をつけそうになったぜ」


 麺を使用しない〝神秘の担々飯(たんたんめし)〟。当然麺を茹でるための機械、茹で麺機も使用しない。


「ゆーくんはたまに天然なところがあるのぉ。ほれ、丼鉢じゃ」


「おっ、ありがとう」


 魔王から丼鉢を受け取った勇者は、その丼鉢に担々麺の(もと)である特製の白ゴマベースの味噌を投入する。

 そこに辛味の決め手となる赤唐辛子の粉末、アッカの実の粉末、ラー油などを加える。この辛さがあってこその担々麺、否、担々飯(たんたんめし)なのだ。

 そしてとろとろの背脂、濃厚こってりなゲンコツスープを加え混ぜ合わせる。

 担々麺ならここで麺を投入するのだが、今回は担々飯(たんたんめし)だ。投入するのはもちろん炊き立てのふっくらご飯。

 小鉢で山のような形状にしたご飯を丼鉢の中央に投入する。さらにその上には具材三銃士にして担々麺の要――旨辛の豚挽肉を載せる。

 さらにさらにその上に同じく具材三銃士のシャキシャキの白髪ネギを載せる。

 これだけで見た目のインパクトは絶大だ。


 しかしこれで終わりではない。


 山の麓――ご飯とスープのちょうど境目に最後の具材三銃士の新鮮な青梗菜(ちんげんさい)を載せる。

 そして胡麻を全体に満遍なくふりかける。刻んだ赤唐辛子と刻んだ青ネギも一緒にふりかける。

 さらにはご飯との相性も抜群な――


「刻んだ梅をふりかけて……完成だ!」


 梅の酸味はご飯のみならず担々飯(たんたんめし)にも相性抜群だ。さらにはシャキシャキ食感で食事を飽きさせない。

 隠し味や隠し玉というには目立ちすぎているが、担々飯(たんたんめし)だからこそ必要な具材であり意外性の高い具材でもある。

 こうして約2時間という長い時間を使い神様が注文した〝神秘の担々飯(たんたんめし)〟を完成させた。


「お待たせしましたなのじゃ!」


 魔王が〝神秘の担々飯(たんたんめし)〟を神様の前に置いた。


「フォフォフォフォ。待っておったぞ。おぉ〜、これが担々飯(たんたんめし)か〜。美味しそうじゃ。()()に相応しい料理じゃな」


「ん? 最期とは?」


 最期という言葉が気になった勇者は聞き返した。


「なんでもない。こっち話じゃよ。フォフォフォフォ」


 神様は話を流し、レンゲを持った。

 担々飯(たんたんめし)はスープに浸かった飯を食す料理、謂わばスープ飯なので、箸の用意はされていない。

 麺類の料理とは違いレンゲ一本、スプーン一本で事が済むのである


「では、いただこうとするかのぉ」


 レンゲでスープごとご飯を(すく)い口へと運ぶ。



 ――ふーふーッ。あむっ。もぐもぐ、もぐもぐ。



 麺類とは違って麺を啜る音は聞こえてこないのが寂しいところではあるが、それを思わせないほど、神様の表情は幸福に満ち溢れていた。


(これは……旨辛のスープとふっくら柔らかな米が非常に合っておる。一口で雑炊を超えたのがわかるぞ。なんて美味しさなのだ。担々飯(たんたんめし)……)


 たった一口、レンゲ一杯分を食べただけなのに。それなのにこの幸福度。

 言葉にせずともわかる。この〝神秘の担々飯(たんたんめし)〟は神をも納得させる料理なのだと。


「神様は黙々と食べるタイプだったか。とてつもないリアクションを期待してたんだが……」


(わらわ)もじゃ。じゃが、あの表情もなかなか見れんじゃろ。神様の幸せそうな顔を」


「だなっ。この自然なリアクションも逆に新鮮でいいかもしれない」


「うちの客は癖が強いからのぉ。まあ、それも嫌いではないがのぉ」


 魔王と勇者は神様の食事を静かに見守った。



 ――ふーッ。もぐッ、もぐもぐッ。



 神様は魔王と勇者の視線を一切気にする事なく黙々と食事を進めた。


(フォフォフォフォ。これは止まらん。スープが流し込んでくれるおかげで余計に止められんわ)


 舌が、喉が、胃袋が、心が、魂が〝神秘の担々飯(たんたんめし)〟を欲する。 

 欲望のままに。本能のままに。



 ――あむっ。もぐもぐッ、もぐッ。



(カリッと酸味があるのは梅か。これまた面白いものを入れておるのぉ。時折感じる梅の味、そしてふっくらご飯と対照的なカリカリ食感、食事を飽きさせん工夫が素晴らしすぎる)


 手を休める事なく、ただひたすらにそれだけを――〝神秘の担々飯(たんたんめし)〟を求めて。

 神ですら抗う事ができない。それが〝神秘の担々飯(たんたんめし)〟の美味しさ。

 担々麺という料理から派生した担々飯(たんたんめし)の底知れない美味しさ。


(わし)はかつて、これ以上のものを食べたことはあるのか? 否、一度もない。神として様々な料理に手を出したが、これ以上のものは知らない。そしてこれに近いものも知らない。神秘の担々飯(たんたんめし)か……その名に相応しい料理じゃな)


 その丼鉢が空になるまで神様は一度も止まることはなかった。そして幸福を感じている表情が変わることはなかった。

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