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055:常識を覆せ、究極のミニ担々麺

 〝究極の()()担々麺〟それは通常の〝究極の担々麺〟のミニサイズの担々麺だ。

 スープの量も麺の量も、具材の量も全てが通常の〝究極の担々麺〟よりも半分の量になっている。

 それが魔王が作ろうとしている〝究極のミニ担々麺〟なのだ。


 ちなみに〝究極のミニ担々麺〟を作ろうと思った理由は、単純に妖精族が手のひらサイズの大きさだからである。

 小さいものには小さいものを。何事にも相応しいバランスというものがあるのである。


「約五分。それまで耐えるのじゃぞ。妖精族の少女よ」


 量が半分少ないからといっても調理時間も半分に短縮できるわけではない。

 調理工程や動きは全くもって同じ。量が半分になっただけで調理時間にさほど変化はないのだ。


 魔王は茹で麺機の下部で燃えている火に向かって手のひらをかざす。

 この火は茹で麺機内のお湯を加熱している火だ。



 ――ボフッ!!!!



 かざした手のひらから灼熱の炎が放出された。

 無詠唱による火属性魔法の発動だ。

 それによって茹で麺機を加熱していた火の勢いが増す。そして茹で麺機内のお湯が一気に沸騰を始めた。



 ――ボゴボゴボゴッ!!!



 同じように寸胴鍋(ずんどうなべ)の下部で燃えている火にも灼熱の炎を放出。

 瞬く間に寸胴鍋内のスープも沸騰を始めた。

 スープの沸騰と同時に濃厚なゲンコツスープの香りが厨房に広がり充満する。

 その香りは客席にやってきたばかりの正義の盗賊団の二人の鼻腔も刺激する。


「このスープの香り何度嗅いでも最高ッスね!」


「あぁ。そうだな。こっちまで腹が減ってきたよ。でもこの妖精さんが優先。最優先だ!」


「そうッスね。もう少しッスからね。姉さんが美味しい担々麺を作ってくれてるッスから、頑張ってくださいッス!」


「……ぁ……ぅ……」


 弱々しい呼吸を続ける妖精族に下っ端盗賊が優しく声をかける。

 そのまま振動を与えないようにゆっくりと着席した。

 いつも座っている席ではなく、厨房に一番近い席だ。


 盗賊(かしら)は座らず立ったまま。落ち着かない様子でその場を行ったり来たりを繰り返している。

 永遠と続くような時間とすぐそこまで迫ってきている命の終わりの時。その両方を同居させた矛盾とも思える時間と空間の流れを正義の盗賊団の二人は味わい続けている。


 そんな正義の盗賊団の二人の心情などつゆ知らずの魔王は〝究極のミニ担々麺〟の調理を進めていた。

 ちょうど茹でた麺をスープが入った丼鉢(どんぶりばち)に入れたところ。完成間近だ。


 夕陽に染まった茜色と黄金色の幻想的な空のような色の担々麺のスープ。

 そこに雲の如く背脂が浮いていた。

 ラー油の光沢はルビーのような輝きを放ち、脂の光沢はダイヤモンドを彷彿とさせ、スープの輝きを増している。

 そんなスープの中からは、金糸雀(かなりあ)色の縮れ麺がチラチラと顔を見せていた。


 残りの調理工程は具材を載せるだけ。

 慣れた手付きで具材がどんどんと載せられていく。


 中央には担々麺に最も重要とされる具材の一つ、旨辛の豚挽肉が載せられた。

 その横には濃い緑色が美しく映えている一枚の大きな青梗菜(ちんげんさい)

 反対側には針のように真っ直ぐに尖ったシャキシャキの白髪ネギ。

 担々麺を支える具材三銃士が手際良く載せられたのである。


 仕上げに入り胡麻と刻んだ青ネギを円を描くようにゆっくりと振りかけていった。

 これで〝究極のミニ担々麺〟の完成だ。


 一刻を争う状況だからといっても、担々麺に関しては一切手を抜かない。それが魔王である。

 もちろんこの場にいない勇者も同じ心構えだ。


 魔王は完成した〝究極のミニ担々麺〟を客席で待つ妖精族の少女の元へと運んだ。


 通常の〝究極の担々麺〟の半分のサイズだからといっても、味や香りまでもが半分になったわけでは無い。

 味や香り見た目のクオリティは通常の〝究極の担々麺〟と同等だ。

 それを証拠付けるかのように担々麺を知る正義の盗賊団の二人の腹が同時に鳴った。



 ――ぐぅうううううう!!!



「あまりにも食欲をそそる完璧な見た目と香りで、つい腹がなってしまいました……恥ずかしい」


 と、言いつつも再び「ぐぅううう」と腹を鳴らしてしまう盗賊(かしら)

 腹を鳴らしている状況では無いことぐらい頭では理解している。けれど生理現象に逆らえないのが人間の(さが)だ。


「腹が鳴っただけでなく、ヨダレも垂れておるのじゃが……まあよい。おぬしらにもあとで()()()()を食べさせてあげるのじゃ」


 ()()()()とは正義の盗賊団の二人が愛してやまない〝冷涼(れいりょう)の冷やし担々麺〟のことである。


「それよりも今は妖精族の少女を助けなければじゃぞ」


 魔王の言葉をきっかけに正義の盗賊団の二人は、今にも力尽きそうな妖精族の少女に〝究極のミニ担々麺〟を食べさせようと試みた。


「レンゲが大きくて顔にかかってしまいそうッスよ。これじゃ飲ませられないッス!」


 スープから飲ませようとしていた下っ端盗賊。どうやら手のひらサイズの妖精族の小ささに苦戦しているようだ。

 ミニサイズの担々麺だからと言っても、手のひらサイズの妖精族にとっては風呂のように大きな担々麺だ。

 そしてスープを(すく)うためのレンゲは常人が扱っているものと同じ。通常サイズのものである。

 スープを飲ませようとしても飲ませることができないのが現状だ。

 しかしここは担々麺を愛する魔王と勇者のお店。妖精族が客として来るという想定をしていないはずがない。


「そうじゃった。急いでおったので忘れておったのじゃ!」


 と言いながら(きびす)を返した魔王。

 すぐに戻ってきた彼女の手には()()()()(つま)まれていた。


「妖精族専用のレンゲじゃ」


 手のひらサイズの妖精族専用に開発したレンゲだった。

 今や邪竜の専用となった巨大な丼鉢(どんぶりばち)と同時期に開発していたレンゲである。

 担々麺のことに関しては余念がないのが魔王と勇者の二人なのである。


「これならいけるッス!」


 通常サイズのレンゲと妖精族専用のレンゲを取り替えた下っ端盗賊は、すぐさま妖精族専用のレンゲにスープを(すく)い、弱々しく呼吸を続ける妖精族の少女の口元へまで運んだ。


「飲むッスよ。これで回復するッスよ」


 優しい言葉とともにスープは妖精族の少女の口内へと流れていった。

 すぐに妖精族の少女の喉が動く。これは反射運動による嚥下だ。

 妖精族の少女はスープを一口飲んだのである。

 その一口で正義の盗賊団の二人、そして魔王は安堵の表情を見せた。

 たった一口と思うことなかれ。この一口は奇跡をも起こす一口であるのだと、担々麺を愛するものたちは知っているのだ。


「……ぅ……う……ぁ……っ……う……」


 妖精族の少女の呼吸はまだ弱々しい。

 けれどスープを飲む前と比べると、どこか荒々しさが増したようにも感じることができる。


「一口じゃ足りないみたいだな。もう一口いってみよう」


「ういッス! 了解ッス!」


 盗賊(かしら)(うなが)された下っ端盗賊は、妖精族専用のレンゲでスープを掬った。

 そして呼吸が荒々しくなっていく妖精族の少女の口元へまで運ぶ。


「もう一口飲――」



 ――じゅるッ!!!!



 優しく声をかけようとした下っ端盗賊の言葉を遮るほどのスープを(すす)る音。

 誰がこの音を出したのか。決まっている。一人しかいない。

 先ほどまで生と死の境を彷徨っていた妖精族の少女だ。


「……ぅ……う……う……うまい!!!!」


 第一声がこれである。

 担々麺とは奇跡を起こす料理、そして常識など一切通用しない料理でもあるのだ。


「こんなに美味しいもの口にしたの初めてよ! 私の国にはない味ね! ちょっと辛味も感じるわね。このあとからくる刺激がまた病みつきになりそうな感じ! 材料は何? 何を入れたらこんなに美味しい味を出せるの? 辛味成分は恐らくだけどアッカの実が含まれているわね。それ以外もある感じがするけど、流石にそこまでは私の舌では見抜けないわ。それにさっきまで死にかけてたもの。味覚も鈍って……待って! 味覚が鈍ってるのにこんなにも美味しいの? しっかりとした味が伝わるの? そ、それじゃ……私の味覚が完全に回復した時、同じものを食べたら……わ、私どうなっちゃうの? そ、想像しただけでほっぺたが落ちちゃう〜!!!」


 妖精族の少女は聞き取るのがギリギリなくらい早口言葉で喋り始めた。しかも長文だ。

 喋っている最中は、半透明の羽根をブンブンと激しく音を鳴らしながら羽ばたいていた。

 それだけ〝究極のミニ担々麺〟が口に合ったのであろう。むしろ合いすぎたと言うべきか。

 あまりにも激しい彼女の変化に情報処理が追い付かずにいる正義の盗賊団の二人は、口をぽかーんと開けて間抜けな顔をしながら、ブンブンと羽ばたき今も味の感想を喋り続けている妖精族の少女を、その目で追いかけ続けていた。

 唯一冷静だったのは魔王だけだ。


「気に入ってもらえてよかったのじゃ。まだまだあるから食べるといいのじゃ。今よりもっと元気になるのじゃぞ!」


「うん! そうさせてもらうわ! と、その前に……」


 妖精族の少女は降下し、テーブルの上に着地した。

 そのまま膝を折り(こうべ)を垂れた。

 それは座礼の最敬礼に類似する姿勢。そう。土下座だ。


「美味しい料理を作ってくれてありがとう! あと命を助けてくれてありがとう!」


 自分の命が助かったことがついでのような言い方だが、前述でもあるように担々麺とは一切常識が通用しない料理である。

 妖精族の少女の中で、命が助かったことよりも美味しい担々麺を食べた衝撃が勝ったのである。


「感謝などよいのじゃ。当たり前のことをしたまでじゃよ。それに感謝するなら妾ではなくそっちの二人にじゃよ。おぬしをここへ連れてきたのはそっちの二人じゃ」


 魔王に紹介された正義の盗賊団の二人は照れ臭そうにしていた。

 そんな二人に改めて妖精族の少女は感謝の言葉を告げた。先ほど同様に土下座もしながらだ。


「それでじゃ、なんでおぬしは瀕死じゃったんじゃ?」


「それ俺たちも知りたかったんですよ! なんであんなに傷だらけで倒れてたんだ?」


 魔王たちの質問に対し、妖精族の少女から返ってきた返事は――



 ――スー、ズルズルズルッ、ズズズッ!!!



 麺とスープを(すす)る音だった。


「美味い! 美味すぎる! スープだけの料理だと思ってたけどまさか主食系だっただなんて驚き! しかも麺類! もちもちで金糸雀(かなりあ)色の麺! 妖精族の技術ではここまで達してないわ! なんてすごい料理なの! 何もかもが完璧ね! あえて言うなら完璧すぎるところが欠点よ! 世界の料理の均衡が崩れてしまうもの。でも世界の料理の均衡が崩れたとしても誰も妬んだり恨んだりしないわ。もちろん食品業界の職人たちもね。むしろ新時代を迎えたって喜ぶわね。これは世界をひっくり返す美味さよ! 生きててよかったわ。これを食べずに死ぬだなんて考えられないわ。この世の頂点ね。この料理は――」



 ――ズルズルズルッ、ズズズッ!!!



 妖精族の少女の満面の笑みと早口での感想。しかも長文で饒舌(ちょうぜつ)

 それを目の当たりにしている魔王と正義の盗賊団の二人は、妖精族の少女が食べ終わるまで質問するのを待った。

 担々麺を幸せそうに食べている者の邪魔はできない――できるはずがないのである。

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