051:強さを求める虎人、ライバルの強さの秘密を知る
『中に入りたいのか?』
臨戦態勢の虎人に邪竜が声をかける。
「の、脳に直接ガオ!? 思念伝達ってやつガオか!?」
脳に直接声が再生されたことに驚く虎人。
初めての思念伝達に目眩のようなものを感じてしまっていたが、思念伝達という存在を知っていたため、すぐに適応した。
『そうだ。余は人語を話す声帯を持たぬ。だから会話の手段として思念伝達を扱う。知らない言語でも自動的に翻訳されるのでな。遠慮なく話してくれて構わない』
「オレはオマエと話に来たんじゃないガオ! 中に用があるんだガオ! さっさとオマエらを倒して中に入らせてもらうガオ!」
虎人は先手必勝と言わんばかりの勢いで邪竜に向かって突っ込んだ。
突っ込む際に地面を強く蹴ったため、その箇所の地面が抉れてしまっていた。
それだけ力いっぱい踏み込んだのである。
「邪竜殿――!!」
スケルトンキングは、虎人が突っ込んでくることを知らせるために慌てて邪竜の名を叫んだ。
『問題ない』
邪竜は涼しげな顔のまま、大砲のように突進して来る虎人の攻撃を軽々と躱してみせた。
「――ガオ!?」
渾身の一撃にも匹敵する攻撃が、軽々と躱されてしまうとは思っていなかったのだろう。驚きの声が虎人の口から溢れ出た。
(あの巨躯で躱すなんてあり得ないガオ。完璧に狙ったはずなのに……ガオ……)
虎人は再び攻撃を仕掛けるために構えた。鋭い爪を使った鉤爪の構えだ。
虎人が飛び込む寸前、邪竜は思念伝達を送る。
『入りたいのならば入ればいい。余たちと戦う必要などない』
「戦う必要がないガオ!? どうしてガオ?」
『それはここがりょ――』
「そ、そうかガオ……オレの強さを認めたということガオね」
『あ、いや、そういうわけではなくて……』
「さすが災厄で最凶の邪竜ガオ! 強さとは隠そうとしても溢れ出てしまうものガオ。元世界最強の獣人であるオレの強さは城内へ入るのに相応しいというガオね!」
虎人は若干ナルシスト気質であった。
「邪竜とスケルトンキングと戦ってみたいって気持ちはあったが、仕方ないガオね。では中に入らせてもらうとするガオよ!」
勘違いであるものの邪竜に認められたということが嬉しかったのだろう。虎人はニヤニヤと笑みを浮かべながら城の扉へと向かう。
「この扉の先にオレのライバルが…龍人がいるガオね。グルルルルル」
扉に触れた途端気持ちが切り替わったのだろう。ニヤニヤと浮かべていた笑みは一変、敵意剥き出しの表情へとなっていた。
唸る虎人はゆっくりと扉を開ける。
――チャリンチャリンッ。
銀鈴の音色が虎人の鼓膜を振動させた。
その音色の心地良さから、一瞬穏やかな気持ちになりかける虎人だったが、先ほど以上に唸り声を上げることによって穏やかになりかけていた気持ちを押し殺した。
「グルルルルル!!!!!」
「いらっしゃいませなのじゃ! 新規のお客様じゃな!」
唸り声を上げている虎人の鋭い眼光に一人の少女の姿が――魔王の姿が映る。
もちろん魔王は魔法で正体を偽装している。
例に漏れることなく虎人も目の前の少女を魔王だとは思っていない。
思っていないのだが、強者としての虎人の嗅覚は魔王から異質なものを感じ取っていた。
(こ、この少女の異質な気配はなんだガオ?)
先ほど邪竜に向かって言っていた「強さとは隠そうとしても溢れ出てしまうものガオ」という言葉、まさにその言葉の状況が目の前の少女から起きているのである。
(それにいらっしゃいませとはどういうことガオか? 修行の場にようこそって意味ガオか?)
困惑する虎人は誰かに助けを求めるかのように瞳をキョロキョロと動かし始めた。
そして視線の先に助けてくれる可能性がある人物の姿を捉える。
「龍人――!!」
その人物――全身に龍の紋様がある龍人族の男に向かって虎人は声をかけた。
「そうか、待ち合わせじゃったか」
魔王は虎人の来店から龍人に声をかけるまでの流れを見て、待ち合わせだと判断した。
「なんでお前が……ここに……」
「待ち合わせではないみたいじゃな」
龍人の反応を見てすぐに待ち合わせではなかったのだと判断を改める。
「オマエの強さを探るためにオマエを尾行してきたガオ! まさかこんな場所で修行をしていたとはガオ。道理で最近のオマエは強いわけだガオ」
「俺はここで修行なんてしていないぞ?」
「ウソを吐くなガオ!」
嘘だと思われても仕方がない。それだけ衝撃的な光景を虎人は目の当たりにしたのだ。
「邪竜もスケルトンキングも元魔王軍大幹部の鬼人の大男も、そして世界最強の龍人族であるオマエも、一堂に集まるだなんておかしいガオ! この状況の説明がつかないガオ!」
「ここは料理屋で邪竜もスケルトンキングも鬼人も、そして俺もここの常連なだけだ! 修行なんてしてない!」
「そんなの信じられるわけ、な、い……ガオ……」
発言の最中に感じた違和感。その違和感のせいで虎人の発言は弱々しいものへと変化した。
虎人が感じた違和感とは、濃厚なスープの香りだ。
龍人の「料理屋」という発言がきっかけとなり、興奮していた脳が正常に五感で得た情報を処理し始めたのである。
それによって嗅覚で捉えた濃厚なスープの香りを理解し、龍人の「料理屋」という発言に信憑性を感じたのである。
「本当にここは料理屋……なのガオか?」
頭の中ではここが料理屋であることをすでに理解している。
それだけ料理屋としての情報がすでに脳内で処理されているからだ。
外で邪竜たちしていたことは何だったのか。大きな看板に何が書かれていたのか。少女のいらっしゃいませという発言。濃厚なスープの香り。虎人が得た情報の全てが料理屋だと肯定しているのである。
しかしそれでも問いかけたのは認めたくなかったからだ。
龍人に連敗続きの自分が自分でも気付かないくらいに焦っており、それでいて周りが見えていなかったことを認めたくなかったのである。
「ここは料理屋じゃよ。担々麺専門店『魔勇家』じゃ! 妾とゆーくんのお店じゃ!」
魔王は花よりも蝶よりも美しい笑顔で答えた。
その笑顔にはお客様に向ける笑顔だけではなく『魔勇家』を愛する気持ちも込められている。
「……タンタンメン? というのは知らないガオが、本当に料理屋だったのかガオ……龍人の強さの秘密を知れると思っていたのに……ガオ……」
虎人は意気消沈といった様子で踵を返した。帰るつもりなのだ。
そんな虎人に向かって席から立ち上がった龍人が口を開く。
「待て!」
「……ガオ?」
「ここで修行はしていない。それは本当だ。だが、強さの秘密はここに――『魔勇家』にある!」
「強さの秘密……が、ここに……ガオ……?」
鸚鵡返しで聞き返す虎人。
そんな虎人に龍人は自信満々に表情を染めながら口を開く。
「これだよ! これ! くはははははっ!」
高らかに笑いながら虎人に見せたのは、食べかけの料理だ。
そう。龍人が見せた食べかけの料理とは、龍人がこよなく愛する担々麺――〝極上の担々つけ麺〟である。
「それが強さの秘密なのガオか? まさか、身体能力を強化する食材が入っているガオか!? それとも魔力を増幅させる食材ガオか!? 加護やスキルを得られるとかガオか!?」
大興奮の虎人は、その勢いのまま龍人の元へと、否――〝極上の担々つけ麺〟の元へと向かっていく。
「こ、この料理は何なのだガオ!? もしかしてこれがタンタンメンという料理なのガオか!?」
「これは〝極上の担々つけ麺〟って料理だ」
「極上のタンタンツケメンガオか? タンタンメンではないのガオか?」
「担々麺だけど担々麺じゃなくて、でも担々麺であって……俺もそこらへんはよくわからない」
担々つけ麺は担々麺じゃないのか、と問われてしまうと、担々麺に対しての知識が浅い龍人には『わからない』と答えるしかなかった。
実際この世界の料理ではないのだ。わからなくて当然である。
それに龍人が食べたことある担々麺は〝極上の担々つけ麺〟だけ。他の担々麺のことは全くもって無知なのである。
そんな時こそ店主である魔王の出番だ。
「担々つけ麺は、担々麺であって担々麺じゃないのじゃ。しかし担々麺でもあるのじゃよ。龍人のその考えは正しいのじゃ。つまり担々麺とはこの世の真理じゃ! 理解しようとはせずにそのまま受け入れると良いぞ?」
「そのまま受け入れる……ガオ……?」
「そうなのじゃ。ただ、おぬしが思っているように身体能力が強化されたり、魔力が増幅したりはしないのじゃよ。そこだけは期待しないようにするのじゃな。もちろん加護やスキルは稀にじゃが得ることはあるかもしれない。じゃが、戦闘に役立つかはわからないのじゃ」
魔王は正直に話した。
正直に話さなければそれは詐欺だ。どんなに美味しい担々麺を食べたとしても心にしこりを残してしまうことになる。
担々麺を愛するチャンスを奪ってしまうことにもなるのだ。
それは担々麺で世界征服を夢見る魔王と勇者にとって冒涜でしかないのである。
だから魔王は正直に話す。
担々麺を受け入れ、愛してもらうために。
「そ、それじゃ、どうすればいいガオか? どうすれば龍人の強さの秘密を知れるガオ? どうすれば龍人のように急激に強くなることができるガオか?」
虎人の瞳には、迷いと戸惑いの他に『強くなりたい』という強い意志が宿っていた。
そんな虎人の強い意志を感じ取ったのか、龍人は虎人の問いに答えるために口を開く。
「強くなるかどうかはお前次第だ。だからまずは担々麺を食べてみろよ。ここまで辿り着いたんだ。担々麺を食べる資格はある。むしろ食べずに帰るなんて選択肢はないぞ。くははははっ!」
「龍人はいいのガオか? その……敵に塩を送ることになるんだぞガオ?」
「敵? くははははっ! お前は敵じゃない。ライバルだ!」
「りゅ、龍人……オマエってやつはガオ……」
「それに、世界最強の座を奪われるのが怖いんじゃ、世界最強を名乗る資格なんてないからな! 俺は世界最強の龍人族だぞ? ライバルであるお前が強くなくては困る! くははははっ!!」
龍人は心の底から思ったことを素直に吐き出し声高らかに笑った。
その笑い声には喜びの感情がいっぱい詰まっていた。
「ありガオう」
虎人は龍人に感謝の気持ちを告げた。
そして二人は固い握手を交わす。
「友情じゃ! 友情が生まれたのじゃ!」
と、魔王は二人の固い握手を見て感激する。
「ガッハッハッハ!! いいものが見れたぞッ!」
と、鬼人は思わず笑みをこぼした。




