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049:天にも昇る美味さ、至福の豆乳担々麺

 魔王はスケルトン軍団を席へと案内した。

 150体ものスケルトン軍団は全員、屋外席へ着席し一杯の担々麺を待っている。

 ちなみに常連客たちも屋外へと出ている。スケルトンたちの様子を伺っているのだ。


「お疲れまーちゃん」


 厨房へと入ってきた案内を終えたばかりの魔王に向かって勇者が労いの言葉をかけた。


「うぬ。ゆーくんの方も順調みたいじゃな。それに作る担々麺はやっぱりこれじゃったか」


「ああ。スケルトン全員の舌を唸らせるってなったら、()()()()()以外考えられないからな」


 勇者の正面――調理台の上には白い液体が入った雪平鍋が置かれていた。

 それを弱火にかけてじっくりと加熱を始めた。


「妾が()()を見ておくのじゃ」


 白い液体の正体、それは豆乳だ。

 魔王と勇者が作ろうとしている担々麺は〝至福の豆乳担々麺〟である。


「ありがとう。それじゃ俺はこっちをやっとくわ」


 豆乳を加熱する際には、火加減や温度に注意が必要だ。

 強火で急激に加熱してしまうと豆乳が固まってしまうことがある。

 まろやかな口当たり、そして豆乳の風味を出すためには弱火でじっくりと加熱する必要がある。

 そんな重要な役目を魔王が担ったことによって、勇者は心置きなく別の作業に移れるのである。


「よしっ。これで材料は全部だな。あとは豆乳がまろやかになるタイミングを見て麺を茹でる」


 勇者は魔王が加熱している豆乳の加熱具合を見てから金糸雀(かなりあ)色の麺を茹で始めた。


「まーちゃん。()()()()()してくれ」


「うぬ! ()()()()()じゃー!」


 息ぴったりに駄洒落を交える二人。

 互いにプスッと笑顔を溢しながら〝至福の豆乳担々麺〟を完成に近づけていく。


 魔王は丼鉢(どんぶりばち)に豆乳を投入した。

 その丼鉢の中にはすでに勇者が用意して置いた材料が入っている。

 その材料は、甘旨でどろどろつぶつぶな背脂、辛味成分の(かなめ)となる赤唐辛子とアッカの実の粉末、特製の担々麺の(もと)だ。それらが完璧に計算され丼鉢の中に入っているのである。


 今までの担々麺と明らかに違うところは、ゲンコツから抽出した出汁(だし)を一切使わずに豆乳を投入するところだろう。

 豆乳の良さを全面に引き出させるための工夫だ。


 豆乳の投入が終わるとすぐに泡立て器で、満遍なく均等に混ざるように混ぜていく。

 真っ白の豆乳に担々麺の素の黄金色と辛味成分の赤色が混ざり合い、色が変化していく。

 まるで夕焼け空に浮かぶ幻想的な雲のような色へと変化したのだった。

 それが満遍なく均等に混ざり合った合図でもある。


「では妾は取り分け皿を用意してくるのじゃ」


「おう! 任せたぜ!」


「うぬ!」


 魔王は勇者に担々麺を任せて厨房を出た。

 魔王が厨房を出たのと同じタイミングで、夕焼け空に浮かぶ幻想的な雲のような色のスープに茹でられた麺が投入される。

 麺が投入された直後、勇者の手によって流れるように具材が載せられていく。

 中央には毎度お馴染みの旨辛の豚挽肉、その周りにざく切りにされた白菜、小房に分けたぶなしめじ、新鮮な水菜、滑らかなで濃厚な絹ごし豆腐、そして斜め切りされた新鮮なネギが満遍なく載せられたのだった。

 まるで豆乳鍋を彷彿(ほうふつ)とさせるような見た目となった。


 しかしこれで終わりではない。

 仕上げに焙煎(ばいせん)された()り胡麻を一振り、真っ赤なラー油をさっと一周かけたのだ。

 そうすることによって豆乳担々麺らしさを(かも)し出したのである。

 これで〝至福の豆乳担々麺〟の完成である。


 勇者はすかさず〝至福の豆乳担々麺〟をスケルトンたちが待つ屋外席へと運んだ。


「お待たせしました。〝至福の豆乳担々麺〟です」


「「「WOOOO!!!」」


 スケルトンたちが同時に歓喜の声を上げた。

 そんなスケルトンたちの右手には箸が、左手には取り分け用の皿がすでに持たされてあった。


「それじゃここに置きますね」


 勇者はスケルトンキングの正面に〝至福の豆乳担々麺〟を置いた。

 スケルトンキングの周りを囲むスケルトンたちは興味津々に覗き込んでいる。

 そんなスケルトンたちに混ざり常連客も同じように興味津々に覗き込んでいた。


「これがタンタンメンというものか」


「正確に言うと〝至福の豆乳担々麺〟です」


「至福の豆乳担々麺か。見た目はとても美味しそうだな。生前の記憶を辿ってもここまで美味しそうな見た目の料理は見たことがない」


「それは良かったです。さあ、冷めないうちに召し上がってください。取り分けにも時間がかかるでしょうし」


 勇者は早く食べるようにと促す。取り分けている最中にスープが冷めてしまうのを恐れているのだ。


「そうだな。では早速取り分けるとしよう。始めよ! スケルトンたちよ!」


「「「WOOOO!!!」」」


 スケルトンキングの合図をきっかけにスケルトンたちは、列を作り始め〝至福の豆乳担々麺〟を囲んだ。

 〝至福の豆乳担々麺〟を中心に五つの列ができている。

 その列の先頭が順に自分の分を取り分け始めた。

 〝至福の豆乳担々麺〟が豆乳鍋にも見えることから、勇者はスケルトンたちが取り分けていく姿が一つの鍋を家族でつつき合っているような光景に見えていた。


「にしても凄まじい連携だな……」


 そんな勇者の呟きに勇者の隣に並んだ魔王が反応する。


「円滑に進んでるのぉ。これなら冷めてしまう前に全員分の取り分けが終わりそうじゃな」


 スケルトンたちの連携には魔王ですらも認めるほどのものがあった。

 そのまま二人はスケルトンたちに目が釘付けとなる。


「取り分け終えたスケルトンを見ろよ。食べればいいのに全員が取り分け終えるまで待ってるぞ」


 取り分け終えたスケルトンは、用意された自分の席へ着席し全員が取り分け終えるのを待っている。


「姿勢も正して待ってるとは、律儀じゃのぉ」


「って! もう取り分け終えるぞ!?」


「早いのじゃ!」


 ものの数分で150体分の取り分けが完了、そして全員が席へと着席したのだった。

 そのあまりの手際の良さと連携に魔王と勇者、そして常連客たちは驚きを隠せずにいた。


「では魂に感謝していただくとしよう」


 スケルトンキングは合掌を始めた。

 それに続いてスケルトンたちも合掌する。


「いただきます」


「「「WOOOO!!!」」」


 食事前の挨拶を終えたスケルトンたちは箸を器用に使い、豆乳スープがよく絡んだ一本の麺を口へ運んだ。

 〝至福の豆乳担々麺〟に使用されている麺は一本約1グラム。スケルトンたちの一回の食事量は2グラム。この一本の面で一回の食事量の半分を摂取することになる。

 とてつもなく大事な一口目となるのだ。



 ――ズルルッ!!!



 勢いよく(すす)られた麺は、咀嚼(そしゃく)とともに魔力へと変換され、嚥下(えんげ)ととも体内へ吸収されていった。勇者が予想していた通りだった。


 一口目を食べ終わったスケルトンから順に骨が発光。


「WOOOO!!!」


「WOOOO!!!」


「WOOOO!!!」


 そして声を上げた。


「歓喜の声じゃ! 歓喜の声なのじゃ!」


「当然だろ。担々麺を食べて喜ばないやつなんていないさ」


「ということは……」


「常連客獲得だ!」


 骨を発光させながら声を上げるスケルトンたちを見て魔王と勇者は大満足していた。

 そして互いに満面の笑みを浮かべながらハイタッチをする。

 そんな魔王と勇者の反応とは裏腹にスケルトンキングからは焦りの色が見えていた。


「お、おい! まだそっちへ逝ってはならぬ! 逝ってはならぬぞ!」


 スケルトンキングは宙を駆けた。

 そして発光するスケルトンたちの真上を行ったり来たりを繰り返していく。


「まさか空を駆けるほど喜んでくれるとはな」


「スケルトンキングも良いリアクションをするもんじゃのぉ」


 魔王と勇者はスケルトンキングもスケルトン同様に喜んでいるように見えていた。

 しかし実際のスケルトンキングの感情は違う。

 前述にもあるように焦っているのだ。それもかなりの焦り具合だ。


「た、頼む! 店主たち、邪竜たちよ! 手伝ってくれ!」


 助けを求めるように声を上げるスケルトンキング。


「手伝う? どういうことだ?」


「どういうことなのじゃ?」


 仲良く小首を傾げる魔王と勇者。

 それに対してスケルトンキングは叫びながら答えた。


「スケルトンの――皆の魂が、あまりの美味さに天に昇ってしまっているんだ!」


「あー、なるほど。天にも昇るほど美味しいってことか」


「違う! いや、違わないが、本当に天に昇ってしまっているんだよ! だから天に昇る前に魂を戻すのを手伝ってくれー!」


 スケルトンにとって魂が天に昇ることは二度目の死を意味する。

 一刻を争う緊急事態、だからこそのこの焦り、必死の叫びなのである。


「魔法でもなんでもいいから天に昇る前に魂を元に――!!!」


「そ、そりゃ大変だ! そういう大事なことは先に言ってくださいよ!」


「急ぐのじゃ! 急ぐのじゃ!」


 状況を理解した魔王と勇者はスケルトンキング同様に宙を駆けた。

 魔王は背中に生えている可愛らしい小さな羽根で。勇者は空気を蹴って発光するスケルトンたちの真上へと向かったのだ。


『……賑やかな料理屋だ』


「ああ、まったくだ」


「うふふ」


 邪竜の言葉に女剣士が肯定、エルフが妖艶に笑った。

 直後、魂が天に昇ってしまうスケルトンを救うため邪竜たちも動き出す。

 邪竜は自慢の大きな翼を羽ばたかせながら、女剣士は勇者同様に空気を蹴りながら発光するスケルトンたちの真上へと向かった。

 エルフはスケルトンたちの真上に行く手段を持たないため、魔法を発動しサポートしていく。

 羊人は邪竜が飛び立つ前に邪竜の背中の上で眠っていた女魔術師を預かっていたため、女魔術師の面倒を見る担当となった。


「頑張ってください!」


 何もせずにはいられなかったのだろう。羊人は応援を始めた。

 その声が大きかったのか、はたまた「WOOOO!!!」と歓喜の声を上げるスケルトンがうるさかったのか、羊人に抱えられている女魔術師の意識が覚醒する。


「……ん、うぅ……ん?」


「あっ、起きましたか。気分はどうですか? 大丈――」


「WOOOO!!!!」


 大丈夫ですか、と言おうとした羊人の声がスケルトンの歓喜の声に遮られる。


「ぅう……うぉお?」


 女魔術師は反射的に声がした方を向き始める。

 それを止めようとする羊人。止めなければまた意識を失ってしまうと思ったのだ。

 しかし時すでに遅し。女魔術師の瞳は、骨を発光させながら魂が天に昇っていくスケルトンの姿を映していた。

 ホラー系が苦手な女魔術師にこの光景は耐えられないだろう。


「ぎぃやぁああああああ――!!!!」


 案の定だ。


「すーん」


 女魔術師は羊人の腕の中で再び意識を失ったのだった。

 そんな中、スケルトンキングが魔王と勇者、そして常連客たちに向かって口を開く。


「すまない。未熟な部下たちで。また迷惑をかけてしまったな」


「いやいや、むしろこっちからしたら嬉しい反応だよ」


「そうじゃそうじゃ!」


 魔王と勇者は迷惑だとは一寸も思っていない。

 むしろスケルトンたちの反応は、料理人としてもこの上ないほど嬉しい反応であるのだ。


『余たちも全然気にしていないぞ』


「ああ。我もだ」


 それは常連客たちとしても同じこと。

 好きな食べ物を美味しいと言ってもらることの喜び。常連客たちは常連客だからこその喜びを味わっていた。


「ありがとう。そんな優しい店主たちにもう一つだけ迷惑をかけることになるがいいか?」


「ん? なんだ?」


「吾輩……吾輩も……」


 スケルトンキングの体がカタカタと震え始めた。

 そして焦りの色を浮かべていた顔が次第に光り始める。


「WOOOO!!!」


 これはスケルトンの叫びではない。

 発光を始めたスケルトンキングの歓喜の叫びだ。


「お前もか!!」「おぬしもか!!」


 魔王と勇者の声が重なった。

 直後、スケルトンキングの魂が天に昇っていく。

 耐えることができなかったことを批難することのではなく、よくここまで耐えたと称賛するべきだろう。


 魔王と勇者は天に昇っていくスケルトンキングの魂を同時に掴んだ。

 そして元の体に戻す。


「WOOOO……う、た、助かった……」


 天に昇っていく魂はスケルトンキングが最後だったらしく、一旦落ち着いた。

 と、思っていたが――


「WOOOO!!!」


 一体のスケルトンが歓喜の声を上げた。


「WOOOO!!!」


 続けてもう一体。


「WOOOO!!!」


 また一体と、歓喜の声を上げていく。

 そして先ほど同様に骨を発光させている。


「そうか! 二口目があったか!」


「またなのじゃ! またなのじゃー!」


 魔王と勇者は歓喜の声を上げたスケルトンの真上へ移動した。


「あ、あれ?」


「どういうことじゃ?」


 頭にハテナを浮かべる二人。

 二口目を食したスケルトンから魂が出てこないのだ。


「もう大丈夫だ。吾輩らには耐性がついた」


「そ、そうか。スケルトンって順応性もあるんだな。よかったよ」


「感謝する。〝至福の豆乳担々麺〟は天にも昇る味だったぞ」


 スケルトンキングは魔王と勇者、そして常連客たちに向けて感謝の気持ちを告げた。

 149体ものスケルトンを束ねるキングが頭を垂れての心からの感謝だ。


「実際に天に昇りかけてたおったではないか。で、おぬしらに耐性がついたのはわかったが、あれはなんじゃ?」


 魔王たちの瞳にはカラカラと音を鳴らしながら動き回るスケルトンの姿が映っていた。


「耐性はついたが、味に慣れたわけではない。美味しいものは美味しい。魂で表現することがなくなり体で――踊りで美味しさを表現しているのだろう」


「お、踊りで!?」


「間違いない。なぜなら吾輩も踊りたくなってきたからな!」


 スケルトンキングは地上へと降りて踊っているスケルトンに混じった。

 それぞれがそれぞれのソウルダンスを披露していく。


「なんて素晴らしい日なんだ!」


「「「FOOOO!!!」」」


「素晴らしいこの日に感謝を!!」


「「「YEAHHHH!!!」」」」


 こうして担々麺専門店『魔勇家』は、1体のスケルトンキングと149体のスケルトンを常連客にしたのだった。

 そしてまた一段と『魔勇家』は賑やかになったのだった。

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