048:気圧されるスケルトンキング、魔王と勇者の無言の圧
「こ、これは――!?」
信じられないものを見たかのような声を上げたのはスケルトンキングだ。
実際スケルトンキングにとって信じられないものが、虚空の瞳に映り魂で感じている。
「やっぱり勘違いだったんですよ。スケルトンキングさん」
ここぞとばかりに口を開いたのは、先頭にいるスケルトンキングまで追い付いた勇者だ。
勇者はスケルトンキングが見ているもの――残像のように朧げに映る灯火のようなもの、つまり〝魂〟を――魔王が偽装のために魔法で創造した魂を指差しながら言葉を続けた。
「ここは魔王と勇者が最後に戦った場所ですからね。きっと念や気のようなものが強く残っていたんでしょう。スケルトンキングさんが言うようにこれが魂なのだとしたら、魂と魂のぶつかり合いなんてものをしていたんじゃないですか? まあ、俺は魔王でもないし勇者でもないので憶測でしか言えませんけどね。あながち間違ってないと思いますよ。だって相手は魔王と勇者なんですからね。そうでしょ? スケルトンキングさん」
「そ――」
「――あっ、そうか――!!」
スキルトンキングが口を開こうとしたタイミングで、何かを思い出したかのように勇者は声を上げた。
「常連客の皆さんは、この魂に当てられていたからこそ、まーちゃんと俺を魔王と勇者だと感じることがあったのかも……そうだ。絶対にそうだ!」
魔王と勇者が密かに企んでいたもう一つの目的。それは自分たちの正体――魔王と勇者であることがバレつつある現状を変えること。
その目的のためにスケルトンキングの特性を――魂という確認しようがないものを利用しているのだ。
全ては自分たちの正体を隠すため。担々麺専門店『魔勇家』の経営を平和的に続けるため。
「魔王だの勇者だの勘違いされる理由はこれじゃったか!」
魔王もそれらしい反応を見せた。
その反応に釣られてか、正体を知っている邪竜と意識を失っている女魔術師以外の常連客たちも魔王と同じような反応を見せた。
一切疑うことなく納得したのだ。
「これでスケルトンキングさんが今ここで戦うことがなくなりましたね」
「まあ……そうだな」
「「「UUUUUUUU……」」」
肯定するスケルトンキングと寂しげに唸るスケルトンたち。
「スケルトンキングさんが戦わないということは、常連客のみんなも戦う理由がなくなった、ということでいいんだよな?」
「そ、そうね」
いつでも戦えるように身構えていたエルフは、妖艶に一息吐いた。
戦闘に自信がなかったため、戦わずに済んだことに安堵したのである。
「店主の言う通り戦う理由はなくなった」
女剣士は二本の長剣を鞘に納めた。
「あとついでに、本当についでなんだけど、俺たちが魔王と勇者かもしれないっていう誤解も解けたってことでいいよな?」
「はい。そうなりますね」
羊人が肯定した。
女剣士もエルフも羊人のように肯定している。
それによって魔王と勇者は表情や雰囲気を一切変えることなく、心の中だけでハイタッチ、そして抱きしめ合った。
そのまま勇者はこの流れを逃さまいと口を開く。
「それじゃスケルトンキングさん、せっかくですから担々麺食べていきませんか? もちろんスケルトンの皆さんも!」
150人もの団体客を獲得しようという本来の目的を遂行するための行動に出たのだ。
戦うことがなくなり、誤解も解け、さらに団体客を獲得しようという貪欲な考えを持った勇者だ。
しかしこれだけの貪欲さは経営者としては必要な要素でもある。
勇者はもう経営者としての道を全力疾走しているのだ。もちろん隣に立つ魔王も同じ。
「丼鉢も食材も大量にあるのじゃ! 屋外席を使えば全員ゆったりと座ることができるのじゃ! どうじゃ? どうじゃ?」
魔王と勇者はぐいぐいと攻める。
剣や魔法ではなく、言葉と気持ちを前面に出して攻め続ける。
「待て。まずは魔王と勇者の魂を消すのが先だ。話はそれからだ」
「あっ、どうぞどうぞ」
「どうぞなのじゃ」
魔王と勇者は魔王と勇者の魂を差し出した。もちろん魔王が魔法で創造した偽物の魂だ。
偽物の魂とはいえ、あっさりと魂を差し出す様に二人の正体を知る邪竜だけは呆気に取られていた。
そんな邪竜のことなど露知らずのスケルトンキングは詠唱を始めた。
「迷エル魂ニ終焉ヲ与エヨ――ジ・エンド・オブ・ザ・ソウル!!!」
スケルトンキングがかざした右手に魔王と勇者の偽物の魂が吸収されていく。
「……なんとあっけない」
スケルトンキングは手応えのなさを感じ悪態をついた。
「本当に魔王と勇者の魂だったのか?」
魂を吸収したからこそ感じ取ったのだろう。思わず口に出してしまうほどの違和感を。
「ぬぉおお! お、終わったのじゃな? そ、それじゃったら話の続きじゃ!」
慌てて口を開いたのは魔王だ。
魔法で創造した偽物の魂だとバレてしまう前に意識を別の方へ集中させてしまおうという魂胆である。
「興が削がれた……」
「仕方がないのじゃ。魔王なんてこんなもんじゃよ」
「そうそう。実際大したことないって勇者なんてさ」
「いっそ……この城を――」
皆まで言わなくても状況を理解すれば、スケルトンキングがよからぬことを言おうとしているのが分かる。
その言葉は魔王と勇者にとっては不都合すぎる言葉だといことも。
だからこそ魔王と勇者はスケルトンキングに無言の圧をかけた。
(な、なんだ……この威圧は……)
スケルトンキングは魔王と勇者の無言の圧に気圧される。
149体ものスケルトンを束ねるキングとして気圧されることは許されない。気圧されているのだと分かる行動もとってはいけないのだ。
それなのにスケルトンキングの体は素直に一歩後ずさった。
それだけではない。カタカタと骨を鳴らしてしまっていたのだ。
スケルトンキングは魔王と勇者に――料理屋の店主に生前も含めて今まで味わったことのない恐怖を抱いたのである。
「食べていきますよね? 担々麺を」
勇者の問いかけは、スケルトンキングにとって脅迫に近い。
魂が訴えている。首を縦に振れ、と。それ以外の選択肢がないのだと。
「食べるじゃろ? 担々麺を」
魔王の問いかけにも勇者同様の威圧があった。
しかしスケルトンキングは首を縦に振らなかった――否、恐怖で振ることができなかったのだ。
(こ、こいつらは一体何者なんだ……吾輩が、死を経験した吾輩が、ここまで恐怖に支配されるとは……)
首を縦に振ってしまったらもう後戻りはできない。
スケルトンキングは心を支配する恐怖を押し殺し、ゆっくりと口を開く。
「そ、その……タンタンメン……とは……な、なんなのだ?」
担々麺という未知の存在。それが何なのか知らずには首を縦に振ることなど不可能。
たとえ心が恐怖に支配されようとも、149体のスケルトンを束ねるキングとしてそれは不可能なのだ。
「食べればわかります」「食べればわかるのじゃ!」
声が重なる魔王と勇者。
若干強引な返事になってしまったのは、団体客を逃したくないという気持ちが強く出てしまったからだろう。致し方ないことだ。
そんなぐいぐいと強引に、そして貪欲に攻める魔王と勇者の様子に、常連客たちは不安の色を隠せずにいた。
大丈夫だと何度も言われているが、それでも不安に駆られてしまうのだ。担々麺が気軽に食べれなくなってしまうのではないかという不安に。
それがたとえ杞憂だとしても不安に思わずにはいられないのである。
常連客たちはそんな気持ちのまま耳目をスケルトンキングに集めた。
そこには、断れ、という願いも込められている。
「どうですか? スケルトンキングさん」
「どうなのじゃ? どうなのじゃ?」
「そ、そうだな……吾輩の勘違いで迷惑もかけたことだし……それにそこまで言うのならいただくとしよう……皆もそれでいいか?」
スケルトンキングは、ぐいぐい攻める魔王と勇者にたじたじになりながらも担々麺を食べることを選択する。
そして149体のスケルトンたちにも問いかけてみるが――
「「「WOOOOO!!!」」」
当然のことながらスケルトンキングの意見に賛成だ。
「よしっ! 決まりだ!」
盛り上がるスケルトンたち。
常連客たちはというと絶望に打ちひしがれていた。
「これがメニュー表じゃ。好きな担々麺を選ぶのじゃ」
魔王はメニュー表をどこからともなく大量に出してスケルトン一人一人に配り始めた。
手際の良さたるや凄まじい。
「「「UUUUUUU……」」」
メニュー表を魔王から受け取ったスケルトンたちは唸っていた。
担々麺という未知の料理。その種類の多さに何を頼むべきか悩んでいるのである。
そんな時こそスケルトンたちには頼れる人物――スケルトンキングがいる。149体のスケルトンたちはスケルトンキングに助けを求めるかのように耳目を一気に集中させた。
「食べれば分かると言われたからな……食べたことがないので判断できん。二人がおすすめするタンタンメンというものを一つお願いしたい。それと取り分ける皿を150個用意してほしい」
「一杯の担々麺を全員で取り分けるのか? そんなに警戒しなくても大丈夫じゃよ。一人一人に合わせたおすすめの担々麺を用意してあげるのじゃ。例えばあのスケルトンには〝真紅のトマト担々麺〟を。そっちのスケルトンには〝漆黒のイカスミ担々麺〟を。まあ、こんな感じで妾はどの担々麺が合うかを見極められるようになっておる。じゃから警戒せずに一人一品安心して頼むといいぞ?」
魔王はこの数ヶ月間で客が好みそうな担々麺を見極める力を習得していた。
だからスケルトン一人一人に対して、どの担々麺が相応しいかを瞬時に見極められるのだ。
その正確性は100パーセントと言っても過言ではない。それを今から証明していくはずなのだが――
「違うのだよ。恥ずかしながら吾輩らスケルトンは小食なのでな。一回の食事で二グラムほど摂取できればそれで十分なのだよ」
「「2グラム!?」」
魔王と勇者の声が重なった。
(おいおいおいおい。二グラムって……麺二本分じゃんかよ。どんだけ小食なんだよスケルトンって!)
心の中でツッコミを入れる勇者。
彼の黒瞳はスケルトンキングの腹部を映す。骨と骨の間から先の景色が見えるほどスカスカの腹部だ。
(そりゃそうだ! スケルトンだ! 小食で当然だわ。というか今更だけどスケルトンって食事とかすんのかよ。食べたものどこいんいくんだ? 摂取した栄養素を魔力に変換って感じかな? だとしても二グラムって……いや、この場合二グラムだけでもありがたいと思わなきゃか……)
無理やり納得することができた勇者だった。
「だからタンタンメンというものを一つだけ注文をすれば事足りると思っているのだが……そんなに量が少ないものなのか? タンタンメンというものは」
「あっ、いや……一杯で十分だと思いますよ……はい」
「そ、そうじゃな……一杯で十分じゃ。大盛りも……不要じゃな……」
心ではスケルトンたちが小食なことに納得したものの、魔王と勇者の表情は明らかに残念という感情一色に染められていた。
そんな魔王と勇者に対して先ほどまで絶望に打ちひしがれていた常連客たちは、希望に満ち溢れた表情を浮かべていた。
エルフと羊人に至っては似合わないガッツポーズを力強くとっている。
常連客たちの懸念――気軽に担々麺が食べられないのではないか、という懸念が払拭された瞬間だ。
「それではおすすめのタンタンメンを一つと取り分ける皿を150個頼む」
改めてスケルトンキングは注文した。
その注文を受けた魔王と勇者は互いに瞳を交差させる。
そして深く息を吐き、気持ちを切り替えた。
「かしこまりました!」「かしこまりましたなのじゃ!」
二人の声が重なった。
直後、勇者は厨房へ。魔王は席の案内を始めた。




