046:感情の起伏が激しい女魔術師、常連客連合軍結成の瞬間
女剣士が魔王と勇者に戯れ付かれている邪竜に向かって口を開く。
「群勢を引き連れているスケルトンキング。彼らの目的はなんですか?」
『目的? そ、そうだ。余はそれを伝えにきたんだ!』
女剣士のおかげでここに来た理由を思い出す邪竜。
そのまま戯れ付いている魔王と勇者を振り払う。
「ぬぅ……」「あぁ……」
邪竜に振り払われた魔王と勇者の声が重なった。
なんとも悲しげな声、そしておもちゃを取り上げられた子供のような悲しげな表情だ。
『奴ら……スケルトンキングらは、ここへ向かってきている』
「やっぱり団体客か!」
「団体様大歓迎じゃ!」
先ほどまでの悲しげな表情から一変。魔王と勇者は新しいおもちゃを手に入れた子供のように満面の笑みを浮かべた。
『余が見た限りではそんな雰囲気ではなかった』
深刻そうな表情で語る邪竜。それに対して魔王は小首を傾げた。
「ここへ食べに来こようとしている団体客じゃないのか? だったらどんな雰囲気だったんじゃ?」
『城を攻め落とそうとする軍隊だな』
「何!? ここは料理屋じゃぞ! なぜ妾とゆーくんの店を攻め落とそうとするのじゃ!?」
衝撃を受け取り乱す魔王。それに対して今度は邪竜が小首を傾げる。
『いや……ここ元魔王城だよな? 近寄り難い場所ではあるが、攻め落とそうとする者くらいいるだろ。余も似たような感じだったし……』
「元魔王城……? あっ、そうじゃった。ここは元魔王城じゃった」
勇者との経営の日々があまりにも幸せだったため、ここが元魔王城だったことをすっかり忘れてしまっている魔王本人。
魔王本人が忘れているのもどうかと思うが、魔王の横に立つ勇者も魔王と全く同じ驚きの表情を浮かべていた。つまり勇者自身もここが元魔王城だったということを五秒前まで忘れていたのだ。
そんな二人の表情を見た邪竜は息吹の如く大きなため息を吐いた。
『まったく……お主らは……いや、お主ららしいか。魔王と勇者以上の大物だよ。お主らは』
二人の正体を知っている邪竜なりの称賛の言葉だ。
そんな言葉が思念伝達された直後、震える声がこの場にいる全員の鼓膜を振動させる。
「あ、あああ、あの……ど、ど、どどうするんですか? も、もう近くまで、き、来てます、よね?」
生まれたての小鹿のように小刻みに震えている女魔術師。
元勇者パーティーの魔術師であるのにも関わらず、情けない醜態を晒している彼女だが、決して戦うことに対して恐怖を感じているのではない。
「ガタガタガタガタガタガタ……ス、ス、スケルトン……ガタガタガタガタガタガタ……し、しかも……ひゃ、150人も……ガタガタガタガタガタガタ……」
女魔術師は幽霊全般が怖いのである。
スケルトンは骨だけの人型の魔獣だ。その見た目は幽霊の類に分類するだろう。
「そうだった。彼女はホラー系が大の苦手だった。よく今まで震えずに耐えていたものだ」
「た、た、担々……イカスミ担々麺のおかげ、で、さ、さっきまでは、だ、大丈夫でした……で、でも、もう……もう……ガタガタガタガタガタガタ……」
「こうなってしまったら彼女が戦闘するのは困難だ。すまない」
「すすす、す、すみま、せん……」
謝罪の言葉を告げる女剣士と女魔術師。
謝罪はこれで終わ流ことなく、女剣士はもう一つ謝罪を始めた。
「我も戦えない。役に立たず申し訳ない」
「なんでじゃ? おぬしも怖いのか?」
「我は怖くない。ただ……」
女剣士は口籠った。言うかどうかを躊躇っているのだ。
そんな女剣士に代わって勇者が口を開く。
「スケルトンは物理攻撃が通用しない魔獣だからな。魔法が使えない俺たちじゃ足止めくらいしかできないよ。だから女剣士さんは戦えないって言ったんだ。そうだろ?」
「あぁ。店主の言う通りだ。しかしなぜだろうか。不思議だな。昔勇者も同じことを言ってくれた。あれは確かスケルトンに村が襲われそうになっていた時だったな……」
勇者パーティーとして魔王城を目指し魔物を討伐していた頃の記憶だ。
その頃も勇者は全く同じセリフで村人に答えていたのである。
そのセリフのせいで女剣士は勇者と男店主の姿が重なって見えていた。
「やはり店主は……」
「違う違う違う! 違うから! それはさっき勘違いで終わった話だろ。それよりもまーちゃん。スケルトンに物理攻撃が通用しないの知らなかったのか?」
話を逸らした勇者。話の逸らし方としては上出来だが、純粋に魔王が魔物の特徴を知らないことに衝撃を受けていただけだった。だから純粋に訊いてみたくなり訊いただけなのである。
「知らなかったぞ。だってスケルトンは妾の配下にいなかったからのぉ」
「え? じゃあ昔スケルトンが村を襲ったのって魔王と一切関係なかったのか?」
「うぬ? そうじゃな。魔族や魔獣の全部が魔王の配下にあると思っておったのか?」
「マジかよ。衝撃的事実発覚だ。あの頃は魔族も魔獣も全部魔王の仕業かと……」
「妾からしても衝撃的事実じゃよ。まさか勇者がそんなことを思っていたとはのぉ。昔の話をするのも楽しいもんじゃな」
完全に魔王と勇者の会話である。
この会話を聞いて再び疑いの目を浴びるのは当然だろう。
せっかく正体がバレずに済んだのにこのありさまだ。
そんな魔王と勇者に邪竜はひやひやとしていた。そしてたまらず魔王と勇者にだけ思念伝達を送る。
『お主らそこまでにするのだ。今は外のスケルトンらをどうするか考えたほうが賢明だろ』
「そ、そうじゃった。ついつい話が弾んでしまったのじゃ。ゆーくんの話になるとダメじゃな、妾は。我を忘れてしまう」
「俺もだよ。邪竜さんに声かけてもらうまで周りが全然見えなくなってたわ。話の続きはあとでゆっくりしようぜ。この先ずっと一緒なんだしさ」
「そうじゃな。そうじゃな! 死ぬまでずっと一緒じゃ!」
見てる側が恥ずかしくなるような会話を平気とおこなう二人。
先ほど同様に二人だけの世界へと入っている。
そんな二人に邪竜は咳払いをした。
『――ゴホッ』
思念伝達による咳払いは、通常の咳払いよりも効果的で魔王と勇者は二人の世界から瞬時に戻ってきた。
「そうだ。外のスケルトンたちをどうするか考えなきゃ! どうやって客にするか……」
「そうじゃな。どうしたら客になってくれるかのぉ」
悩んでいる二人にエルフが慌てて口を開く。
「ちょっと待ってくれるかしら? 客にするかどうかって聞こえたのだけれど」
「そう言ったのじゃが、エルフさんよ。何か名案があるのか?」
「いいえ。名案なんてないわ。むしろ危惧してるところよ。150人もの数を客として迎え入れてしまえば、私たちが食べる担々麺が無くなってしまうのではないかってね……。魔勇家が繁盛してくれるのは嬉しいのだけれども、150人を一気に迎え入れるのは反対だわ」
そんなエルフの意見に女剣士が賛同する。
「その通りだ。相手はここを攻め落とそうとしているのだぞ。だったら客として迎え入れるのはおかしい。物理攻撃が効かないからってなんだ。我の剣で動けなくなるまで斬ってしまえばいいではないか!」
女剣士は佩剣している二本の長剣を抜剣する。戦う気満々だ。
「僕もお二人の意見に賛成です。この数のスケルトンさんたちが常連客になった場合、ここは満席状態そして大行列が続くことになりますよね。運が悪ければ1日並んでも食べられないってことも……。どんなに並んでも食べたい担々麺なのは間違い無いのですが、仕事もありますからね。何時間も並べるほど時間に余裕がありません。戦えない僕が言うのもあれですけど……戦いましょう! 返り討ちにしましょう!」
珍しいことに羊人も女剣士たちと同じで好戦的な態度を示した。
そしてもう一人好戦的な態度を示す者がいた。
「世界の平和よりも今日の晩飯です!!! 私の魔法で全員成仏させてあげますよ!!!」
鬼の形相をした女魔術師が言った。先ほどまで生まれたての子鹿のようにガタガタ震えていたのが嘘のようだ。
彼女が持っている魔法の杖もいつも以上に強い光を放っている。それだけ女魔術師は本気になったのだ。
そんな感情の起伏が激しい女魔術師に、魔王と勇者は驚きと戸惑いをぐちゃぐちゃに混ぜ合わせた色を浮かべていた。
「み、みんな……い、一旦落ち着こう。150人の客を入れてもみんなの分はちゃんとあるから」
「そ、そうじゃよ。待ち時間もそんなにかからんぞ。ここは広いからのぉ。屋外席を使えば150人なんて余裕じゃよ」
魔王と勇者は、女魔術師たち四人を落ち着かせようと試みるが、四人とも聞く耳を持たずに入り口の方へと向かっていった。
戦闘する気満々の様子である。
「こんな時に限って元魔王軍大幹部の鬼人の大男と自称だが世界最強の龍人の男は何をしているんだ。力を見せつける場面だと言うのに……」
女剣士は常連客の中でも戦力になる鬼人と龍人がこの場にいないことを嘆いた。
「うふふ。正義の盗賊団の二人も忘れちゃダメよ。彼らも彼らの強さがあるのだから」
「大丈夫ですよ。私が四人分カバーします。勇者様と一緒に〝漆黒のイカスミ担々麺〟を食べるために『魔勇家』を守り抜いて見せます」
全くもって頼もしい発言をしたのは女魔術師だ。
先頭を切って堂々と扉に向かって歩いている。
その姿は普段のあたふたおどおどとしている彼女からは想像もできないほど勇ましい。
幽霊の類に対する恐怖心よりも担々麺を失う恐怖の方が上回ったのだ。
「あ、あの……話をだな……話を聞いてくれると嬉しいんだが……」
「そ、そうじゃよ。みんな落ち着いてほしいのじゃ。争いになんの意味もないんじゃよ」
「まーちゃんの言う通りだ。だから落ち着いてくれー!」
争いを始めようとする四人を止めるため、必死に声をかける魔王と勇者だが、その言葉は四人の心に響くことはなかった。
「邪竜さんもなんか言ってくれよ!」
『無理だな。女魔術師たちは本気のようだ。彼女たちを余は止められない。それに余としても担々麺が食べられなくなるのは嫌だからな』
「邪竜さん。マジか……」
邪竜に助けを求めた勇者だったが、邪竜の気持ちは女魔術師たちに傾いていたらしく、邪竜が助けてくれることはなかった。
それだけではなく、気持ちを言葉にしたことによって邪竜も動き出してしまう。
『余も参戦しよう。指揮は女魔術師に任せる』
「はい! 邪竜さん! 任せてください!」
女魔術師は出入り口の扉を開いた。
――チャリンチャリンッ。
銀鈴の音色が鼓膜を振動させたが、すぐにスケルトン軍団の掛け声にかき消される。
「「「WOOOOOO!!!!!」」」
スケルトン軍団はすぐそこまで迫ってきていたのだ。
「皆さん! 行きますよ!」
「「「おう!!!」」」
女魔術師を筆頭に置いた常連客連合軍が結成した瞬間だ。
そんな結成したばかりの常連客連合軍が今まさにスケルトン軍団と対峙したのだった。




