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045:魔族の群勢進行中、団体客の予感?

 夕刻を知らせる鐘が鳴り終えたある日の夕暮れのこと――

 ()()()()()が担々麺専門店『魔勇家(まゆうや)』を目的地に定め進行していた。

 その群勢の数――150人。


「元魔王城が見えたぞ――!!!」


 立派な王冠と王様が身につけるような高貴なマントを身につけているリーダー的存在の人物が、群勢を引き連れながら一人一人を鼓舞させるために叫んだ。


「「「WOOOOO――!!!!!」」」


 群勢はリーダー的存在の人物の鼓舞に全力で応える。

 その叫び声は空間を振動させるほど大きい。



 ――ドッドドドッ!!



 その進行は地響きを起こすほど大きい。


 群勢が起こした空間の振動と地響きは、担々麺専門店『魔勇家(まゆうや)』にいる者たちにも届いていた。


「団体客の気配じゃぞ!」


 胸を躍らせているのは女店主、看板娘、そしてまーちゃんこと――〝魔王〟だ。

 空間の振動と地響きだけでなく群勢の気配も察知して、団体客が向かってきているのだと思考したのである。


「100人くらい――いや、150ちょうどか。これは一気に忙しくなるぞ!」


 魔王と同じく胸を躍らせているのは男店主、ゆーくんこと――〝勇者〟だ。


「団体客嬉しいのじゃ! やったーなのじゃー!」


「だよな! だよな! 嬉しすぎるよなー!」


 嬉しさのあまり魔王とハイタッチ、そしてハグまでしている。


 彼らの夢は〝担々麺で世界征服をすること〟だ。

 団体客はその夢にまた一歩近付ける機会でもある。だからこそのこの喜びようなのである。


「うふふっ。本当に仲がいいのね。思わず笑顔になってしまうわ」


 幼い子、もしくは小動物を見て癒されているかのように微笑んでいるのは、店潰しの美食家の異名を持つ〝エルフ〟だ。


「ほ、微笑ましいですけど、本当に団体客ですか? なんだか嫌な予感がするんですけど……」


 嫌な予感を感じているのは、キャリア三十年の情報屋の〝羊人(ようじん)〟だ。

 羊人(ようじん)はエルフの正面、つまり同じテーブルで食事をしている。


 ここ最近の二人は『魔勇家』に一緒に来店するようになっていた。

 店で偶然あった場合などでも必ず相席するようになっている。

 元々知人同士だったという理由もあるが、食事は一人よりも二人、二人よりもみんなで食べた方が美味しくなるという担々麺を優先に考慮した単純な理由が一番の理由である。


 情報屋の羊人(ようじん)からしたら『魔勇家』の暗躍、すなわち戦争が起きるのではないか、ということを暴くという裏の目的もあるようだが、お気に入りの〝白光のチーズ担々麺〟を食べるたびにその裏の目的を忘れてしまうというオチがある。

 そのため裏の目的は一向に進展しないのだ。

 そして戦争が起きるのではないかという考えは、全て羊人(ようじん)の勘違いである。


 さらにエルフと羊人(ようじん)の他にも来店客はいる。


「確かに羊人さんの予感は正しいかもしれない。杞憂ならいいのだが、我も何か嫌な予感を感じる……」


 佩剣(はいけん)されている長剣の(つか)を握る女性は、元勇者パーティーの女剣士にして勇者の右腕――現国王軍〝軍団長〟だ。

 彼女はもちろん一人ではない。


「わ、わわ、悪い、ま、魔族、とかでしたら……ど、ど、どうしましょう……」


 ガタガタと震えながら不安を口にしている女性は、元勇者パーティー、そして現国王軍の女魔術師だ。

 レンゲいっぱいに(すく)われていたはずのイカスミ担々麺のスープは、ガタガタ震える手のせいで全て溢れてしまっていた。


「向かってきているのは魔族じゃぞ? 悪い奴かどうかは知らんがな」


 魔王があたかも当たり前のように答えた。気配だけで魔族だと分かったのだ。

 魔王ならこのくらいのことは当然朝飯前だろう。否、今は夕暮れ、夕飯前だろう。

 しかし魔王を魔王と認識している人物はこの中で勇者しかいない。

 よって、気配だけで魔族だと分かった魔王に疑いの目が向けられる。


「な、なんじゃ? 疑ってるのか? 向かってきてるのは魔族じゃろ。なっ、ゆーくん」


 疑っているのは魔族かどうかではない。なぜいち料理屋の店主が魔族かどうかを気配だけで判別できるのかだ。

 それなのに勘違いしている魔王は勇者に振った。


「魔族で間違いないな」


「そうじゃろ。そうじゃろ」


「それもスケルトンだな。まだ夕暮れなのに出現するなんて珍しいな」


「スケルトンキングもいるのぉ。何かあったんじゃろうか?」


 ますます疑いの目が向けられる発言を連発の魔王と勇者。

 もはや正体をバラしているのと同じ行為を無自覚でおこなっている。


「話の途中ですまない。お二人は気配だけで魔族だと、それも種族までもわかるのか?」


 居ても立ってもいられなくなった女剣士が疑問を口にする。


「それくらい当然じゃろ?」


「ああ、普通だ」


 再び当たり前のように応える魔王と勇者。

 直後、なんとも言えない空気が『魔勇家』を包み込む。

 女剣士は疑いの目を強め、女魔術師とエルフは視線を交差している。羊人はというとものすごい勢いでメモを取り始めていた。

 そんな反応の悪さとなんとも言えない空気によって、ようやく自分たちが普通ではないおかしな発言をしている事に気づく。


「あ、あ、あれじゃよ。こ、こないだの偽魔王と偽勇者の件があったじゃろ。あれから妾たちは気配に敏感になったんじゃよ」


「そ、そうだよ。その通りだよ。まーちゃんの言う通り。俺たち敏感にね?」


「もう敏感も敏感。大敏感じゃ!」


「そう! 大敏感! だから気付いたんだよ」


 苦し紛れの言い訳。そして下手くそな笑顔と何かを隠しているような挙動不審な動き。

 いくら変装魔法で正体をバレないようにしていたとしても、今までの不可思議な行動や言動、そして今回の事、全ての点が結びつき線となって、最終的に正体がバレてしまうことになりかねないだろう。


「気配だけで種族までも判別できるのは……過去に魔王と勇者しかいませんよね。もしかして店主のお二人って……」


「そうね。長寿命の私も魔王と勇者以外聞いたことがないわね」


 核心に迫る羊人。それを肯定するエルフ。

 魔王と勇者の正体がバレるまであと一歩のところまで追い詰められた。


「あ、いや……そのだな……」


「そ、そのじゃな……」


 苦し紛れの言い訳ももはや出てこない。

 そんな時だった。


『余が二人に伝えた』


 この場にいる全員の脳内で(りん)とした声が再生された。

 その凛とした声の持ち主は――


「「「邪竜さん!!」」」


 〝災厄で最凶〟と恐れられていた存在――そして『魔勇家』の常連客でもある邪竜だった。

 脳内で声が再生成した直後、姿を見せた邪竜にこの場にいる全員が声を揃えて邪竜の名を呼んだのだ。


『余が伝えた外の状況を二人は自分たちが気付いたと勘違いしたんだろう。まあ、無理もない。思念伝達に慣れていなければ、自分たちの力だと勘違いしてしまうだろう』


 邪竜はそれらしいことを言って魔王と勇者を庇った。

 邪竜は――邪竜だけは女店主と男店主の正体に、すなわち二人が魔王と勇者だと気付いているのだ。

 このままバラしてしまえば良かったのにも関わらず邪竜はなぜ二人を庇ったのか?

 〝翡翠のバジリコ担々麺〟という最上級の料理を食べさせてもらった恩義。それこそが邪竜が二人を庇ったたった一つの理由だ。


『それ余は魔王と勇者のことをよく知っている。元勇者パーティーのお主らもそうだろ? だったらわかるはずだ。店主たちは魔王と勇者ではないということを』


 とどめの一言。

 この一言によって女剣士は深く頭を垂れた。


「疑ってしまってすまない。確かにそうだな。邪竜さんが思念伝達をしていたのなら辻褄が合う。本当にすまなかった」


「す、すすす、すいませんでした……」


 女魔術師も女剣士に合わせて謝罪する。

 エルフも羊人も同じように頭を垂れた。

 そこまでしなくてもいいと思う光景だが、彼女らには担々麺を食べさせてもらっているという恩義がある。

 だからこそ心からの謝罪が偽りなく自然と出てしまい、このような光景を生んでしまったのである。


「わ、分かったのじゃ。頭を上げるのじゃ」


「そ、そうだよ。頭を上げてくれ。俺たちも勘違いしてたんだしさ……」


 魔王と勇者も邪竜のそれらしい話に合わせた。

 そうするしかなかったからだ。


 その後、四人が頭を上げた。

 先ほどまでの重たい空気はもうどこにもない。いつもの『魔勇家』に戻っていた。

 否、いつも以上にほのぼのとした『魔勇家』になっていた。


「このこの〜、邪竜め〜、思念伝達め〜、このこのなのじゃ〜」


「ここか? ここが邪竜さんの弱点か? ここなのかー? ここが弱点なのかー?」


 魔王と勇者は邪竜が窮地(きゅうち)を救ってくれたことが嬉しくて小動物のように()で始めた。


『や、やめるんだ! く、くすっぐたい! くすぐったいぞー! グハッ、グハッ、グハッハッハッハー! く、首と腹はダメー! ダメだー! グッハッハッハッー!』


 邪竜もまた、くすぐったさと気持ちよさの狭間を彷徨い声を上げ続けたのだった。

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