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038:噂をすれば影、憤怒の魔王と勇者

 女剣士が偽魔王と偽勇者について話している時、魔勇家(まゆうや)の出入り口の扉が開く。



 ――チャリンチャリンチャリンッ。



 心地良い銀鈴の音色が店内に響き渡った。

 そしてその音色の方へ全員が意識を向けた。

 誰が入ってくるのか、その答えだけを求めるかのように全神経が扉の方へ集中したのだ。


「――あはっ!!」


 飄々(ひょうひょう)とした笑い声が店内にいる全員の鼓膜を振動させ、心地良い銀鈴の音色をかき消した。

 

 その瞬間、この場にいる全員が扉を開けた人物が誰なのかを理解する。

 たった今話題に上がっていた偽魔王と偽勇者だということを理解したのだ。

 噂をすれば影、ということわざがあるが、まさにそれだ。


 扉を開けたのが偽勇者と偽魔王だと理解してから全員が動き出したのだが、時すでに遅し。

 その動きは偽魔王と偽勇者からしたら一拍遅い。

 なぜ一拍遅れたのか、それはここが担々麺専門店『魔勇家(まゆうや)』だから――そう、料理屋だからだ。


 頭の片隅では偽魔王と偽勇者が来るかもしれないと一寸でも思っていた。

 けれどそれ以上に新規のお客さんが来店する可能性を考慮してしまったのだ。

 だからこそ戦う意志があるものからしたら、一拍遅れの動きになってしまったのである。

 それは常連客たちのみならず魔王と勇者も同じだった。

 その一拍の遅れが命取りとなる。



 ――ザバババババンッ!!!!!



 偽魔王の風の刃が空間を裂きながら放たれた。



 ――ズザザザザザンッ!!!!!



 偽勇者の音を置き去りにした斬撃が放たれた。


「――守れ!!!!」

「――危ないッ!!!」

『――店主は余が守る!』


 一拍遅れたからといって何もできないわけではない。

 この場には一筋縄ではやられてはくれない強者たちがいるのである。


 女剣士は二本の長剣を抜刀(ばっとう)、女魔術師とエルフは無詠唱で魔法を発動し、正義の盗賊団の二人を偽魔王の風の刃から守った。

 龍人は胸の前で腕をクロスさせて防御の構えを取り、鬼人は拳に乗せた波動で偽勇者の斬撃を防ぎ、羊人を守った。

 邪竜はその身を挺してにして魔王と勇者を、そして厨房を守ったのだった。


 こうして強者たちの咄嗟の行動によって、非戦闘員である者たちを守ったのである。

 しかし偽魔王と偽勇者の攻撃はこの不意打ちだけでは止まらない。


「きゃはっ!! ウケるんですけど〜!」


 飄々とした態度で拳を振るう偽魔王。

 その拳は邪竜の横腹へと直撃し、瞬きの刹那、邪竜は屋外席へと吹き飛ばされた。

 その際、巨躯(きょく)である邪竜の体が店内に設置されているテーブルや椅子もろとも吹き飛ばす。


 そして吹き飛ばされたのは邪竜だけではない。

 鬼人と女剣士もそれぞれ別の方へと吹き飛ばされていた。

 スキル《瞬間移動》を発動した偽勇者にやられたのだ。

 鬼人は天井へ、女剣士は厨房の方へと吹き飛ばされたのである。

 しかしこの二人、ただ吹き飛ばされたのではなく、正義の盗賊団と羊人を守って吹き飛ばされたのだ。

 邪竜も同じ。ここの店主――魔王と勇者の二人を攻撃から守った後に吹き飛ばされたのだ。

 身を挺して弱き者を庇ったのである。強者という自覚がなければそのような動きはできないであろう。


 そんな強者たちが吹き飛ばされた今、残された者たちだけで、さらなる攻撃に備えなければならない。

 龍人、女魔術師、正義の盗賊団の頭と下っ端、エルフ、羊人。

 今のように防ぐことは可能だろうが、やられてしまうのは目に見える。

 それでも足掻き、(あらが)わなければならない。

 残された者の中でも戦闘に長けている龍人と女魔術師の瞳に覚悟の灯火が宿る。

 それを見た偽魔王と偽勇者は飄々と笑いながら、その灯火を魔法の一発、聖剣の一振りで消そうとした。

 防げるか防げないか、ギリギリの速度で放たれた風の刃と聖剣の斬撃。

 その風の刃が龍人の顔面へ、聖剣の斬撃が女魔術師の腹へ容赦無く撃ち込まれる寸前、目を疑う出来事が起きた。

 風の刃と聖剣の斬撃が消失し、偽魔王と偽勇者が回転しながら扉の方へと吹き飛んでいったのだった。


「――ぐぉおおッ」

「――ぬぁああッ」


 偽魔王と偽勇者は扉ごと吹き飛んだが、何事もなかったかのように綺麗に受け身を取って見せた。

 しかしその脳内では何が起きたのかを必死に思考していた。

 なぜ吹き飛ばされたのか。それ以前にどうやって自分たちを吹き飛ばしたのか。何が、誰が、どうやって、自分たちを吹き飛ばしたのか。

 強さには絶対的な自信があったからこそ、今起きたことを理解するのに時間がかかっていた。


 そして偽魔王と偽勇者と同じようにこの状況を理解できない者たちがいた。それは常連客たちだ。

 全体を見渡せるところにいた邪竜ですらも、視覚からの情報では確認できなかったため状況を理解できずにいるのだ。

 逆に近くにいた羊人やエルフも、もっと近くにいた龍人と女魔術師もそれを確認することができなかった。

 もちろん視覚からの情報のみならず、五感や第六感のようなものでも理解することができずにいたのだ。

 それはそれでいい。好都合。そう思っている者が二人いる。この理解できない状況を作り出した張本人たちだ。

 ふつふつと煮えたぎる怒り、そしてその正体を隠して、入り口正面に立っている偽魔王と偽勇者を見ていた。

 そう。この状況を作り出したのは女店主と男店主――すなわち魔王と勇者の二人だ。


「なあ、まーちゃん」


「どうしたんじゃ? ゆーくんよ」


「他のお客様に迷惑をかける客への対処法と、店で暴れてる客の対処法って、どうするのが正解なんだっけか?」


「そうじゃな。妾が知っている料理屋のルールじゃと……なんじゃったけな。えーっと……とりあえず、ぶっ飛ばして二度と来れないようにするとか? じゃったような気がするぞ。」


「あー、それそれ出入り禁止、いわゆる出禁ってやつ。それじゃ料理屋のルールに沿ってこいつらを出禁にするか」


「そうじゃな。出禁じゃな」


 魔王と勇者は同時に一歩踏み出した。

 入り口正面に立つ偽魔王と偽勇者に向かってゆっくりと歩いていく。


「俺たちの店で暴れたことを」


「妾たちの大事な客に迷惑をかけたことを」


「後悔させてやる」「後悔させてやるのじゃ」


「偽物の魔王!!!!」「偽物の勇者!!!!」


 憤怒する店主二人の声が重なった。

 その二人が魔王と勇者なら誰も止めなかっただろう。

 しかし変装魔法で正体を隠しているため、偽魔王と偽勇者を含めたこの場にいる全員が、二人のことをただの人間族と悪魔族にしか――ここの店主にしか思っていない。

 だからこそ、常連客たちの口からは、制止の声が発せられる。


「ダメだ店主! 勝てるわけがない! 我々に任せろ!」

 と、使い物にならなくなった腕を抑えながら女剣士が叫ぶ。


「そうだッ! ダメだァ。俺様たちでなんとかするッ! だから下がってろッ!」

 と、頭から流血し立つのがやっとな鬼人が叫ぶ。


『余たちが死守すると言っただろ! 反撃へ移る。お主らは下がっていてくれ!』

 と、痛みを堪えながら邪竜が叫ぶ。


 龍人も女魔術師もエルフも盗賊頭も下っ端盗賊も羊人も、皆が制止の声をかけた。

 しかしそれで止まるはずがないのが魔王と勇者の二人だ。

 その声は逆に二人の背中を押すこととなり、二人は偽魔王と偽勇者に向かって駆けた。


 止まらない二人にすかさず補助魔法をかける女魔術師とエルフ。

 補助魔法をかけることしかできないもどかしさを噛み殺しながら、しっかりと魔王と勇者に補助魔法が付与された。


「ちょ〜ウケるんですけど〜。ただの人間族と悪魔族がアタシらに勝てるわけないじゃん。きゃはっ」


「店のためとか、客のためとか、馬鹿馬鹿しいなぁ〜。だから城が臭くなるんだよ。あぁー、掃除だりいな〜。くそッ」


「マジでそれな〜。臭すぎるんだよ。何? 獣? 脂? ほんと最悪〜」


 余裕の笑みを浮かべる偽魔王と偽勇者。

 それもそうだろう。彼らには魔王と勇者がただの人間族と悪魔族にしか見えていないのだから。

 多少魔力が高かろうが、多少威圧感があろうが、偽魔王と偽勇者には関係がない。

 過信などではない自信が彼らにあるのだ。

 それを幾度もの戦いで証明している。たった今も災厄で最凶と恐れられていた邪竜に圧倒的力を見せつけたのだ。

 これ以上の証明が必要ならば、魔王と勇者を倒すしかない。

 その魔王と勇者の二人は今はこの世界では行方(ゆくえ)(くら)ましている存在。これ以上の強さの証明は不可能なのだ。

 だからこそこの世界で最も強い存在が偽魔王と偽勇者になる。

 それだけで計り知れないほどの自信が漲るのは至極当然だ。

 だからこその余裕の笑み。だからこその舐め切った態度。


 向かってくる魔王と勇者を限界まで引き付けてからの反撃。それが余裕のある二人の狙い。

 向かってくる敵をカウンターで仕留める気持ちよさたるや他では味わえないのだ。


「カウンターだ! カウンターを狙ってるぞ店主! ダメだ! 冷静になれ! 戻れ! その補助魔法は店主たちを守るためのものだ! 戦うためのものじゃない!」


 冷静に状況を分析し叫んだのは龍人だ。世界最強だと自称するだけあって判断力は伊達じゃない。

 龍人は踏み出して魔王と勇者を引き戻そうと手を伸ばすが、それと同時に魔王と勇者も力強い一歩を踏み出していた。


「そこの雑魚の言う通りだよ〜。オレたちの攻撃を受けたら死ぬかもよ?」


「そうそう。死んじゃうよ〜? 死んじゃうよ〜?」


 子供のような挑発だが、元勇者パーティーの女剣士や元魔王軍大幹部の鬼人を倒した者からの挑発だと考えれば十分な効果がある。

 あるのだが、それは弱者に対してのみだ。

 偽魔王と偽勇者が対峙しているのは、正真正銘本物の強者。この世界で最も強い二人。

 そんな強者に挑発など通じるはずもなく。


「――ぶふごほぁッ!!!!」

「――ばはぐふぁッ!!!!」


 偽勇者と偽魔王はカウンターを喰らわせることなくさらに遠くへと吹き飛んだ。

 まただ、何が起きたんだ、と吹き飛ばされながら思考する偽勇者と偽魔王。

 すぐに体勢を整えて着地しようと試みるが、視界の端に何かを捉えた。


「――ぶふごほぁッ!!!!」

「――ばはぐふぁッ!!!!」


 視界に捉えた何かを目で追おうとした瞬間、吹き飛ばされていた体が直角に、地面に向かって落下した。

 何が起きたのかは考える必要はなかった。視界に映った何かに殴られて地面に向かって吹き飛んだのだとすぐに理解したからだ。

 自分たちを吹き飛ばすほどの何か。それがなんなのかその目で確かめるために瞳を動かす。

 砂埃が舞う視界、それでもはっきりとその姿が、自分たちを吹き飛ばした何かの正体が、その瞳に映る。


「なんでだ……」「何者なの?」


 偽勇者と偽魔王の震える声が重なった。

 二人の瞳に映った人物が、料理屋の男店主と女店主――ただの人間族と悪魔族だと思っていた二人だったからだ。


「補助魔法でここまでなるか普通……くそ痛てぇ」

「ありえないんですけど。マジムカつく」


 怒りの色に染まった偽勇者と偽魔王は、魔王と勇者から距離を取った。

 認めたのだ。弱者ではなく強者だと。

 だからこそ偽勇者と偽魔王も本気を出す。

 今まで出してこなかった本気を。


「ぶっ殺す!!!!」「絶対に殺す!!!」


「八つ裂きにしてやる!」「焼き殺してやる!」


 偽勇者と偽魔王の憤怒の声が重なる。

 

 偽勇者は聖剣を構え、偽魔王は全身に魔法を纏った。

 かつてないほどの魔力と圧力が時空を歪ませていく。

 それでも一切怯まないのが魔王と勇者である。


「あっ、やべ。聖剣置いてきた。というよりも持っていくタイミングが皆無だったわ」


「ゆーくんなら問題ないじゃろ」


「いやでも俺、魔法使えないぞ? 素手で戦うことになるんだぞ? さすがに剣を持ってる相手じゃな……」


「それじゃ、ゆーくんはあっちの小娘を相手すればいいじゃろ」


「いや、それだとまーちゃんが剣を持ったやつと戦うことになるぞ? 大丈夫か? 剣だぞ剣!」


「何を言っておる。あんな薄っぺらい輝きの剣、勇者の聖剣と比べたら棒切れ以下じゃろ。それよりもゆーくんの方こそ大丈夫か? あんなやつに負けるとは思えんが、料理のしすぎで衰えてたりしてないじゃろうな?」


「毎朝イカスミ担々麺用にイカを全力で狩ってるから衰えてはないと思うけど、まあ、衰えていたとしてもあんな薄い魔法を纏った少女には負けないかな。魔王と比べたらシャボン玉くらい薄薄だからな」


「なら安心じゃな。常連客たちに見られる前に片付けるとするか。恐らく常連客たちは、妾たちが偽魔王と偽勇者に連れていかれたと思っておる。そう思うように吹き飛ばしたからのぉ。心配して駆けつけてくるはずじゃ」


「そうだな。倒した後の言い訳はいくらでもできるけど、見られたら言い訳のしようがないもんな。でも担々麺を食べさせればなんとかなりそうな気もしないではないけど……」


「ふふっ、そうじゃな」


「まあ、担々麺は奥の手ってことで! そんじゃ喋ってる時間がもったいないからやるぞ!」


「うぬ! 速攻で片付けようではないか!」


 魔王VS偽勇者、勇者VS偽魔王の戦いが今始まる。

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