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037:しばらくぶりの来店、ピリついた空気の魔勇家

 国王軍VS偽魔王&偽勇者との戦いから五日が過ぎた頃、女剣士が女魔術師を食事に誘った。

 場所はもちろん担々麺専門店『魔勇家(まゆうや)』だ。

 傷を治癒魔法で癒してくれたお礼をするため、いつもの〝漆黒のイカスミ担々麺〟をご馳走したいと思っているのである。

 その思いを果たすため、『魔勇家』の扉を開く。

 ちなみに国王軍の治療班である治癒魔術師には、まだ担々麺について詳しくは話していない。

 落ち着いた頃に話そうとは考えているが、それがいつなのかは定かではない。

 そして『忘れていなければ』と前述に付け足す必要がある。治癒魔術師にとっては悲しい現実だ。



 ――チャリンチャリンチャリンッ。



 銀鈴の音色と濃厚こってりで芳醇なスープの香りが女剣士と女魔術師をお出迎え。

 

「いらっしゃいませなのじゃ!」


 女店主――魔王からの来店してもらったことに対しての感謝の気持ちを込めた挨拶がかけられる。


 ここまでが来店時のいつもの流れなのだが、今日はいつもと少し様子が違かった。

 ピリピリと、担々麺のようにピリ辛な空気が漂っていたのだ。

 その理由は厨房から飛び出した男店主の――勇者の言葉から判明することになる。


「聞いたぞ。国王軍が偽勇者と偽魔王と戦ったんだってな」


「あ、あぁ……恥ずかしながら敗北の烙印を押されてしまったがな……。やはり店主たちの耳にも届いていたか」


「当然だ。国王軍が敗れるなんて大スクープだぞ。とりあえずいつものイカスミ担々麺だよな? それ食べながらでいいから偽勇者と偽魔王の情報をみんなに話してくれないか?」


「みんなに?」


 女剣士は客席を見た。

 勇者が言うみんなとは、もちろん常連客のこと。そしてそこには勇者と魔王――男店主と女店主も含まれる。

 ここでようやくピリついた空気の理由が判明するのだ。


「そうか。皆、魔王と勇者……いや、偽魔王と偽勇者と言ったか。奴らに対しての敵意の感情だったか」


「す、す、す、すごい、く、く、くう、空気、で、お、お、驚いちゃいました、よっ」


 女魔術師もピリついた空気の理由に気付き、それが敗北した自分たちへ対するものではないことを知った。

 だからこそようやく口を開くことができたのだ。

 おどおどしているのはいつも通り。これでも安堵している方なのだ。


「わかった。ここの者たちは――常連客たちは信用できる。過去に敵対した者も何人かいるが、それは過去の話だ。知っていることを全て話そう。国だけが知る極秘情報もな」


「国だけが知る極秘情報ですか!?」


 異様なまでに驚きの声を上げたのは羊人族の男だ。

 彼が声を上げたのは当然と言えば当然。羊人はキャリア三十年の情報屋だ。

 国だけが知る極秘情報となれば、喉から手が出るほど欲しいに決まっているのである。


「ああ。ただし情報屋の貴方にではなく、ここの常連の貴方に聞いて欲しい」


「わ、わかりました。一旦仕事は忘れましょう」


 羊人はメモ帳をポケットに仕舞い行動で示したのだ。


「担々麺ができるまでの少しの時間も無駄にはできないぞ。早速だが――」


「――いや待て!!!」


 話を始めようとした女剣士の声を遮ったのは勇者だ。


「俺も聞きたいから担々麺ができてから話してくれ! 食べながらで頼む!」


「店主も聞きたいのか。まあ当然だよな。国の一大事だからな。わかった。だが、それなら食べ終わるまで待ってくれ。食べているときは担々麺に集中したい。何せしばらくぶりの〝漆黒のイカスミ担々麺〟だからな。ゆっくりと味わいたい」


 女剣士の横ではぶんぶんと首を縦に振って肯定している女魔術師の姿があった。

 おどおどしている性格とは裏腹に『ぶんぶん』という文字が可視化されそうなほど、激しく元気いっぱいに首を縦に振っているのだ。


 魔王と勇者は女剣士と女魔術師が注文した〝漆黒のイカスミ担々麺〟の調理に急いで取り掛かる。

 そして五分ほどで完成させて席へと運んだ。

 女剣士は〝漆黒のイカスミ担々麺〟を待っている間、勇者と約束した通り偽魔王と偽勇者についての話をしなかった。

 他の常連客たちも皆、その話には一切触れず各々で時間潰しをしているという状況だった。



 ――ズルッ、ズルルッ、スーッ。



 〝漆黒のイカスミ担々麺〟を食べている間も偽魔王と偽勇者の話はない。

 それも〝漆黒のイカスミ担々麺〟に集中し、ゆっくり味わいたいという意見を尊重してのことだ。

 担々麺を愛する者ならわかるのである。食事を邪魔されたくない気持ちが。


 女剣士と女魔術師は本当に美味しそうに〝漆黒のイカスミ担々麺〟を食べた。

 久しぶりの〝漆黒のイカスミ担々麺〟だけあっていつも以上に美味しく感じていたに違いない。

 その証拠にスープを全て飲み干したのだった。

 丼鉢(どんぶりばち)の中には、ルビーのように輝くラー油とダイヤモンドのように輝く脂、そしてブラックダイヤモンドのように輝くイカスミだけが残っている。

 もはや一滴もスープが残っていないと表現できるほどの完食っぷりだ。


 〝漆黒のイカスミ担々麺〟を食べ終えたということは、偽勇者と偽魔王についての話が始まるということ。

 この場にいる全員が気を引き締め、意識を女剣士に集中させた。


「あ、ああ、あ、あ、あいつらは……ほ、ほ、ほんも、()()、で、です……」


 最初に口を開いたのは、女剣士ではなく女魔術師だった。

 この場にいる全員が『お前が喋るのか』と心の中でツッコんだのはさておき、その内容に勇者が驚愕の色を浮かべる。


「ほ、本物ってどういうことだよ! 鬼人は偽物だって言ってたし、情報屋さんの情報でも本物じゃないって……それに本物は、本物は……」


 本物はここにいる、と言いたげな勇者。

 それを言ってしまえば、魔勇家(まゆうや)を閉店さざるを得なくなってしまうだろう。

 そして騙したのか、と常連客たちから反感を買ってしまうことになる。

 そうなってしまった場合、偽魔王と偽勇者の話どころではなくなってしまう。

 むしろ偽勇者よりもタチが悪いかもしれなくなってしまうのだ。

 そんな正体を明かしそうな勇者の冷静さを取り戻させるのは、彼の隣にいる魔王だ。

 魔王は焦ることなく、落ち着いた表情で勇者に向かって口を開く。


「落ち着くのじゃ、ゆーくん。女魔術師はまだもごもごしておる。続きがあるのじゃろう」


 その魔王の言葉通り女魔術師はまだ何かを喋ろうとしていた。

 魔王のおかげで勇者が落ち着き、そのタイミングを逃さまいと女魔術師は一度深呼吸をしてから口を開く。


「ほ、ほん、本物……と、い、言ったの、は……つ、強さ……ち、力の、こ、ことです……ゆ、勇者様、ほ、本人では、ない……のは、こ、この目で、た、確かめ……ま、ました。で、でも、せ、せ、聖剣も、ま、魔力も……ゆ、勇者様と、お、同じ……強さ、でし、た……」


 女魔術師が言う本物とは『強さ』のことだった。何も勇者本人だとは言っていないのだ。

 おどおどとしているものの、言いたいことを最後まで言い切った女魔術師は、達成感よりも後からきた恥ずかしさに顔が真っ赤に染まり、それを手で覆い被して隠した。

 勇者と女剣士以外の面々は、こんなに喋れるんだ、となぜかそこに感心した様子でいたのだった。

 そのまま女魔術師から女剣士に話の主導権がバトンタッチされる。

 そして国王軍VS偽魔王&偽勇者の戦いで起きた事を女剣士は詳細に話したのだった。

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