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032:とってもウメェエエエ故郷の味、それがチーズ担々麺

「ゆーくんよ。情報屋はチーズ担々麺を頼んだぞ」

「了解! 取材を受けれるように丁寧に作らなきゃだな」


 勇者ユークリフォンスは〝白光(はっこう)のチーズ担々麺〟の調理に取り掛かった。


 〝白光のチーズ担々麺〟の調理工程は、通常の〝究極の担々麺〟とほぼ同じ。

 白色の丼鉢(どんぶりばち)にとろとろの背脂、赤唐辛子とアッカの実の粉末、担々麺の(もと)であるペーストした胡麻と味噌を合わせた芳醇で味わい深い特製の味噌、厳選されたゲンコツを使用し熱々に煮込んだ濃厚こってりなスープ、これらを入れてよく混ぜる。

 そこに茹でたコシのあるもちもちの縮れ麺を投入し、その上に具材を載せていく。

 具材は旨辛の豚挽肉、新鮮な青梗菜(チンゲンサイ)、シャキシャキの白髪ネギ。担々麺を支える具材三銃士だ。

 具材三銃士が載った後、ルビーのように輝くラー油と皮を剥いて焙煎された胡麻、刻んだ青ネギがかけられる。

 と、ここまでは通常の〝究極の担々麺〟と全く同じ調理工程であり、ここからが〝白光のチーズ担々麺〟のための調理が――すなわち仕上げが始まるのだ。


 まずはスープが見えなくなるまで、三種類のチーズがぱらぱらと載せられていく。

 三種のチーズは、ナチュラルチーズとゴーダチーズとモッツァレラチーズだ。

 熱によってとろけて伸びる三種のチーズは、味を変化させるだけではなく、食感までも変化させるのである。

 担々麺をこよなく愛する魔王と勇者が厳選したチーズだけあって、そのとろけ具合と伸び具合は異常なほどである。


 三種のチーズが満遍(まんべん)なく載せられたら、中央にこれでもかと言うくらいに粉状のパルメザンチーズが振りかけられる。

 雪のように振りかけられているその光景は、世界遺産に匹敵するほどの美しさがある。まるで雪が積もった富士山だ。

 富士山を知らない異世界では宝石のダイヤモンドに見えるだろう。それほど振りかけられたパルメザンチーズは美しく光り輝いているのである。

 白色の丼鉢と相まって、真横から見ると本当に一つのダイヤモンドのように見える。


 山のように積もったパルメザンチーズ、海に浮かんでいるかのような三種のチーズ。

 最後に全体を少し炙りチーずに焦げ目を入れれば〝白光のチーズ担々麺〟の完成だ。


「まーちゃん! 完成したぞ! チーズが溶ける前に急いで運んでくれ! 景色と一緒で完璧なこの状態は今しか見せられない!」

「わかっておる! スピード勝負じゃ! このインパクトある見た目に皆が驚くこと間違いなしじゃ!」

「そう! スピード勝負! だけど転ばないように気を付けてね。チーズ担々麺は何度でも作れるけど、怪我とか火傷とかしたら一生傷が残ってしまうからな」

「妾は魔王じゃぞ? 怪我もすぐに治るし火傷なんてせんのじゃ」

「そ、そうだった。まーちゃんは魔王だった。くっ、あまりの尊さに心配しすぎてしまったぜ。でも気を付けてな。キミが心配なのはキミが魔王だとしても変わらないんだから」

「は、恥ずかしい事を言うでない。って、そんな事を言っている間にチーズの山が崩れかけておる! い、急がなければ!」


 魔王マカロンは勇者ユークリフォンスから〝白光のチーズ担々麺〟を受け取った。

 イチャイチャしていた時間が長かったため、パルメザンチーズが溶け始めて崩れかけてしまっているが、これ以上崩れてしまわないよう慎重に、そして転ばないように気を付けながらムートンが待つ席へと運んだ。


「お待たせなのじゃ! 〝白光のチーズ担々麺〟じゃ!」


 全員が驚くことを確信しているのにもかかわらず、何食わぬ顔で〝白光のチーズ担々麺〟を席に置いた。

 そして案の定「お〜!!!」という驚きの声が魔王の鼓膜を振動させる。

 それでも何食わぬ顔はキープしたまま、驚いてもらえた喜びを隠したまま、魔王マカロンは「ごゆっくりどうぞなのじゃ」と一言残し、(きびす)を返して厨房へと戻っていった。


 厨房へ入ると、すぐさま小胸の前でガッツポーズを取る。そのまま客席を覗いている勇者ユークリフォンスの横へ吸い込まれるように駆けていく。


「みんなチーズ担々麺に釘付けだぞ!」

(みな)、お〜、って声を出して驚いておったぞ! ゆーくんも聞こえたか?」

「ああ、聞こえたよ。あのチーズの量はインパクト大だからな。思わず声が出ちゃうわな。まーちゃんの何食わぬ顔も可愛すぎたし」

「わ、妾の顔じゃなくて客の反応を見るべきじゃ! 恥ずかしいじゃろ!」

「いや、だって……ついつい見惚れてしまったんだから仕方ないだろ」

「まったく……おぬしってやつは、嬉し恥ずかしの言葉を何度も何度も……だから妾はおぬしに惚れたんじゃ。って、今はそれどころじゃないじゃろ! 見るのじゃ! 情報屋が箸を掴んだのじゃ!」

「さらに驚くだろうな。伸び〜〜〜〜〜るチーズに!!」

「そうじゃな! 伸び〜〜〜〜〜〜〜〜るチーズに驚くこと間違いなしなのじゃ!」


 魔王マカロンと勇者ユークリフォンスは実況を交えながら、ムートンが〝白光のチーズ担々麺〟を食べるところを楽しそうに覗くのだ。

 彼らの瞳にはムートンが持つ箸がチーズに触れた瞬間が映っている。そのまま伸びるチーズの反応を伺う。


「な、なんですかこれは!? チーズってこんなに伸びるんですか!?」


 魔王マカロンと勇者ユークリフォンスの予想通り、どこまでも伸びるチーズにムートンは衝撃を受けていた。

 ムートンだけではなく、他の客も釘付けで伸びるチーズを――ゴーダチーズ、ナチュラルチーズ、モッツァレラチーズが混ざった三種のチーズを見ていた。


 チーズは縮れ麺とともに宙へ持ち上げられ、視界が曇るほどの白い湯気を(のぼ)らせる。

 縮れ麺には濃厚こってりな担々麺のスープが通常の〝究極の担々麺〟よりもたっぷりと絡んでいる。これもチーズのおかげだ。

 チーズと縮れ麺とスープ。この三者が手を取り合った至極の一杯。それが〝白光のチーズ担々麺〟なのである。


 そんな至極の一杯のお味はというと……



 ――ぱくッ!!



「う、う、う……」


 一口咀嚼(そしゃく)したムートンの口から声が漏れた。

 その漏れた声は味の感想を言う助走のようなもの。

 次の一言こそが重要なのだ。


「ウメェエエエエエエエエエ!!!!!!」


 ムートンは羊のように叫んでしまった。

 それほどの美味さだったのだ。


「――はッ!! す、すいません」


 叫んでしまったことにすぐ気が付いたムートンは口を押さえた。

 今更口を押さえても叫んでしまった事実をなかったことにすることなどできない。

 それでも口を押さえながら、口内に残っている麺とチーズを咀嚼し飲み込む。


 叫んだことに対して誰からも指摘や注意がなかったのは、不幸中の幸いだとムートンは思っている。

 全員が初めて担々麺を食した時、同じようなリアクションを取っていたことを知る由もないムートンには、そう思うしかないのである。


(思わず叫んでしまいました。注意されなくて本当に良かったです。まさか叫んでしまうほどの美味しさだとは……焦りましたよ。それにしても美味いですね。麺のもちもちとチーズのもちもち。もちもちはもちもちでも全く違ったもちもちです。口の中で潰れてなかなか噛み切れないチーズが、咀嚼の度にコクと甘味を広がらせてくれています。それでいて口の中に広がるスープの旨味も相まって…………)


「――ウメェエエエエ!!!」


 心の声が漏れた瞬間だ。


 たったの一口でここまで楽しめる〝白光のチーズ担々麺〟はまさに究極の逸品、至極の一杯である。

 口内が寂しくなるのと同時に胃と脳が――全身が激しく〝白光のチーズ担々麺〟を求める。

 それに従いムートンは二口目に手を出す。


 二口目はまず粉状のパルメザンチーズを少しだけ崩し、小雪のような粉チーズと三種のチーズ、そして縮れ麺を一緒に掴んだ。

 雪化粧された縮れ麺が口へ運ばれる。



 ――ズーッ、ズルルッ!!



「ウメェエエエエエ!! 粉のチーズを一緒に食べることによって、口の中に優しい乳の味が広がりました! あぁ、これは……この味は、故郷を思い出します。羊人族の国の味! それはつまり平和の味です! なんて美味しさなのでしょうか! 〝白光のチーズ担々麺〟は――!!!」


 またまた心の声が漏れていることに気付いていないムートン。さらにはメモを取ることすらも忘れている。

 これがもし取材としての食事なら情報屋失格だろう。

 しかしこれは取材ではない。取材をするかどうか見極める段階だ。

 だから好きに食べて、好きに感想を述べてもいいのだ。



 ――ズルズルッ、ズズズッ、ズルルッ!!



「ウメェエエエエエエエ!!!!」



 ――ズルッ、ズーッ、ズルルッ!!



(山のようだった粉のチーズがスープと絡んでいくに連れてスープがどろどろに! 口当たり最高すぎますよ! それでいて乳のマイルドさが相性抜群です。チーズの海から少しだけ顔を出している具材もまた一興ですね。豚挽肉とネギと青梗菜(チンゲンサイ)。絡め方次第で無限のレパートリーを生み出しています。徐々に徐々にスープと混ざり合っていくチーズ、減っていく具材や麺。変わりゆく変化に二度も同じ一口を味わうだなんて不可能に近いです。一口一口を大事に食べたいですが、大事に食べている間にさらなる美味さを逃す可能性もありますよね。もどかしいですがペースを崩さず食べるしかないですね)



 ――ズルズルッ、ズズズッ、ズルルッ!!



「ウメェエエ! ウメェエエ! ウメェエエエエエエエ!!!!」


 ムートンはペースを崩すことなく〝白光のチーズ担々麺〟を見事に完食する。

 丼鉢にはダイヤモンドのように輝く脂とルビーのように輝くラー油しか残っていない。

 口元に付着した脂をテーブルに置いてある紙ナプキンで拭き取りながら思考を始めた。


(なるほどですね。食べてわかりました。有名人たちがここに集まるとんでもない理由が……。担々麺は謂わば彼らのエネルギー源。こんなに美味しい料理は直接そのままエネルギーに還元されます。美味さはパワーです。今の私がそれを証明しています。体の底からパワーが湧いてきています。だから彼らは、いずれ来たる世界大戦に備えるべく、担々麺を食してエネルギーを蓄えていたんですね。絶対にそうです)


 全くもって勘違いである。

 思考を読める能力を持った者は、この中にはいないため、それを正す術はない。


(だがこれでは情報が不十分ですね。これからも調査が必要になります。ここに何度も通うことで、客の会話や動きから、いずれ来たる世界大戦のヒントを得られるかも知れませんからね。とりあえず、食べることに夢中になっていたせいで忘れていた味の感想のメモをしなければ。そのためには……もう一度注文です!)


「すいませーん。おかわりをいただけないでしょうかー?」


 ピシッと手を挙げながら厨房へ向かって叫んだ。

 厨房からは「はーい」と返事が返ってくる。

 その返事が鼓膜を振動し、その振動が心臓へと伝染。心拍数が上昇する。

 まるでワクワク気分で大好物の料理を待つ子供のように鼓動を昂らせているのである。


 その気持ちのまま二杯目の〝白光のチーズ担々麺〟を完食。

 今回も食べることに夢中になってしまいメモを取ることをすっかり忘れ、終始「ウメェエエ」と叫びながら完食したのである。

 そんな自分を責めたりはしなかった。むしろ〝白光のチーズ担々麺〟の美味さを再確認することができた喜びの方が強かったのだ。


(これから何度もここへ通うとしましょう。まだまだ食べる機会はありますからね。味の感想はまた次回でいいです。それよりも重要なのは世界大戦です。いずれ来たる世界大戦の情報を少しでも集められた自分を褒めなくてはなりませんね。よしっ。ご褒美に三杯目も食べるとしましょ!)


 こうしてキャリア三十年のベテラン情報屋の羊人族の男――ランセ・ムートンが〝白光のチーズ担々麺〟の虜になり『魔勇家』の新たな常連客となったのだった。

 今後も世界大戦が起きるのではないかという勘違いをしながら、ここに通い続けることとなるのである。


「ウメェエエエエエ!!!!」


 本日三杯目の〝白光のチーズ担々麺〟も余裕で完食した。


 ちなみに取材の件は保留という形で曖昧に話が終わってしまった。


 ムートンも他の常連客同様に『魔勇家』を有名にしたくないのである。

 もしも有名になり大行列にでもなってしまったら、自分が気軽に食べることができなくなってしまうのだ。

 本当に美味しいお店ほど宣伝したくないもの。自分だけの秘密にしたいものなのである。

 それを情報屋がやってしまうのはどうかと思うが、それだけ担々麺という料理が美味いという証拠なのである。

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