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030:キャリア三十年の情報屋、取材を受けるに相応しい料理屋か見極めるために

 今日もまた個性豊かな客が担々麺専門店『魔勇家(まゆうや)』にやってくる。


(ここが担々麺専門店『魔勇家』ですね。キャリア三十年――世界一の情報屋である私が取材を受けるに相応しい料理屋かこの目で見極めてあげます。元魔王城で経営していますからね。それだけで大きな見出しになることは間違いないでしょう。担々麺という料理も気になりますし。腕が鳴りますね)


 丸眼鏡をかけた羊人族(ようじんぞく)の男――ランセ・ムートンが、メモ帳とペンを強く握りしめながら扉を開く。



 ――チャリンチャリンチャリンッ。



「いらっしゃいませなのじゃ。おっ、羊人族ということは情報屋じゃな? ささ、こちらの空いてる席へどうぞなのじゃ!」


 心地よい銀鈴の音色とともに声をかけたのは、ここの女店主――魔王マカロンだ。

 羊人族の男ムートンは、取材を依頼されてやってきた情報屋だ。ムートンが来店する事を魔王マカロンと勇者ユークリフォンスは予め知っていた。

 なぜならムートンに取材を依頼したのが、魔王マカロンと勇者ユークリフォンスだからである。


 来店したからといって取材が始まるわけではない。

 ムートンが店に入る前に意気込んでいたように、まず取材を受けるに相応しい料理屋かを見極めるのだ。

 それで合格なら改めて別日を設けて取材を始めるのである。

 それがキャリア三十年の情報屋としてのルールなのである。


「はい。取材を受けるに相応しいか見極めさせていただきます。よろしくお願いします」

「うぬ。お手柔らかに頼むぞ」


 ムートンは魔王マカロンに案内された席へと腰を下ろした。


(店主の娘さんですかね? いや、角と尻尾と羽根……悪魔族ですか。でしたら彼女が店主ですかね。それにしても見た事ない格好をしていますね。黒いタオルのバンダナと腰だけのエプロン。それに長靴ですか。面白い制服ですね。メモメモっと……)


 ムートンは魔王マカロンの姿をこっそりとその瞳に映しながらメモを取った。

 もちろん魔王マカロンは見られていることに気付いている。

 気付いているのだが、取材を受けるに相応しいかを見極めるために必要な事なのだと悟り、そのまま自然体で接する事を選ぶ。


「では注文が決まったら妾を呼んでくれなのじゃ。わからないことがあれば、妾でも客の誰かでもいいので遠慮せずに聞いてくれなのじゃ。みんなここの常連じゃからなんでも答えられるぞ。では、ごゆっくりお選びくださいなのじゃ」


 そう言うと魔王マカロンは笑顔で(きびす)を返し、厨房へと向かっていった。


(ここにいる客全員が常連ですか!? 屋外席には最近復活したと噂の邪竜カタストロフィー、店内には元勇者パーティーの剣士リュビ・ローゼと魔術師のエメロード・リリシア、それに元魔王軍大幹部の鬼人の大男オーグル……他にも店潰しの美食家エルバームに正義の盗賊団のロド・ブリガンとウボ・バンディー、最強だと自称する龍人族の男リューギ……こんなにも有名人が集まる料理屋は他にはないでしょう。素晴らしいです。でもなぜこれだけの有名人が集まっているのでしょうか? はっ、もしや戦争の準備をしているのでは? 有名人たちが手を取り合うほどの強敵が現れたとでも言うのでしょうか? メモです。メモ! メモしないとです!)


 ムートンは感じたままにメモを取る。

 来店客が誰なのか、どのように座っているのか、どのような格好をしているのか、どんな会話をしているのか、得られた情報の全てをメモ帳に記した。


 メモに夢中になっているムートンの背中に女性の声がかけられる。


「うふふっ、久しぶりね。情報屋さん」


 妖艶な笑みを浮かべながら声をかけたのは店潰しの美食家のエルフ――エルバームだ。


「ひ、久しぶりですね。エルバームさん。覚えててくれたのですね。嬉しいです」

「もちろんよ。あなたも私のことを覚えててくれて嬉しいわ。うふふっ。ところで今日は取材を受けるに相応しいかどうかを見極めるために来たのだと聞こえたのだけれど。第一印象はあなたから見てどんな感じかしら?」

「はい。今のところ合格ですね。とても話題になりそうな面白いお店です」

「あら、そう。残念ね」

「え? 残念? どういう事ですか?」

「あなたに取材されてここの情報が世に出てしまうと、私たちが困ってしまうのよ。それだけ私たちはこのお店を気に入っているのよ。だから残念って言ったの。うふふっ」

「困ってしまう……ですか……」


 その言葉が引っかかったムートンは思考する。


(私たちが困ってしまう、とはどういう事なんでしょうか? 何に困ると言うのだろうか? 普通に考えれば、お忍びで来ているから困るのだと解釈できますね。それぐらいの有名人が集まっているのも事実です。ですが、キャリア三十年の情報屋の私の目は誤魔化せませんよ。何か裏があるはずです。それこそ世界大戦に匹敵する戦争。もしくは闇取引。いや、待てください。国王の暗殺なんて可能性も浮上してきましたよ! とにかく、情報が足りませんね! 足りなすぎます! もう少し踏み込みましょうか。しかし踏み込みすぎてしまえば、私の命が危ないですね。慎重に、慎重に暴いていきましょう)


 ムートンに本来の目的とはまた別の目的ができる。この店の裏側を暴く事だ。

 だが、それを悟られまいと本来の目的を遂行するかのような素振りを見せながら、麺を(すす)り始めたエルバームに向かって質問を投げかける。


「そ、それはなんですか? 担々麺専門店と聞いてますが、それが担々麺なのでしょうか?」


 それとはエルバームが食べている担々麺――〝地獄の激辛担々麺〟のことだ。


「うふふっ。これは地獄の激辛担々麺よ。一口食べてみるかしら?」

「じ、地獄の……か、辛そうですね。とりあえず今は遠慮しておきます」


 口ではそう言っているが、心の中で思っていることは違かった。


(地獄ですか。何かの隠語でしょうか? 担々麺という料理が麺とスープを合わせた麺料理だと言うのはなんとなくわかりましたが、地獄という言葉は料理に相応しくないと思うんですけど……。他にもメニュー表には隠語のようなものがずらりと並んでいますね。〝究極〟や〝極上〟〝冷涼〟などはなんとなくわかるのですが、〝真紅〟〝漆黒〟〝翡翠〟……隠語と言うよりも暗号のようにも思えてきましたね。客が食べている料理の頭文字を並び替えればきっと一つの言葉が完成するに違いない。その言葉こそこの店が隠している悪事でしょうね。暴いて見せましょう。キャリア三十年のこの私が!)


 ムートンは他の客の料理の確認を始めた。


(彼は元魔王軍大幹部の鬼人族の大男オーグルですね。彼が食べているのは……エルバームさんと同じ〝地獄の激辛担々麺〟ですかね? いやでも、赤さが少し違うような気がします。それに具材も少し違うようにも思えますね。担々麺自体に詳しくないせいでメニュー表を見ても何を食べているのかがわかりません。どうしたら……どうしたらいいんでしょうか。やはり声をかけるべきなのでしょうか? わからないことがあったら声をかけてもいいと言っていましたからね。しかし本当にいいのでしょうか? 悪事を暴こうとしているのがバレてしまう可能性が……。少しでも怪しい動きは出来ませんからね。やはり声をかけるのは危険すぎます……)


 メニュー表とオーグルが食べている料理を交互に見るムートン。

 その険しい表情を瞳に映したエルバームが唇についたスープをぺろっと、妖艶に舐めてから口を開く。


「彼が食べているのは〝真紅のトマト担々麺〟というものよ」

「真紅の……トマト担々麺」


 料理名を繰り返して言うムートン。

 その声を肯定するかのようにオーグルが軽く会釈をした。


「お、教えてくださりありがとうございます。他の方々の料理も気になるのですが……」


 その何気ないムートンの言葉に、この場にいる全員が順番に口を開いていく。


「我々のは〝漆黒のイカスミ担々麺〟という担々麺だ」

「俺と(かしら)が食べているのは、〝冷涼の冷やし担々麺〟ッス」

「俺のは〝極上の担々つけ麺〟だ。これは最強だぞ。くははははっ」

『余は〝翡翠のバジリコ担々麺〟だ。特大サイズのな』


 ムートンは『なるほど』と呟きながらメモを取った。

 それと同時に頭の中で暗号の解読が始まっていた。


(〝地獄〟〝真紅〟〝漆黒〟〝冷涼〟〝極上〟〝翡翠〟ですか。頭文字を取ると、じししれごひ……。うん。わかりませんね! それに暗号ではなさそうですね。頭文字ではない別の何かに隠されているとかでしょうか? とにかく、このまま黙っているのはまずいです。怪しまれてしまいます。ここは感謝の言葉を告げて暗号解読の続きを……)


 ムートンは暗号解読が悟られないように、それっぽい挨拶を口にする。


「みなさんありがとうございます。担々麺にもたくさん種類があるんですね。ますます迷ってしまいましたよ。どれが()()()()()()のですかね?」


 ムートンの何気ない言葉にこの場の空気が一瞬にして凍てついた。

 背筋が凍るような異様な空気だ。


(な、なんですかこの空気は……何かまずいことでも、核心を突くことでも言ってしまいましたかね? もしや暗号を解読しているのがバレた? や、やばいです。こ、殺されてしまいます。確実に……殺されてしまいます……)


 緊張で心拍数が上昇。呼吸の仕方を忘れて脂汗が大量に吹き出る。

 恐怖心も混ざり体は、生まれたての子羊のように小刻みに震えていた。


(に、逃げないと!)


 小刻みに震える体で無理やり席から立ったムートン。

 あとは出入り口の扉に向かって走るだけ。

 追い付かれてしまうことは目に見えているが、死に抗う資格は誰にでもある。

 だから一歩踏み出した。

 続いて二歩目、三歩目と繰り返せばいい。

 ただそれだけの単純な動作、当たり前にできるはずの動作だと言うのに、その二歩目が踏み出せずにいた。


 なぜなら彼の前に自称世界最強の龍人族の男リューギが立ち塞がったからだ。

 ムートンはリューギの圧に怯んでしまい、せっかく踏み出した一歩を元の一よりもさらに後ろに引いてしまう。


(私の人生、ここまでですか……)


 全てを諦めたムートン。

 リューギ以外の全員も立ち上がりムートンを囲んでいたのだ。

 これはもう諦めるしか選択肢がないのである。


 弱肉強食。食うか食われるか。

 羊という生き物はいつだって食われる側だ。

 本能や遺伝子がそう教えてくれている。

 だからムートンはすぐに逃げるのを諦めたのである。


 そんなガタガタと小刻みに震えているムートンに向かって、彼を囲んでいる全員が一斉に動き出した。


(し、死んだ……)


 その瞬間、ムートンは死を覚悟した。

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