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017:選ばれたのは、真紅のトマト担々麺でした

 担々麺を作るために厨房へと戻ってきた魔王マカロンと勇者ユークリフォンス――

 厨房に入るや否や、魔王マカロンは勇者ユークリフォンスの腰に巻いているエプロンを引っ張りながら口を開く。


「すまぬ。やつは妾のところの大幹部の一人じゃ。妾がしっかりと対応するべきじゃったのに……」

「まーちゃんが謝ることなんてないよ。俺だって勇者パーティーのあいつらが来た時は、動揺してどうしていいかわからなかったからさ。気持ちは痛いほどわかる。その時は俺が助けてもらったからさ、だから今度は俺がキミを助ける番だ」


 勇者ユークリフォンスは歯を光らせながらサムズアップをした。

 相手を元気付ける表情と仕草。この表情と仕草でどれだけの人の心を救ってきたのだろうか。

 今まさに一人救われた人物がここにいる。


「ゆーくん……あ、ありがとうなのじゃ。頼り甲斐があるのぉ。ゆーくんがいてくれて本当に良かったのじゃ」

「ふんっ、お互い様だろ。さ、早く担々麺を作ろうぜ。待たせ過ぎたら、あいつ暴れ出すかもしれないからな。ここで実力行使は御免だ」


 勇者ユークリフォンスは腕まくりをしながら調理台へと向かう。

 その動作が気持ちの切り替えのスイッチでもあるのだ。


「それでどの担々麺を作るんじゃ? オーグルのやつは血の気が多いから、豚挽肉とチャーシューをたっぷり入れたチャーシュー担々麺とかか?」

「俺も最初はそう思ったよ。でも違うな。あいつは肉には飢えてないはずだ。魔獣の生肉とか普通に喰うやつだろ? 戦いの最中に見せられてゾッとした記憶があるよ。そんな魔獣の生肉でも食えるやつにどんなに美味しい肉を食べてもらったとしても感動の振り幅が小さいと思うんだ。だから新鮮で美味しい()()で勝負したい」

「ほぉ〜、肉ではなく野菜でいくのか。真逆を攻めるとは、ゆーくんらしい思考じゃのぉ。その思考には魔王軍も痛い目を見たもんじゃのぉ。それで、野菜となると……バジルや新鮮な葉野菜たっぷりな〝翡翠のバジリコ担々麺〟か?」

「それもいいが、俺が作ろうとしてるのは違う。俺が作ろうとしてるのは〝真紅のトマト担々麺〟だ――!!!」


 勇者ユークリフォンスが選んだ担々麺は〝真紅のトマト担々麺〟。

 その名の通りこの世界で収穫したトマトを使った真っ赤な担々麺のことだ。


「トマトか……勝算はあるんじゃろうな?」

「勝算しかないな。まあ、任せろ」


 トマトは好き嫌いが分かれる野菜の一つでもある。

 オーグルの好き嫌いを把握していない勇者ユークリフォンスが、それを選んだということは一種の賭けでもある。

 だから魔王マカロンは不安な眼差しを彼に向けたのだ。

 そんな魔王マカロンとは裏腹に勇者ユークリフォンスは、一切の不安を感じていない。むしろ勝利する未来しか視えていない、と言った表情を浮かべている。


 そんな自身に満ち溢れた彼は〝真紅のトマト担々麺〟の調理に取り掛かった。


 まず用意したのは真っ赤な丼鉢(どんぶりばち)だ。その丼鉢に担々麺の(もと)を投入する。

 〝真紅のトマト担々麺〟の味の基本となる担々麺の素は〝究極の担々麺〟と同じ白胡麻ベースの味噌だ。

 そこに味付けをして煮込んだトマトソースを加える。

 そうすることによってトマトの味と真紅の色を表現するのである。


 色を真っ赤に染め上げるのはこれだけではない。

 ラー油や赤唐辛子の粉末、アッカの実の粉末はもちろんのこと、赤パプリカを粉末状にしたパプリカパウダーも使用するのだ。

 それによって一気に真っ赤へ――真紅色へとスープを染め上げるのである。


 そこに旨味を濃縮した濃厚こってりゲンコツスープと、ぷりぷりでどろどろな背脂を加えてしっかり混ぜ合わせていく。

 すると、あら不思議――〝真紅のトマト担々麺〟のスープが完成するのである。


 スープが完成したら次は縮れ麺だ。茹でた縮れ麺を入れて具材を載せるための土台を作る。

 具材は担々麺に欠かすことのできない豚挽肉を最初に中心から少しズレた位置に載せる。

 真っ赤なスープの上に浮かぶ豚挽肉――中心から少しズレているのには理由があった。

 豚挽肉の隣に一口大に切ったトマトが入っているトマトソースをかけるためだ。

 そう。今回の〝真紅のトマト担々麺〟において、豚挽肉にはトマトソースというパートナーがいるのだ。

 隣り合う豚挽肉とトマトソースは、互いに支え合っているようにも見える。まるで互いを支え合い成長し合う魔王マカロンと勇者ユークリフォンスのようだ。


 支え合う豚挽肉とトマトソースの真上には、舞い散る桜のようにみじん切りされた乾燥バジルが振りかけられる。

 さらにそれだけではない。真っ赤な丼鉢の(ふち)を覆い隠すようにサラダ菜とサラダバジルが飾られていく。

 丼鉢の(ふち)が見えなくなり、それは――〝真紅のトマト担々麺〟は完成する。


 真紅に染まったスープ、中心に堂々たるや君臨する豚挽肉とトマトソース、それを囲むサラダ菜とサラダバジル。

 それはまるで一杯の担々麺というよりも、()()()()()()だった。

 真上から見た際、丼鉢が見えないのも相まって芸術感が凄まじい。

 この世界でも地球のようにSNSが流行していたのならば、写真映えする料理として話題になっていたに違いない。

 それだけこの〝真紅のトマト担々麺〟は魅力的で芸術的なのである。


 そしてその魅力は、視覚からの情報にとどまらない。当然ながら味覚からの情報、すなわち味もその魅力の一つだ。

 それを今から証明するため、〝真紅のトマト担々麺〟は客席へと――オーグルの前へと運ばれる。


「完成したぞ! 魔王軍大幹部の鬼人の大男オーグル――!!!」


 オーグルの紅色の瞳に真っ白な湯気を(のぼ)らせる〝真紅のトマト担々麺〟が映る。


「ほぉッ! 意外と早くできたじゃねーかァ。諦めて手を抜いたわけじゃねーだろうなァ?」

「当然だ。料理ってのは――担々麺ってのはスピード勝負でもあるからな! ささ、冷めないうちに食べてくれ――!!」

「冷めても冷めなくても結果は同じだッ! 一口で勝負を決てやるぞッ! 覚悟しやがれッ! もやし小僧ォ――!!!」


 オーグルは大きな手でレンゲを持った。高らかに持ち上げられたレンガは急降下しスープを(すく)い上げる。

 勝利を確信しているオーグルだが、(すく)ったスープを丁寧に口へと運んでいった。

 直後、口内にはトマトと味噌の芳醇な香りと、濃縮された旨味成分たっぷりの濃厚こってりスープの香りが広がる。

 その瞬間、オーグルは声を上げる。

 一口食べたら発すると決めていた()()()()を、その言葉の頭文字を発する。


「――ま――!!!!!」


 オーグルの大声が店内に響き渡る。

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