表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

真夜中のタクシー

作者: 長井カツヤ

 

 ある深夜、坂口はタクシーを使って帰宅する。だがそれは、普通のタクシーではなかった。

 

5分で読めるサスペンス小説です

 

 予想に反しなかなかタクシーがつかまらない。


 坂口は通りに立ち尽くしていた。そぼ降る小雨に目を細めながら空車のタクシーが流れるのを辛抱強く待っている。あいにく傘は持ち合わせていなかった。本降りのピークは過ぎたとはいえ、小糠雨こぬかあめが衣服を濡らし肌にまとわりついてくる。不快だった。


 ──今日はついていない。


 終電を逃してしまった不運に始まり、濡れ鼠のような姿となって坂口はやり切れなかった。立っているのも辛く、毎晩残業を強いる会社のせいで疲労困憊だった。

 腕時計に目をやり時刻を確認してみた。家に帰って少ない睡眠時間を計算すると余計いらいらが募る。


 坂口は業を煮やした。通りかかる車に注意を払いながら、家に向かって歩き出した。到底徒歩で帰れる距離ではないが、気持ちが前のめりとなってじっとしてはいられなかった。


 数百メートル歩いた時だった。

 鉄道の高架下にタクシーが止まっている。車体の後ろ半分は暗がりに隠れていて、危うく気付かずに通り過ぎてしまうところであった。探していたからこそ発見できたといえる。空車のサインも見逃さなかった。

 坂口は嬉しかったのもあるが、この遭遇を逃してはならないといち早く向かった。


 歩いてきた大通りから裏路地を抜けると、店や民家はなく急に物寂しい光景が広がり、ぽつんと道の先に佇む唯一の明かりは自動販売機らしかった。金網のバリケードで囲まれた遊休地は空き缶やレジ袋などのゴミが散乱し、長く伸びた巨大なコンクリートの雲梯うんていがその頭上を支配している。


 目を凝らすと車内にドライバーの姿は無く、おやっと思ったのも束の間、後ろのトランクを開けなにやら作業をしている。


 坂口は気さくに声をかけた。


「ようやく見つけたよ、これでやっと家に帰れる。運転手さん、早速頼む」


 声に驚き、タクシーの男ははっとし顔を向けた。そして坂口をみて大儀そうにいった。


「今はちょっと駄目だ。取り込み中だ」

 

 タクシードライバーらしからぬ口の利き方が気に触った。坂口はむっとし、つっかかるように訊き返した。


「駄目ってなんだよ、あんた運転手だろ」ズボンのポケットからスマホを取りだし、「乗車拒否するなら、お宅の会社に連絡するぞ」と牽制した。


 すると、あからさまに舌打ちするのが分かった。


「おい! なんだお前、どういうつもりだ!」


 その怒りは八つ当たりに近かった。思わず溜まっていたストレスを全てぶつけ感情的になった。


「ふざけんな! それが客に対する態度か!」


 坂口は力んで男に詰め寄った。

 

 急に男はバタンとトランクを閉めた。

「いや、すみません。そう怒らないでください、少し車の調子がよくないもので……」それから薄い笑みを見せ、「わかりました。ではどうぞ乗って下さい」とまるで人が変わったように頭を下げ丁重に構えた。

 笑ったせいか小さな目は糸のように細く、頬骨が発達した痩せぎすの男だった。

 

 印象は決していいものではなかったが、坂口は溜飲を下げることにした。この男は流しのタクシードライバーで、どうせ合うのもこれっきりだ。これ以上ムキになってマナーや態度に立ち入る必要はない。とにかく一刻も早く家に帰ってゆっくりしたかった。

 

 坂口は乗車した。行先を告げ、タクシーはスムーズに発進した。雨に煙る路上は視界が悪くヘッドライトの先は白く濁って見える。



 すでに車列もまばらとなった深夜の国道を飛ばし、窓に流れる外の風景をぼんやりと見つめながら、ふと坂口は妙な異音に気付いた。かすかな振動を伴い耳障りな音が聞こえてくる。

 

 不審に思い運転手に尋ねたところ、「だから調子が悪いと言ったじゃないですか。故障してるんです。でも走行には問題ありませんから心配いりません」タクシー会社の人間にそう言われたら、そうなのかなと納得するしかない。坂口は車の構造に詳しいわけでもなかった。

 何はともあれ、連日連夜の残業続きに眠気を感じうつらうつらしていた。そのうち前後不覚となり意識は暗くなってしまった。


 霧雨は、夜更けとともに深まるばかり。客を乗せたタクシーは日付を超え、白い夜のしじまに飲み込まれていった。





 あくる朝、出掛けに坂口はスマホが無いことに気がついた。


 どこかで落としたのかもしれないと記憶をたどり、タクシーに乗り込む時はあったから恐らく車内に忘れてきたのだろう。そう考えを巡らせていたが、その肝心なタクシー会社が思い出せない。問い合わせようがなかった。


 坂口はどうすることもできず、憂うつな思いを抱え慌ただしく出勤していった。


 その日の午後、坂口は会社の総務に呼び出された。何事かと思いつつ部署に向かうと、そこで待っていたのは二人の刑事である。座っていた椅子から立ち上がり簡単な挨拶と自己紹介を済ませ、刑事はいった。


「このスマートフォンが落ちているのを車内で見つけました。これは貴方の端末で間違いありませんね?」

 

「あっ、はい、有り難うございます」


 坂口は感激しこころよく礼をいった。まさか紛失したスマホを警察がわざわざ届けてくれるとは思ってもいなかった。


 刑事は互いに視線を交わした。そしてすぐに目つきを変え深刻な顔でせまった。


「ここからが本題です。恐らく貴方を降ろして直後のことでしょう。タクシーは通り魔に遭いまして──明け方、運転手の男性が刺殺体で発見されました」


 坂口は、えっ、と絶句したきり二の句が継げない。時間が止まったように硬直してしまった。


 見かねた刑事は捜査の近況を明かした。


「むろんあなたを疑って来たわけではありません。犯行に使われた凶器のナイフは遺体に刺さったままでした。指紋を調べ、目下犯人は捜索中です」


 ここは一つ捜査に協力し、事件が起きる前の様子を聞かせて欲しいと持ちかけ、もう一人の刑事が言葉を引き継いだ。


「タクシー会社にお願いして男性の元気な姿の写真を借りてきました。まずは殺害された運転手に間違いないか、あなたに確認してもらいたいのです」


 刑事は交互に喋り、タブレット端末をデスクに置いた。


「見て下さい。どうです」


 坂口は画面を覗き込むなり表情を曇らせた。すぐに首を振って、「いや、違います。この人じゃありません」と困惑気味に視線を返した。


 画像の男は、丸顔でどちらかと言えば小太りだ。目元もぱっちりしている。どう見ても昨夜の運転手とは似ても似つかない。


「刑事さん、これはいったいどういうことですか?」


 殺人と聞いて、最初は雷に打たれたようなショックを受けたが、事件は人違いではないかと頭のなかは目まぐるしく混乱していた。


「貴方の乗車したタクシードライバーは、この男性ではなかったと──?」


「はい、昨日の今日ですからね。顔はしっかり覚えてます」


 気を取り直し刑事は質問を続けた。


「昨夜の状況を詳しく聞かせて下さい」


 と言ってメモとボールペンを取りだし、車を拾った経緯や車中で何かおかしなことはなかったかと尋ねた。

 捜査に協力するのはやぶさかではなく、坂口は知ってることはすべて話そうと思った。

 

「タクシーは偶然見つけました。まるで人目を避け、隠れるように電車の高架下に止まっていたんです」


 それから記憶を探り、そう言えばと、眠りに落ちる前に聞こえた妙な()()の話をした。


「それは、どこから?」


「そうですね……あれは恐らく、後ろのトランクからかもしれません」


 刑事のメモを取る手が止まった。そして、「じつは──」と打ち明け、坂口は心し聞き耳を立てた。



「遺体はトランクの中で発見されました。しかも喉を切られ、のちに刺された胸の傷で絶命したというのが大方の予想です」


 それはつまり──と、坂口は総毛そうけ立った。苦しむ運転手を乗せ、俺は“通り魔”に送り届けてもらった?!


良かったら感想を下さい

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ