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ぐずぐず、ぐずぐずと、そして

作者: 零眠れい

 永沢友利えいざわ ともりという名は、とてもずるいと私は思う。

 君がそんな――永遠に友達なんて名前だから、だから私は思いを伝えることができなかったんだ。

 君のせいだ。君が悪いんだ。

 いつまで経っても君が私の思いに気付いてくれなかったから。親からそんな名前を貰ったから――彼女がいるくせに、私に優しくするから。

 私のせいじゃない。私は悪くない。

 だって――だって……。

 ……そんな最低なことを考えてしまう自分が、心底嫌いだった。今でも嫌い。

 わかっている。

 君が私の思いに気付かなかったのは仕方がない。最後まで私が誰にも言わなかったからだ。好きだと自覚しても、いつまでも何も行動しなかったから。あれだけ隠してたのに、察しろという方が無理がある。

 君の名前がそうなってしまったのも――それこそ誰も責められない。永沢という苗字になってしまうのは確率的な問題で、友利という名前は大切な思いを込めてつけてもらったもので、それを私が勝手に捻じ曲げて思い込んでしまっただけ。

 君がそういう態度で接するのは、君がそういう性格だから。そんなところに私は惹かれた。何も恥じることじゃないし、直すべきところでもない。自信を持って誇り、堂々とするべきことである。

 そう、君は悪くないし、誰も悪くない。迷惑をかけたわけではないし、傷をつけたわけでもない。

 ただ、私が――「好き」と伝えられなかったと、それだけだ。

 気付いたら、春がやってきた。夏が経過して、秋が過ぎて、冬が終わり――卒業式をやっていた。

 一年間。一年間、私は――この気持ちを隠し続けてきた。

 隠していたのは好きな人だけじゃない。友達にも、クラスメイトにも、家族にも、誰にも言わなかった。

 応援されると思ったからだ。

 勇気づけられて、行動を急かされると――いや、そんなんじゃない。

 もっと根本的に、単純に、恥ずかしかったから。恐かったから。最初はそれだけで済んだ――最初は。

 いつだったかな……彼が付き合っていると耳にしたのは。

 それを聞いてから私は、この気持ちを抑えるようになった。

 ……迷惑かけたくなかったんだ。あの人に、好きな人に。困らせたかったけど、困らせたくなかった。

 だから「好き」を奥に押し込んで押し込んで、布団にくるまって。無くなるのを待った。

 大丈夫、クラスは同じだし、まだ離れるわけじゃない。連絡先も交換して、いつでも話せる状況だ。一緒にいられる。ただ彼女になれなかっただけ――そうこうしている内に、いつの間に卒業証書の筒を手にして、呆然と私は校門で佇んでいた。

 遠くから彼を見れば、仲の良い人と写真を撮っている。

 ああ……本当に離れ離れになるんだと、私はようやく理解した。

 でも、でもまだ大丈夫。彼の連絡先は知っている。このままの友達関係を保ち続けられる。

 そう……高を括っていた。

 縁は徐々に薄くなっていった。数ヵ月経った今ではほとんど連絡しなくなっていた。そりゃあそうだ。新しい交流関係を育んでいるんだもの。よほど仲が良い親友でないと、もう話さなくなるだろう。

 当たり前である。必然である。

 会わなくなると、自然と連絡しようとも思えなくなって――そればかりか、どう思われてるか不安になってきて。私からメールしなくなった。彼から返事は来なくなった。

 いい加減、彼からメールが来てるのではないかとドキドキするのも、うんざりするようになっていた。

 彼にいつまでも執着してる自分が、嫌だったからだ。

 そんなことに気付いた時にはもう遅くて、ただひたすらな後悔ばかりが押し寄せる。

 言えばよかったと。

 言って――ちゃんと「ごめんなさい」って断わられたかったと。

 そうすれば、こんなにも引きずることはなかっただろうに。

 モヤモヤが収まらない。ムズムズが止まらない。イライラが飽和する。

 ――それでも彼が好きだ。

 ――だけれど彼が好きだ。

 ――どうしても……彼のことが、好きだ。

 こんな気持ちを抱いてしまったのは……果たしていつからだったか。

 いつの間にか、抱いていた。恋を抱かされていた。

 きっと些細なことだったのだろう。それが積み重なったのだろう。

 なんで好きかなんて……そんなの言葉にしきれないから、だから『好き』なんだよ。

 『コレ』を持って一年間なにも言えず、それから数ヵ月なにも話せず、更に数ヵ月が経つ。

 次第に彼がちらつく回数は減っていった。時間が彼を忘れさせてくれた。

 このまま別の誰かにまた恋をするのだろうかと、その度に誰にも言えずにいる日々を過ごすのだろうかと、そんなことを考えていたら――


「……あ、永沢君」

「おう、久しぶりだな」


 ある日の下校中。急に雨が降ってきたので屋根のある建物の下で止むのを待っていると、偶然にも彼が来た。

 半年と少ししか経っていないはずなのに、更に上がっている身長。低くなっている声。変わっているけど、変わらないその明るい表情。

 彼だ。

 私の好きな、永沢友利君だ。


「確か永沢君の通ってる学校って、こことは別の通りだよね。どうしてこっちに?」

「買いたいものがあって、少しな」

「そっか」


 その買いたいものというのは、彼女にプレゼントするものだろうか? そんな考えがすぐに頭に過る。


「しっかし酷い雨だな……こりゃあ当分止みそうにないか?」

「そうだね。もう五分ぐらい降り続けて――本当に酷い」


 せっかく彼のことを忘れかけていたのに、萎えていたはずのあの気持ちを思い出す。

 ああ……これだから、恋は嫌いだ。

 ちょっとやそっとのことで、すぐに反応してしまうから……。


「そういやこっちの学校ではそろそろ文化祭だけど、そっちは?」

「うん、再来週にあるよ。準備期間中だから毎朝早起きしないとで大変」


 苦笑交じりでそう返すと、彼も半笑いして言った。


「だよな。楽しいは楽しいんだが、夜遅くまでやれてたゲームができなくなってよ」

「ゲーム好きだもんね。永沢君」


 そんな感じに、他愛のない話題で雑談していた。何も話せない私に、彼が返しやすい話を振る。

 やっぱり優しい人だと……胸が詰まった。

 雨が止んでほしいのか止んでほしくないのかがわからなくなる。

 幸せな夢なのか悪夢なのかが区別つかない。

 胡蝶之夢のような時間がしばらく続いて、雨が止まった時に、やっとこれが現実なのだと認識した。


「お、止んだな。それじゃ、体には気を付けろよ」

「あ……」


 そうして彼は、ぽたぽたと水滴が垂れる屋根の下から出て行った。

 前を見れば、彼の遠くなっていく背中がある。

 止めなければ、もう戻ってこない背中が。


「あ、あのっ……!」


 自らを奮い立たせ、私は精一杯の声を振り絞った。

 ついさっきまでそんなつもりはなかったけれど、今やれなかったら、きっともう二度とできない。いつまでも断ち切れない。

 纏わりついてたこの『想い』が、晴らせない。


「ん、なに?」


 無邪気にこちらに振り返る永沢君。その顔つきに少し苛立ちながらも、私は口からか細い音を出す。


「その……こんな時に言うのもなんだけど、私、私――!」


 泣きそうだ。

 振られることがわかってるのに、なぜこんなことをしなければならないのか。

 でも、言わないと。

 ここで言わなければ、一生後悔してしまいそうだから――!


「……すーー……はーー……」


 深く息を吸って吐いて、私は真正面から彼を見つめる。穏やかで吸い込まれそうなその瞳を直視する。

 その優しい目つきに、何も心配しないでいいことに気付かせてくれた。


「永沢友利君。あなたに伝えたいことがあります」


 だから私も目元を隠すことなく、真っ直ぐに告げる。


「ずっと前からあなたのことが好きです。私と付き合ってください」

「――っ」


 心臓が――とてもうるさい。時間が……すごくゆっくりに感じる。

 こんな時に告白されることを想定していなかったのか、永沢君はしばしば放心していた。

 けれどすぐに表情を切りかえて、はっきりと返事をしてくれる。


「ごめん。俺彼女いるから、君とは付き合えない」

「……」


 ……そう、だよね。

 別れたんじゃないかって――少し期待しちゃった。


「……知ってます。知ってて、やりました。私の方こそ、ごめんなさい。今更、こんな――」


 知らず知らずのうちに下げていた面持ちを上げて、彼を傷つけないように――いや、きっと本心から、私は笑っていた。


「でも、はっきり言ってくれて、ありがとう」


 ――涙声だったけれど。

 一礼して、私は彼とは反対の方向へと、家へと駆ける。

 悲しいはずなのに、これもこれで後悔してるのに、どこか清々しい心で。溜め込んでいた部屋に新しい空気が入ってくるような、そんな気持ち。自分の部屋に帰ったら、もしかしたら泣いてしまうかもしれない。

 私を振った彼の名前は永沢友利。私の初恋相手です。

 好き――でした。

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