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9.それぞれの未来(1)

 驚きの事件から半年ほどが過ぎたこの日、シャルロットは再び祖国の地を踏んでいた。

 弟のジョセフの戴冠記念式典に招待されたのだ。

 あの日以降、既にエリス国の実質的な国王はジョセフだが、今日の戴冠式を以て対外的にも正式な国王となる。


 式典の開始までに少し時間があったので、シャルロットはジョセフの許可をもらって懐かしい場所を訪れた。


「ここが、シャルロットが過ごした場所か?」

「ええ、そうです」


 シャルロットは頷く。エディロンは初めて訪れるその離宮を興味深げに見ていた。

 シャルロットは何気なく部屋の扉に触れる。その扉はギギギッと音を立てた。


(この音、懐かしい)


 ガタガタと揺れる窓ガラスも、閉めても隙間風が入ってくるドアも、立て付けが悪くて閉らないクローゼットも、今となってはいい思い出だ。

 キッチンに立つと、ご飯が足りなくてジョセフと肩を寄せ合って王宮の庭園で集めたものを調理していた思い出が蘇る。


「確かにここで育てば、あの離宮の部屋は快適だろうな」

「お分かりいただけました?」


 シャルロットは背後を振り返るとにこりと微笑む。

 エディロンの言うとおり、ダナース国に行ってから案内されたあの離宮の部屋はここに比べれば天国のように快適だった。


 必要なものは揃っているし、ドアや扉は問題なく開閉できるし、ご飯はきちんと出てくるし、寒くないし!


「ここで六回も子供時代を過ごしたのか」

「はい。本当に、私が遠回りしたせいでジョセフには悪いことをしてしまいました」


 シャルロットは肩を落とす。


 あのあとジョセフに教えてもらったのだけれど、ジョセフは四度目の人生で既に自分自身の死亡ルートを回避する方法──即ちリロが神竜であり、自分自身はエリス国の国王になるという道に気付いていたという。国王になろうと決心した時点で、母親からかけられた魔力を制限する魔法が解けたのだ。

 それなのにさらに二回も追加して無駄死にを繰り返したのは、全てシャルロットのためだった。


 過去の経験から、ジョセフは自分とシャルロットのふたり共が死なないとループが発生しないことに気付いていた。そのため、非業の死を遂げたシャルロットにもう一度人生をやり直させるために、罠とわかっていながら王妃様の策略に嵌まり、自ら死を選んだ。


『ごめんなさい……』


 それを聞いたとき、その言葉しか出てこなかった。


『気にしないでよ。ふたり揃って幸せになろうって、約束していただろう?』


 ジョセフは屈託なく笑う。


『だけど、あまりにも遠回りが過ぎるから今回だけは少しだけ魔法を使わせてもらったよ。姉さんが望む道に進めるようにって』

『魔法?』


(あ、もしかして)


 エディロンとの結婚を父に命じられた日のことを思い出す。シャルロットが修道女になろうと頼みに行こうとしていたところを、出かけに呼び止められて上手くいくようにとおまじないをかけられた。


(あのときから、全てが始まっていたのね)


 シャルロットはあのときにジョセフに触れられたおでこに手を当てる。

 いつもそっと自分を見守ってくれていた弟に、心から感謝したのだった。


「それにしても、エディロン様とジョセフが通じていたのには驚きました」


 シャルロットは二階の窓から外を眺めていたエディロンに話しかける。エディロンはシャルロットのほうを振り返る。


「エリス国が糸を引いていると気付いたとき、誰かしらの味方が必要だと思ったんだ。誰が適任かと考えて、あなたからよく名前を聞いていたジョセフ殿なら必ずよき相談相手になってくれるだろうと確信した」

「びっくりしましたわ」

「それは悪かった」


 エディロンは苦笑いする。

 シャルロットにとって、ジョセフが前エリス国王を追放したときの出来事は本当に衝撃的だった。全く自分の知らないところで、エディロンとジョセフがあんなことを計画していただなんて。


 あのあと、エリス国王は実質的に王位を降り、エリス国王はジョセフになった。


 傍らに神竜を連れた新国王の姿は、国民を熱狂させた。

 多くの国民はあの日王宮の奥であったことなど知らず、ただ単に『第一王子が竜の姿をした神使によって加護を受けたため、国王が交代した』と思っているだろう。


 そして、今回の首謀者だったオハンナは元々隣国の王女であったため外交問題などへの影響を考慮して、片田舎にある離宮へと幽閉されている。子供達も一緒だと聞いた。


 エディロンは再び窓の外へと視線を移した。


「ここからでは、何も面白い景色は見えないのではないですか?」


 シャルロットもエディロンの横に行き、景色を眺める。生い茂る木々の葉の隙間から見えるのは本宮の豪奢な外観だ。


「いや、そんなことはない。とても興味深く思っている」

「そうですか?」

「そうだとも。シャルロットのことは、なんだって知りたい。例えば、どんなこどもだったのか、どんな景色を眺めていたのか、どんなものを食べていたのか──」

「いつも俯いて、陰気な姫君として過ごしていましたわ」


 シャルロットはくすくすと笑う。


「それは非常にいい作戦だった。お陰で俺が求婚するまで、どこの誰にも言い寄られずに済んだからな」


 エディロンはシャルロットを見つめて口角を上げる。


「だが本当は違う。知れば知るほど、俺を魅了してやまない。当時からさぞ愛らしい姫君だったのだろうな」


 甘く微笑まれて、頬が紅潮するのがわかった。エディロンは元々シャルロットに甘い言葉を囁く傾向があったが、最近はその傾向が増長している気がする。


「そんなことは……。普通の子供です」

「本当に?」


 エディロンに顔を覗き込まれる。


「こうしてサクランボのように頬が赤くなるところも可愛いな」

「エディロン様。あまり揶揄わないでくださいませ!」


 照れを隠したくてシャルロットは頬を膨らませる。エディロンの胸を軽く叩こうとしたが、その手は呆気なくエディロンの手に掴まってしまった。


「揶揄ってなどいない。俺はいつだって、あなたに対して本気だ」

「……っ!」


 エディロンはシャルロットを愛おしげに見つめると、体を屈ませる。

 与えられたのは、蕩けるような甘いキスだった。



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