8.真相と黒幕(10)
「ふざけるなっ!」
エディロンの怒声が響く。
「隣国の国王だからと思って丁寧に接していたが、我慢ならない。シャルロットは既に俺の妃で、ダナース国の王妃だ。あなた達は本当に彼女の親なのか!?」
その言葉からは、激しい怒りが感じられた。
そのとき、沈黙を貫いていたリゼットがため息交じりにぼそっと呟く。
「思い通りにならないからって怒鳴るなんて、本当に野蛮だわ。お姉様といい、エディロン陛下といい、血筋に卑しさは表れるのね」
「リゼット!」
なんて失礼なことを。
驚いたシャルロットはその発言を止めようとする。
「だって、本当のことだわ」
リゼットはシャルロットに諭されて不愉快げに眉を顰める。
「現に、平民の血が混じるお姉様は王女なのに全然魔法を使えない、落ちこぼれじゃない」
その言い方には、明らかな嘲笑が混じっていた。
エリス国では魔力の強さは神からの寵愛の深さを表わすとされる。
魔力がほとんどなくずっと魔法を上手く使えなかったシャルロットは、その点で神から見放されている存在と言いたいのだ。
そのときだ。
「なんだと? 娘、今なんと言った?」
地を這うような低く怒りに満ちた声が聞こえた。
「今の声はなんだ?」
突然の第三者の声に、その場にいる面々が辺りを見回す。
次の瞬間、シャルロットの背後に閃光が走り、辺りに突風が吹いた。
「これは……」
エリス国王が驚愕の表情を見せる。そこには、身長の倍ほどもある銀色の竜がいた。
「ガル!?」
シャルロットも驚いて素っ頓狂な声を上げる。ガルはダナース国に置いてきたはずなのに。
「俺を誰だと思っている。一瞬でここに来ることなど、朝飯前だ」
心を読んだかのように、ガルが不機嫌そうな声を上げる。
やっぱり今日も怒りん坊のようだ。
「神竜だ。神竜が現れたぞ!」
一方、興奮したようにそう叫んだのは魔法庁の長官であるオリアン卿だった。
魔法庁は古くからの言い伝えである神使についても専門なのだ。
「神竜だと!?」
「神竜ですって?」
エリス国王とオハンナがほぼ同時に叫ぶ。
神からの遣いである神竜が現れるのは、その寵愛の印とされる。神竜の加護を得たエリス国の王族は国を繁栄に導くと信じられていた。
「もしや、私に?」
エリス国王が玉座から興奮気味に立ち上がる。
「ふざけるな」
ガルが低く唸る。
エリス国王はぐっと言葉を止め、また元通り玉座に腰掛ける。
「では、王子であるフリードですわね。あなた様のような美しい神竜が加護を与えるに相応しいわ」
オハンナは興奮気味に、ガルを見て怖がる息子──フリードの両肩を抱いてガルの前に押し出そうとする。すると、ガルはオハンナを一瞥して首を振った。
「我々が加護を与えるのはエリス国の王族のみだ。その者は、該当しない」
(え?)
シャルロットはガルの横顔を見上げる。フリードはシャルロットの腹違いの弟であり、エリス国の国王と王妃の子供だ。それなのに該当しない?
一方のオハンナは一瞬呆気にとられたような顔をしたが、すぐに怒りで顔を赤くした。
「なんですって! この子はエリス国の王子です!」
「いや、違うな」
ガルはフリードのほうに鼻を寄せて、首を横に振る。
「どういう意味だ?」
エリス国王が困惑の表情で、ガルを見つめる。
「その子供はエリス国の王族の血を引いていない」
(なんですって?)
シャルロットは驚いて目を見開く。
(王妃様の不義の子供っていうこと?)
シャルロットは今の今までフリードの父親だと思っていたエリス国王を見る。フリードは黒い髪に黒い瞳をしており、父親であるエリス国王とも同じだ。
「なんという無礼なことを! 酷い侮辱ですわ! ならば、魔法のない異国から嫁いだわたくしが産んだこの子達が魔法を上手く使いこなせることを、どう説明するおつもり? エリス国の王家の血を引いている証拠ですわ」
憤慨したオハンナが叫ぶ。
「悪いが、それはなんの証拠にもならん。髪や目、魔法の力は父親から遺伝しただけだろう」
つまらなそうにそう言ったガルはオハンナの背後に視線を移動させる。
その先には、オリアン卿がいた。
(もしかして、フリードは王妃様とオリアン卿の子供?)
シャルロットは驚いたが、同時にすんなりと腑に落ちた。
オリアン卿はエリス国王と同じく黒い髪に黒い瞳をしており、魔法庁の長官になるほど魔力が強い。そしてずっと王妃様の近くに仕えてきて、王妃同様にシャルロットに冷たかった。
「それと、先ほど聞き捨てならないことを言ったそこの着飾った娘もエリス国の王族ではない。シャルロットの魔力はお前などよりずっと多い。勘違いも甚だしい」
ガルがリゼットのほうを鼻先で指す。
「なんですって? 嘘よ! 嘘だわ! お父様、この生き物はでたらめを言っております。神竜ではなく魔竜だわ」