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8.真相と黒幕(9)

    ◇ ◇ ◇



 およそ一年ぶりに訪れるエリス国。シャルロットは、たくさんの尖塔がそびえる宮殿の本宮を見上げる。


 レスカンテ国時代の名残を残すダナース国の宮殿は豪華絢爛だが、エリス国の宮殿も負けず劣らず煌びやかな場所だ。

 ただ、記憶に残るほとんどの期間を質素な離宮で育ったシャルロットにとって、本宮はあまり馴染みがない。吊り下がるシャンデリアや上質な絨毯が敷かれた廊下の景色を見ても、さして懐かしさはなかった。



 そんな景色を眺めながら辿り着いた本宮の中央部に位置する謁見室。

 ピリッとした空気の中、エディロンの怒りを孕んだ声が響いた。


「ふざけるのもいい加減にしていただきたい。こちらは危うく殺されかけたのですよ」

「ですから、仰る意味がわかりませんわ。なぜわたくし達がそのようなことを?」

「自国の領土をより広大にしたいからでしょう?」

「まあ、おほほ。面白い想像ですわ」


 優雅に扇を揺らして笑うのは、エリス国王妃のオハンナだ。

 その隣にはシャルロットの父でもあるエリス国王、背後には魔法庁の長官であるオリアン卿や、リゼット王女とフリード王子も控えている。


「エディロン陛下。言いたいことはわかったが、証拠もなしにそのような言いがかりを付けられては困る。せっかく友好の印に娘を嫁がせたというのに、これは酷い侮辱だ」


 黙ってエディロンとオハンナのやり取りを聞いていたエリス国王は、ようやく口を開いたかと思うとエディロンに抗議をする。それを聞いて、エディロンはギリッと歯ぎしりをした。


(どこまでもしらばっくれる気か)


 状況証拠は揃っているし、ハールス伯爵の証言も取った。これはオハンナが仕組んだことで間違いないのだ。


「すぐに謝罪してそれ相応の償いをしていただけると思っていたのに、残念です。証拠なら、ここにあります」


 エディロンはおもむろに黒い布に包まれた長細いものを出す。その布を開けると、中から出てきたのは長剣だ。

 謝罪の言葉がすぐに出るならば、この剣をここで出すつもりはなかった。しかし、向こうがそのつもりならこちらも強硬姿勢に出ざるを得ない。


「これは、エリス国の剣ではありませんか? そして、ここに付いている紋様は剣になんらかの魔法の力を与える魔法陣だとシャルロットが証言しています」


 エディロンは剣の柄に描かれている丸い紋様を指さす。その紋様を見て、エリス国王は眉を顰めた。


「確かに、それは魔法陣だ。我が国でも描けるものはほとんどいない。なぜそんなものをエディロン陛下が?」

「俺を暗殺しようとした曲者が持っていたからです」

「どういうことだ?」


 エリス国王が斜め後ろにいるオリアン卿を見やる。

 この魔法陣は非常に高度な技術と莫大な魔力を要するので、作れるものは限られる。それこそ、エリス国のなかでも魔法庁の者くらいしかいないのだ。


 一方のオリアン卿は沈痛な面持ちでエリス国王を見返した。


「いかにも、あれは私が作成したものです。今私は、エディロン陛下の証言を聞き、とても驚いています。なぜなら、あれはシャルロット様のためにお作りしたものですので」

「なんですって!?」


 シャルロットは驚いて大きな声を上げる。


「実は、かねてよりオハンナ妃よりご相談を受けておりました。シャルロット様がエディロン陛下に嫁ぐのをとても嫌がっていると。そのご相談を受けて、私があの剣を作りました」

「その通りです。こんなお話はお恥ずかしい限りなので今まで黙っておりましたが、シャルロットはエディロン陛下との結婚を未だに嫌がっておりました。しかし、わたくしは母親として、シャルロットに王女としての務めをしっかりと果たすようにと諭したのです」


 オハンナもオリアン卿の話に同調するように説明する。


「しかし、わたくしは王妃である一方で、この子の親です。意に沿わない結婚で一生辛い思いをさせるのはとても辛いですわ。ですから、もしも本当に耐えられなくなったときにはこれを使いなさいとこの剣を送りました」

「なんですって?」


 あまりに予想外の筋書きに、シャルロットは唖然とした。


 耐えられなくなったら使えとは、即ち自分の命を自分で絶つようにという意味だろう。もちろんシャルロットはオハンナから剣など受け取っていないし、この話の全てが初耳だ。


 話の一から十までが全て大嘘だ。


「それなのに、まさかそれを他人に渡してエディロン陛下を亡き者にしようとするなんて──」


 オハンナは顔を俯かせ扇で隠す。


(この人、何言っているの?)


 開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。

 証拠が出てきたら、今度はシャルロットを犯人に仕立てようとするなんて。


「大嘘だわ。そんな剣が送られてきたことがないことくらい、わたくしの侍女に確認すればすぐにわかります」


 シャルロットははっきりとそれを否定した。しかし、オハンナは首を横に振る。


「この剣は使い魔を使って届けました。それに、侍女は主が言えばそれに従います」


 それを聞いていたエリス国王がふむと頷く。


「確かに、シャルロットはこの結婚をとても嫌がっていたな」

「なっ!」


 シャルロットは目を大きく見開き、エリス国王を見つめた。


(あくまでも邪魔者はわたくしなのね……)


 エリス国王の態度からは、シャルロットを悪者に仕立ててこの場をなんとか収めたいという意図が透けて見えた。


 自分の父親に、心底がっかりした。

 エリス国王は王妃がシャルロットを冷遇していることを知っていた。それなのに、こんな作り話に乗るなんて──。


 王妃が隣国の国王を暗殺しようとしたなどと明らかになれば大変な問題になるから、シャルロットに全ての罪を被らせて穏便にことを済ませたいのだろう。


 ──全ては愚かなシャルロットの独断である。


 そう言いたいのだ。


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