8.真相と黒幕(7)
シャルロットはハッとして窓の外を見る。
この部屋の窓からときを知らせる時計塔の鐘が見えるわけではないのだけれど、そうせずにはいられなかったのだ。
「わたくし、生きている?」
自分の両手を呆然と見つめる。シャルロットの意志に合わせて、その指先は動く。
「生きているわ!」
信じられない。絶対に生き残ると思っていたけれど、本当に生き残れるなんて!
「わたくし、生きているわ!」
もう一度、自分に言い聞かせるようにそう言った。
この喜びを全世界に叫びたいほどだ。
「よかったな。六回もかかるなんて、要領の悪さに驚いたぞ」
「ええ、ありがとう!」
そう答えて、シャルロットははたと動きを止める。
(あら? 今のは誰の声かしら?)
エディロンの声ではなかった。彼は部下達に指示を出すために先ほど部屋を出て、ここにいないのだから。シャルロットはきょろきょろと辺りを見回す。
「俺だ。こっちだ」
「こっち?」
くるりと振り返り、そこにいるものを見て目を丸くする。
「え? ガル!?」
それは紛れもなくガルだった。ただ、体が急に成長したような。
ガルは体長十五センチくらいの小さな羽根つきトカゲだったのに、今は五十センチくらいありそうに見える。
「どうして急に成長したの? それに、喋っているわ!」
シャルロットは驚いてガルに問いかける。
「それはお前にかけられていた魔法が解けて、神力の制限が外れたからだ」
「魔法が解けて? 神力って何?」
「神力は神力だ。お前達は魔力とも呼んでいる」
「魔法が解けて、神力の制限が外れた?」
色々と言っていることがよくわからない。ガルが言う『神力』はシャルロットの言う『魔力』のことで、シャルロットのそれは魔法により制限されていた?
「ガルは羽根つきトカゲではないの?」
「違う。神竜だ」
「神竜!?」
シャルロットは驚いて素っ頓狂な声を上げ、慌てて自分の口を両手で押さえる。
「ガルが神竜ってどういうこと? もしかして、リロも?」
「どういうことも何も、言った通りだ。もちろん、あいつもだ」
あいつとはリロのことだろう。
シャルロットは呆然としてガルを見つめる。
エリス国には古くから伝わる神話がある。
エリス国の初代国王は神に愛され、故に魔法の力を授かった。神は特に寵愛する王族に神使を遣わせ、特別な祝福を授けると。
そして、神使は多くの場合竜の姿をしているという。
「どうして羽根つきトカゲの格好なんてしていたの!?」
「だからそれは、お前の神力が魔法で制限されていたからだと言っているだろうが!」
ガルが苛立ったようにシャルロットに言う。
話して初めて知ったが、ガルは意外と怒りん坊のようだ。
ガルによると生まれたての神竜が育つためには加護を与える相手の神力が必要で、それをもらえないと成長できず、加護はしっかりと発揮されないらしい。ところが、シャルロットの神力は魔法で制限されており、それをもらうことができなかったという。
しかし、神力を制限していたその魔法が遂に解けたのだという。
(あ、ということは……)
先ほど急に使い魔のルルやハールと認知共有できるようになったのも、魔力改め神力の制限が外れたから?
「でも、制限って一体誰がそんな魔法を?」
まさか、国王陛下や王妃様だろうか。シャルロットはぎゅっと手を握る。
「かけられた魔法の神力はお前に似ている。母親だろうな」
「お母様が?」
シャルロットは驚いてガルに聞き返す。
(どうしてお母様が……)
そこまで考えて、ハッとした。
シャルロットとジョセフが辛い境遇ながらも細々と生きていられたのは、魔法が上手く使えない出来損ないだったからだ。取るに足らない相手と思われて、政治利用されたり逆に殺されたりもせずに済んだ。
(お母様、もしかしてわたくし達を案じてわざと?)
そう考えれば、辻褄が合う。
今日、シャルロットはエディロンと結婚した。今やシャルロットはダナース国の王妃だ。
つまり、祖国の人間がシャルロットが魔法を使えることを脅威に感じて害したり政治利用しようにも、もはや簡単にはできないのだ。
もうずっと昔に亡くなった母のことを思い、目頭が熱くなる。それと同時に、先ほど聞いたエディロンの言葉が脳裏に甦った。
『エリス国のドブネズミが』
一度目の人生で、シャルロットに向けられた言葉だ。
そして、エディロンがしきりに言っていた『どうして自分がシャルロットを殺したのかがわからない。間違いではないか?』という言葉も。
(間違い……。もしかして、間違えたの?)
あの日は今日と同じ初夜。
昨日のセザールのシャルロットの存在を気にして言いよどむ様子といい、今日のエディロンの様子といい、恐らくエディロンはこの事件になんらかの形でエリス国が関わっていることを知っていた。
一度目の人生、決して部屋を出るなと言われていたシャルロットはその言付けを破って部屋を出た。そして、物陰に隠れているところを殺された。
今考えるとエディロンはシャルロットが鍵を開けることを予想できないし、ましてやあの状況ではそこに隠れている人物がシャルロットだとははっきり確認できなかったはずだ。
(なんてこと……)
六回も繰り返してようやく気付いた事実に、シャルロットは呆然とする。
(エディロン様、わたくしのことを蔑んで殺したのではなかったのね)
また目頭が熱くなるのを感じた。




