8.真相と黒幕(2)
目を閉じると、まぶたにふんわりと筆が乗せられる。
「シャルロット様、目を開けてくださいませ」
女性の声でゆっくりと目を開けると、シャルロットの顔を覗き込んでいた女性──この日のために呼んだ化粧師はにっこりと微笑む。
「とてもお綺麗でございます」
女性が体をずらすと、目の前に置かれた鏡が見えた。
陶器のように艶やかな白い肌、ほんのりとピンク色に色づいた頬、ぱっちりとした目、くるんと上がったまつげ。そして、全身を包むのはたくさんのレースがあしらわれた豪華な純白のドレス──。
そこに映るのは間違いなくシャルロットなのに、まるで自分が自分でないような気すらした。
「すごいわ、ありがとう」
シャルロットは鏡を覗き込んで歓声を上げる。普段あまり着飾ることがないので、目新しさもひとしおだ。
今日、シャルロットはダナース国の国王であるエディロンの妃となる。今はまさに、これから行われる結婚式の準備を行っているところなのだ。
シャルロットは下を向き、自分自身の姿を見る。レースのところどころには真珠が飾られており、一層の華やかさを添えている。
よくもこの短期間でここまで仕上げてくれたものだと、仕立屋の面々には感謝しかない。
これまでの人生の中で、ウエディングドレスを着るのはもう何度目だろう。叶うことなら、これが最後のウエディングドレス姿でありたい。
(エディロン様、どんな反応をされるかしら?)
この姿を見せるのは楽しみなような、怖いような。願わくば、綺麗だと思ってほしい。
──トン、トン、トン。
ノックする音がして振り返ると、ちょうどドアが開く。
「準備は整ったか?」
そこから顔を覗かせたのは、エディロンその人だった。
「陛下!」
いつもの軍服とは違う黒のフロックコートを着ているエディロンは、息を呑むほど素敵だった。襟や袖口には金糸の刺繍が施され、煌びやかさに目を奪われる。
一度目の人生でも目にしたはずなのに、まるで初めて見るかのように新鮮さを感じた。
ほうっと見惚れていると、エディロンはシャルロットの前まで歩み寄り、シャルロットの頭から足先まで視線を移動させる。
(どうかしら……?)
シャルロットが結婚を渋っていたせいでドレスを一から作る時間がなく、このドレスは出来合いのものを加工したものだ。
仕立屋の努力の結果、十分華やかではあるものの、一から特注で製作した一度目の人生のドレスに比べると華やかさに欠ける。どんな反応が返ってくるのかと、緊張する。
「とても綺麗だ」
エディロンがふっと口元を綻ばせる。
「俺が今までに出会った誰よりも美しい」
飾らない褒め言葉は、かえって心に響くものだ。シャルロットは微笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。陛下も素敵です。その……見惚れてしまいました」
それを聞いたエディロンは瞠目し、ついで嬉しそうに破顔する。
「あなたに褒められるほど、嬉しいことはないな」
屈託のない笑顔に、胸の内にむずがゆさが広がる。
改めて、この人が好きだと思った。
「そろそろ時間だ。行こうか」
エディロンが片手を差し出したので、シャルロットも自分の手を差し出す。きゅっとその手を握ったエディロンは、まっすぐにシャルロットを見つめた。
「俺の妃になったことを決して後悔させないと誓う。必ず、幸せにする」
「……はい」
微笑んで頷くと、握られた手の甲にキスが落とされた。
◇ ◇ ◇
ダナース国の王室の結婚式は、教会でひっそりと行われたのちに、大規模な結婚披露パーティーが開催される。そこには多くの諸外国の来賓も招待されていた。
「エディロン陛下、シャルロット妃、本日は誠におめでとうございます」
数え切れない祝福の言葉が向けられて、本当に自分は結婚したのだという実感が徐々に湧いてくる。
何人目かわからない来賓客から声をかけられたとき、シャルロットは「あっ」と声を上げる。見覚えのある人物がいたのだ。
「ご結婚おめでとうございます。エディロン陛下、シャルロット王女……これは失礼。シャルロット妃」
そう言ってきたのは、エリス国からの参加者だった。たしかエリス国で魔法庁の大臣をしており、王妃のオハンナの腹心だったと記憶している。名前は……オリアン卿だったはずだ。
年齢は四十歳程度、長身で痩せ型の男性で、青白い肌と対照的な黒髪と黒い瞳のせいかどことなく陰を感じてしまい、シャルロットは一度目の人生からずっと苦手だった人物だ。
思い返せば、毎回結婚式の来賓にはこの人が来ていたような気がする。




