7.前世、私を殺した男が溺愛してくる(7)
シャルロットは大いに混乱した。
(もしかして、一度目の人生もわたくしが偽者の王女だと思ったから〝ドブネズミ〟と?)
そうであるとすれば、偽王女を嫁がせたと憤慨したエディロンがシャルロットを斬り殺したことも納得できる。
「違うのか……。俺はてっきり、あなたがそれで悩んでいるのだと」
一方のエディロンは自分の予想が外れたのがよっぽどばつが悪かったのか、口元に手を当てて居心地が悪そうだ。
「…………。ちなみに陛下は、なぜそう思われたのですか?」
「あなたがあまりにも博識すぎるからだ。専門機関で幼少期から養成された人間だろうと。諸外国のことに詳しすぎるし、剣を扱えるのも不思議だった。それに、刺繍も──」
「刺繍?」
シャルロットは確かに刺繍が得意だ。けれど、それをエディロンに話したことがあっただろうか?
「実は、今日これを──」
エディロンがポケットから取り出したのは、見覚えのあるハンカチだった。白い生地にピンク色の小さな花がいくつも刺繍されている、可愛らしいデザインだった。
「え? どうしてこれを陛下が!?」
シャルロットは驚いて声を上げる。
「買取った。あなたが製作したと聞いて」
「どうして!」
「シャルロットが作ったと知って、ほしくなったからだ。あなたが俺を避けるようになったから、城下であれば掴まえることができると思って探している最中に偶然知った」
予想外のことが多すぎる。シャルロットは唖然としてエディロンを見つめる。
シャルロットを城下で探していた?
エディロンは国王なのだから無理矢理会おうと思えばシャルロットを従わせることだってできるのに、わざわざ自分が城下に出向いて?
(エディロン様……)
胸の内に温かいものが広がる。
城下に出向いたのは、無理強いしてシャルロットの気持ちを傷つけるのを嫌ったからだろう。いつだってエディロンはシャルロットの気持ちを優先して、気遣ってくれる。
それと同時に、「そんな突拍子もないことを想像していただなんて!」となんだかおかしくなってくる。
「ふふふっ。あははっ。陛下、そんなことを思っていらしたのですか? エリス国が偽者の王女を嫁がせたと」
「てっきり、そう思っていた。だから、偽者の自分では結婚できないと悩んでいるのかと」
「偽者だと思ったのに、結婚しようと?」
「そのつもりだった。あなたには王妃になる資質があると思ったし、何よりも俺が愛している」
「……っ!」
まただ。エディロンに愛していると告げられる度に、あれほど頑丈に鍵を掛けて葬り去ったはずの感情が動き出す。
「……いいえ、違います。わたくしは間違いなくシャルロット=オードランで、エリス国第一王女です」
シャルロットはきっぱりとエディロンの想像を否定する。
「では、なぜだ?」
エディロンは困惑しつつもシャルロットを見つめる。
「それは……」
口ごもるシャルロットは、エディロンの肩越しに見えるサイドボードの上に置かれたジョセフからの手紙に気付いた。
『姉さん、僕たちが生きた人生は同じようでいつも違っている。
今この瞬間は僕たちは生きているよ。
いつも言っているけれど、僕は姉さんが望む道に進むことをいつも応援している。
何があったのか詳細はよくわからないけれど、僕は姉さんの味方だよ。
もう一度、どうしたいのかよく考えてみて』
書かれていた内容が脳裏に甦る。
(わたくし達の人生は、同じようでいつも違っている?)
確かにそうだった。現に、過去五回の人生では全て死に方が違っている。
──姉さんが望む道に進むのが、一番だよ。
ジョセフはいつもそう言って応援してくれた。
(そうよ。今のエディロン様がわたくしを殺すとは限らない)
この秘密を打ち明けるのは勇気がいる。
突拍子もなさすぎて、信じろというのは無理がある。最悪、正気を失ったと思われてしまうかもしれない。
(大丈夫。エディロン様ならきっと信じてくれるわ)
シャルロットは自分自身を奮い立たせるように、ぎゅっと手を握ると深く息を吸い込む。
「陛下。これからわたくしがお伝えする秘密は、とても不思議なお話です。それでも信じてくださいますか?」
「もちろんだ」
エディロンは真剣な表情で頷く。その表情を見て、シャルロットは表情を綻ばせた。
「始まりはもうずっとずっと昔のことになります。わたくしはエリス国主催の大規模なパーティーで、ひとりの男性と出会いました──」
シャルロットの長い語りに、エディロンはじっと耳を傾けた。




