1、始まりの人生(4)
エディロンは舞踏会があまり好きではないようで、その日はずっとシャルロットに付き合ってくれた。それはシャルロットにとって、とても楽しい時間だったのだが──。
・・・
『エディロン=デュカス様がわたくしに求婚?』
シャルロットは小さく呟く。
記憶に残るのは、凜々しく男らしい男性だ。しかし、すこし怖そうな見た目とは裏腹に紳士的で優しい態度、そしてシャルロットの話に相槌を打つ際の優しい眼差し──。
(信じられないわ。あんなに素敵な人が、わたくしに求婚?)
シャルロットは舞い上がりそうになる気持ちを必死に落ち着かせる。
『先方から出来るだけ早く輿入れしてほしいと希望がきている。お前には来月、ダナース国に行ってもらうが、いいな?』
『はい。かしこまりました』
シャルロットは動揺しつつも国王にお辞儀をする。
『では、話は終わりだ』
国王が軽く片手を振る。すると、それに合わせたように王妃のオハンナが口を開く。
『シャルロット、おめでとう』
『ありがとうございます、王妃様』
まさかオハンナからお祝いを言われるとは思っていなかったシャルロットは表情を明るくする。すると、オハンナは可哀想なものを見るような目でシャルロットを見返してきた。
『あの蛮族の王が選んだのがあなたでよかったわ。リゼットだったらと思うと、ぞっとする』
『え? 蛮族とは?』
シャルロットは眉を顰める。
『やだわ、お姉様。知らないの? ダナース国は二十年ほど前に平民が蜂起して建国された国よ? つまり、あの国王は国王の格好をしているだけで元は平民なの』
謁見室に同席していた妹のリゼットが小馬鹿にするように横から付け加えてきた。
(元は平民? それがなんの問題なの?)
リゼットから意地悪を言われたりされたりするのには慣れている。けれど、今回の言い方はエディロンのことはもちろん、ダナース国という国そのものを格下に見ているように聞こえ、さすがのシャルロットも不快感を覚えた。
『リゼット。隣国の国王陛下をそのように言うものではないわ』
やんわりと窘めたシャルロットの顔を見て、リゼットは眉を顰める。しかし、すぐにハッとしたように口元に手を当てた。
『あら、わたくしったら失礼を。お姉様も半分平民だったわね。気が付かなくてごめんなさい。お姉様とダナース国の国王陛下、とってもお似合いだわ』
リゼットは扇で口元を隠すと、『ほほほ』と笑う。
ごめんなさいと口では言っているが、明らかに嘲笑している。
『まあ、リゼット。そんな風に言うものではありませんよ』
オハンナがリゼットを窘めるが、くすくすと笑っていて本音はオハンナ自身もそう思っているのだろう。
シャルロットはぎゅっと手を握る。
自分の中にふつふつと湧いた怒りを必死にやり過ごした。
◇ ◇ ◇
輿入れの日まではあっという間だった。
(ここがダナース国……)
シャルロットは初めて見る景色に、馬車からただただ外を眺める。暫く進むと馬車が停まり、ドアが開けられる。外から大きな片手が差し出され、そこに手を重ねると力強く手を引かれた。
『よく来たな、シャルロット』
『陛下!?』
そこに現れたのは、ダナース国の国王であるエディロンその人だった。シャルロットの馬車がダナース国入りしたと聞き、自ら迎えにきてくれたのだ。
『お手を煩わせて申し訳ございません』
『いや、大丈夫だ。我が愛しの姫君との再会が待ちきれず、我慢できずに来てしまった』
(我が愛しの姫君……)
凜々しい態度からは想像も出来ないような甘い言葉と微笑みに、頬が紅潮する。
エディロンが用意したダナース国の馬車に乗り換えたシャルロットは、隣に座るエディロンを意識してしまい必要以上に外ばかり眺めてしまう。
車窓からはのどかな農園が広がっているのが見えた。離宮からほとんど出たことがないシャルロットにとってはそんな景色も新鮮で興味深かった。
『のどかなところですね』
『このあたりは農業地帯なんだ。もう少し進むと、町に入る。今度案内しよう』
『はい、ありがとうございます』
お礼を言い様に振り返ると、まっすぐにこちらを見つめるエディロンと目が合った。シャルロットの胸はどきんと跳ねる。
『やっとこちらを見たな』
『え?』
『全く俺のことを見ないから、不本意な結婚を強いてしまったかと思った』
『そのようなことはございません』
シャルロットは驚いて答える。
『むしろ……』
『むしろ?』
『とても楽しみにしておりました』
恥じらいながらも正直に告げると、エディロンは驚いたように目を見開く。
(はしたないと思われてしまったかしら?)
シャルロットは恐る恐る隣に座るエディロンの顔を見る。目が合ったエディロンはフッと口元を緩めた。
大きな手が伸びてきて、シャルロットの頬を撫でる。
『あなたはとても素直で可愛らしいな』
近づいてくる秀麗な顔に目を閉じると、唇が優しく重ねられた。