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7.前世、私を殺した男が溺愛してくる(2)

    ◇ ◇ ◇



 その日の夜になっても、シャルロットは混乱の最中にいた。


(愛している? わたくしを? 本当の妃にしたい?)


 エディロンからはっきりと告げられた言葉を反芻し、頭を抱える。


(嘘でしょう?)


 ダナース国に来てからというもの、エディロンとの婚約を破棄して死亡フラグをへし折ることだけを目標に、色々と頑張ってきた。

 それなのに、一体どこで間違えてしまったのだろうか。


(ど、どうしよう……)


 うんうんと悩んでいると、コトンと小さな音が鳴る。


「シャルロット様、随分とお悩みですね。息抜きをされてくださいませ」


 目の前のローテーブルの端にはティーカップが置かれていた。顔を上げると、にこにこ笑顔のケイシーが立っている。


「本日のお花見は楽しかったですか?」

「え? えっと……、ええ」


 動揺してちょっぴり挙動不審になってしまった。シャルロットは視線を泳がせながらもなんとか答える。


 花見自体は楽しかった。

 一面がピンク色に染まる景色は、それはもう言葉に尽くせないほどの美しさだった。


 ただ、エディロンからの突然の告白やその後にキスされたことを思い出し、顔に熱が帯びるのを感じる。シャルロットは顔を手で扇ぐ。


「それはようございました。それでは、陛下には素敵なプレゼントをお贈りしないとですね」


 ケイシーはにこにこしながら答える。


「プレゼント?」

「はい。それでお悩みになっていたのでしょう?」


 シャルロットの目の前のローテーブルには王室御用達の商店のカタログが置いてあった。エディロンの誕生日プレゼントを考えようと、先日のお茶会のあとにわざわざ取り寄せたものだ。


 シャルロットがカタログの前でうんうんと唸っていたので、ケイシーはシャルロットがエディロンの誕生日プレゼントに悩んでいるのだと思ったようだ。


(あ、そうだわ。誕生日プレゼント……)


 シャルロットはカタログの表紙に手を伸ばす。王室御用達の商店が選んだ一流の品々が挿絵付きで掲載されていた。


「ゆっくりお選びくださいませ」

「ええ、ありがとう」


 ちょっとした小物から馬具、宝飾品まで色々と載っていて目移りしてしまう。


(エディロン様、どれならお喜びになるかしら?)


 どうせなら喜んでほしい。

 熱心に見入っていると、視界の端にカーテンが大きく揺れているのが映った。


「風が強くなってきたかしら?」


 シャルロットは顔を上げ、窓を閉めようと立ち上がる。


 窓を閉めると、窓ガラスには反射した自分自身の姿が映っていた。髪に付けた金細工の髪飾りが目に入る。

 その瞬間、急に頭が冷えてきた。


(そうだわ。わたくしったらバカね。悩むまでもないのに)


 シャルロットは髪飾りに手を触れる。


 約束の一年まで、あと数カ月。シャルロットが婚約破棄をしたいと言った理由は、結婚するとその日に自分が命を落とすからだ。


 エディロンの言葉に頷くことは、即ちシャルロット自身の死を意味する。

 エディロンはシャルロットを本当の妃にしたいと言ったけれど、どう転んだってシャルロットがエディロンの本当の妃になれることなどないのだ。頷いても、結局死んでしまうのだから。


(どうせ去るなら、後腐れがないものがいいわよね……)


 もう、あんな風に無惨な殺され方をするのは絶対に嫌だ。

 自分を愛してくれていると信じていた人に実は愛されていないと知ったときの絶望感は、二度と味わいたくない。

 殺されるのは痛いし、苦しいし、怖い。


「やっぱり、エディロン様には婚約を破棄していただかないと」


 シャルロットはぎゅっと手を握る。


 生き残るためには、婚約を破棄するしかない。もしも納得してもらえなかったら、ひっそりとこの王宮を去ろう。

 シャルロットは胸の内で、そう決心する。


(約束の日まで、あと少し……)


 シャルロットがダナース国の王宮を去れば、しばらくののちにエディロンは新たな王妃候補を迎えるのだろう。そして、シャルロットは生涯独身を貫き、どこか片田舎で穏やかな人生を送る。


 それはシャルロットがずっと望んでいたことのはずなのに──。


(どうしてこんなに、胸が痛むの?)


 脳裏に浮かぶのは、今日の昼間に『お前の抱えている秘密ごと、俺が愛してやる』といったエディロンの顔だ。


(あれってどういう意味なのかしら?)


 動揺しすぎていて確認できなかったけれど、エディロンは確かにシャルロットに『お前が抱えている秘密ごと』と言った。


(エディロン様、ループのことを知っていらっしゃるの?)


 一体どこから知ったのか? 

 どのくらい知っているのか?


 疑問が次々に湧き起こる。


(じゃあ、それらを知った上でわたくしを愛している?)


 そこまで考えて、シャルロットはぶんぶんと首を横に振る。


 一度目の人生だってシャルロットはエディロンが愛してくれていると信じていた。その結果、初夜に〝ドブネズミ〟といわれて殺されたのだ。


(そうよ。忘れちゃだめ)


 シャルロットは自分に言い聞かせる。


(きっと、毎日のようにお話ししているから情が移ってきているのだわ)


 一度目の人生、シャルロットはエディロンに殺された。それは紛れもない事実だ。


 それなのに──。


 何度も自分にそう言い聞かせないと決心がゆらいでしまいそうだった。

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