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7.前世、私を殺した男が溺愛してくる(1)

 王宮から馬車で一時間ほど揺られて到着した郊外。

 馬車を降りたシャルロットは、一面に広がるピンク色の光景に息を呑む。


「わあ、すごい!」


 目の前には見渡す限り高さ三メートルほどの木が立ちならび、その木は一面に小さなピンク色の花を咲かせていたのだ。


「これがアーモンドの花ですか?」

「そうだ。花が散った後、アーモンドが実る」

「へえ、可愛い花ですわね」


 どんな花なのかイラストでは見たことがあったけれど、それらは全て白黒だった。実際に目にして、想像以上の可愛らしさに気分が向上する。


「今年はどんな感じだ」


 エディロンが、この一帯のアーモンド農園を管理しているという農家の主に尋ねる。


「今年は季候がよくて、例年以上の豊作ですよ。オイルにローストに、いろいろ作れそうです」

「そうか。それは何よりだ」


 エディロンは農家の主の回答に、満足げに頷く。エディロンはその他の作物についても話を聞いていたが、軒並み豊作のようだ。


「せっかくなので少し歩いてもいいか?」


 エディロンが農園の主に尋ねる。


「もちろんです」


 農園の主はにこにこしながら頷いた。


「シャルロット」


 エディロンはくるりと振り返り、シャルロットに手を差し出す。シャルロットはきょとんと小首を傾げた。


「手を」


 苦笑したエディロンにそう言われ、エスコートのために手を出せと言っているのだとようやく気付く。


「あ、ごめんなさい」


 大きな手に自分の手を重ねると、包み込まれるようにぎゅっと握られた。


 ふたりで並んで歩き出す。


(本当に素敵……)


 右も左も正面も、一面に広がるピンク色の世界。まるで花のトンネルを通っているような感覚に陥りそうになる。


「とても素敵な場所ですね」

「そうだな。アーモンドは花の見頃が短いから、俺も見るのは久しぶりだ」


 エディロンは視線を上げ、頭上の花を眺めて目を細める。


 シャルロットが読んだ文献の情報では、アーモンドの花が咲くのは一年間のうちのほんの僅かな期間だけなのだという。儚いだけに、美しさが際立つ。


「気に入ったか?」

「はい。とても──」


 そう言いながらエディロンのほうを見て、どきんと胸が跳ねる。エディロンが、とても優しい目をして自分を見つめていたから。


 シャルロットは咄嗟に、彼から目を逸らす。


「毎日とても頑張ってくれているから、気分転換になったならよかった」

「陛下……」


 農作物の様子を視察に行こうだなんて言っていたけれど、本当はシャルロットが見たいと言ったから連れてきたのだろう。


 シャルロットはぎゅっと胸の前で手を握る。


「陛下はなぜ、わたくしにこのように良くしてくださるのですか?」


 それは、この国に来てからの疑問だった。

 エリス国の王女をダナース国の王妃に。それがダナース国にとって利益になることはわかっている。しかし、シャルロットはエディロンと契約による婚約を提案した。だから、彼はシャルロットにこんな風に優しくする必要などないのだ。


「俺は最初──」


 エディロンは考えを整理するかのようにゆっくりと口を開く。


「あなたとの婚約に乗り気ではなかった。エリス国で出会った王女は明らかにダナース国を見下していることが言葉や態度の端々から覗えたから」


 エディロンの言葉を聞き、気持ちが重くなる。

 妹のリゼットはダナース国からの求婚が来た際に泣き叫び、無理矢理嫌がるシャルロットに婚約者の役目を押しつけたほどだ。確かにそういう失礼な態度を取ったとしても不思議ではない。


「それは……申し訳ございません」


 今世ではほとんど関わっていない腹違いの妹とはいえ、身内がそのような態度を隣国の国王に取ったことをとても恥ずかしく思った。


「いや、彼女はあなたとは別人だし、そういう態度を取る他国の王族は他にもいる。だから、それは気にしなくていい。ただ、俺はそのときに会った王女がダナース国に来るものだとばかり思っていたから、王宮の奥深くにでも置いてできるだけ関わらないようにしようと思っていた。お互いにそのほうが幸福だと思ったからだ」


 エディロンはアーモンドの花に向けていた視線をシャルロットに移す。


「だが、蓋を開けたら全く別の王女が来た。更に、その王女は『この婚約をなかったことにしてほしい』などととんでもないことを言い始めた」

「…………」


 シャルロットはどう答えてよいかわからず、口を噤んだままエディロンを見返す。

 エディロンもそこで言葉を止め、シャルロットを見下ろすとふっと表情を綻ばせる。


「とんでもないことを言う割に、民に寄り添い、驚くほど博識で、おまけに剣まで扱う。知れば知るほど驚かされることばかりで、益々知りたくなる」


 大きな手がこちらに伸びてきて、シャルロットの頬に触れた。


「シャルロット。結婚をやめたいという気持ちに変わりはないか?」

「え……?」


 ──変わりありません。


 そう言わなければならないのに、なぜかその一言が喉につかえて出てこない。こちらをまっすぐに見つめる金色の瞳から目が離せない。


「俺はあなたを、本当の妃にしたいと思っている」


 シャルロットの目は驚きで大きく見開かれる。


「俺の妃になれ。お前が抱えている秘密ごと、俺が愛してやる」

「秘密……?」


 頬に添えられていた手が顎へと滑り落ちる。

 風が吹き、周囲にピンク色の花びらが舞う。


 秀麗な顔が近づき、唇が重ねられた。




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