6.揺れる心(1)
ダナース国の王宮の奥深く。離宮の一室に大きな声が響く。
「シャルロット様、見てください。今日もこんなにたくさんの招待状が」
シャルロットは声の主、ケイシーのほうを見る。
ドアから部屋に入ってきたケイシーの手には、たくさんの封筒があった。どれも上質な紙でできており、一目で良家から送られてきたものだと予想が付く。
「すごい数ね」
「はい。皆様、シャルロット様と親しくなりたいのですわ」
ケイシーはにこにこしながらそれらの封筒をシャルロットの前に置く。
ダナース国に来て以来ずっと王宮の奥にある離宮でひっそりと自由気ままに過ごしていたシャルロットだけれども、建国二十周年の祝賀会以降状況が一変した。社交のお誘いがひっきりなしに届くようになったのだ。
祝賀会はシャルロットのお披露目会の意味合いもあったので、多くの国内貴族に挨拶をした。今届いている招待状は全て、そこで挨拶した貴族のご婦人からだった。
お茶会は貴族社会において、重要な社交の場だ。
参加者の顔ぶれを見てどの貴族とどの貴族が親しいのか、力関係はどうなっているのかを知るだけでなく、噂を含めて色々な情報を得ることができる。
それに、現時点ではエディロンの婚約者であるシャルロットは次期王妃という立場だ。
貴族達からしても、是が非でも親しくなっておきたいのだろう。
「できるだけ参加したいとは思うけれど、これ全部は難しいわ。選ばないと」
シャルロットは一通一通、封を切って中身を確認する。一度目の人生でもたくさんの招待状を受け取った記憶があるけれど、こんなに多くはなかったような。
「皆様きっと、陛下のシャルロット様への寵愛を目にして色々と話を聞いてみたいのですね」
「ちょ、寵愛!?」
「寵愛でございます! わたくし、陛下とシャルロット様が仲睦まじい様子を祝賀会で給仕した女官仲間から聞いた際は、本当に嬉しくなってしまいましたわ」
ケイシーは胸の前で両手を組み、うっとりと宙を見る。
「…………」
それはね、仲睦まじくみせるための演技なのよ!とは言い出すことができず、シャルロットは熱くなる顔を手で仰いでその場をやり過ごす。
それに、ケイシーがエディロンがシャルロットを寵愛していると思い込んでしまうのにはもうひとつ大きな理由があった。
それは──。
「シャルロット様、陛下がお越しになりました」
「お通しして」
シャルロットはケイシーに指示すると、自身もエディロンを出迎えるために立ち上がる。
廊下にいるエディロンは少し開いたドア越しにシャルロットと視線が絡むと、柔らかく目を細める。
「……っつ!」
そんな風に微笑まれると益々周囲を誤解させるから、やめてほしい。現に、ケイシーはその微笑みを見て薄らと頬を赤らめている。
そう。これこそが、周囲がエディロンがシャルロットを寵愛していると勘違いするもうひとつの大きな理由だった。
ダナース国に来た当初は滅多にここを訪れることがなかったエディロンだが、ここのところ毎日のようにシャルロットの下を訪ねてくるのだ。
祝賀会の日程が近づくにつれて会いに来る頻度が増えたのは祝賀会に向けての事前打ち合わせだったのでシャルロットも疑問には思っていなかった。
しかし、終ったあとも変わらず毎日のように訪問してくるので、いつの間にかすっかり『陛下は婚約者であるシャルロット王女をとても寵愛している』と噂になっているらしい。
「ようこそ、陛下」
シャルロットは自分の前のソファーをエディロンに勧める。
すぐに茶菓子と飲み物を用意したケイシーは「では、わたくしは外します」と言ってドアの方へと向かう。ドアが閉まり際に目が合うと、意味ありげに微笑まれた。
(ケイシーが期待しているようなことは何もないけど)
シャルロットは肩を竦める。
仕えている主と国王陛下が仲睦まじいことは、侍女にとっても誇らしいことなのだろう。




