1、始まりの人生(3)
(そうだわ。外に出れば……)
酔いを覚ますふりをして外にいれば、誰にも会わずに済む。そう思ったシャルロットはそっとテラスへと抜け出した。
ひんやりとした空気が身を包んだ。シャルロットは口元に両手を当て、白い息をはく。
(わたくし、なんのためにここに来たのかしら?)
なんだか今夜は、いつにも増して冷える気がする。華やかな舞踏会の中でひとりぼっちに感じ、心細さを感じた。
『ハール』
闇夜に向かって呼びかけると、バサバサと一羽の文鳥が飛んできて、シャルロットの指先にとまった。
『心細いから一緒にいてくれる?』
シャルロットは文鳥に話しかける。
『もちろんよ』
文鳥は歌うように答える。この文鳥──名前はハールという──はシャルロットの使い魔だ。色々な場所に飛んで行っては町の出来事などを教えてくれるので、シャルロットはハールとお喋りするのが大好きだ。
『今日の町は、どうだった?』
『とても賑やかだったわ。お祭っていうのかしら? 出店がたくさん出ていて、お祝いの飾りが飾られていて』
『きっと、この舞踏会が開かれているからね。いいなあ、わたくしも見てみたいわ』
母が亡くなってからというもの、シャルロットはあの離宮の周辺以外、出歩いたことがない。
あの周囲数百メートルがシャルロットの人生の殆どだった。だから、こうしてハールから話を聞いてはまだ母が健在だった頃に訪れた城下の賑やかさを思い出し、自分が訪れたかのような夢想をする。
そのとき、背後でカタンと音がした。
『誰かいるのか?』
低く落ち着いた、心地よい声だ。シャルロットはハッとして背後を振り返る。
(来賓の方かしら?)
そこには、凜々しい雰囲気の男性がいた。
がっしりとした長身の体躯をしており、飾緒や肩章があしらわれた豪奢な衣装から判断するに、どこかの国からの来賓だろう。
とても整った見目をしており、少し吊った二重の目元ときりっと上がった眉が意志の強さを感じさせる。
『あ、ごめんなさい。少し休憩をしていました』
シャルロットはぎゅっと自分のスカートを握ると、小さく頭を下げる。舞踏会が終わるまでここでやり過ごそうと思っていたけれど、他の場所を探さなければならないようだ。
『休憩? ここは冷えるだろう?』
目の前の男性が訝しげに言う。
『いえ、大丈夫です』
シャルロットは小さく首を横に振る。
『その髪飾り──』
『髪飾り?』
男性の視線はシャルロットの頭に向いていた。
シャルロットは自分の髪に触れる。そして、先ほどリゼットにいわれた言葉を思い出して恥ずかしくなった。
『地味でおかしいでしょう?』
『いや? 似合っていると思うが』
男性はなぜシャルロットがそんなことを言うのかわからないと言いたげに、首を傾げる。
不意にザッと強い風が吹いた。
男性には寒くないと言ったシャルロットだったが、生理現象は抑えられずぶるりと体を震えさせる。
『震えている。戻ったらどうだ?』
『…………』
シャルロットは口を噤んで視線を彷徨わせる。答えられずにいると、次の瞬間、シャルロットの肩にふわりと何かがかけられた。
『戻りたくないなら、着ていろ』
『え?』
シャルロットは自分の肩を見る。そこには男性用の上着が掛けられていた。
『ごめんなさい。こんな──』
シャルロットは慌てて肩にかけられた上着を脱ごうとする。しかし、それは男性によって制止されてしまった。
『いいから着ていろ。寒いが、あそこに戻りたくないのだろう?』
男性はシャルロットの横に立つと、テラスの手摺りに手をかける。シャルロットが驚いて男性を見上げると、男性はシャルロットを見返してきた。
まるで夜空に浮かぶ月を思わせる、金色の瞳と視線が絡み合う。
(どこかでお目にかかったことがあるかしら?)
その瞳にどこか既視感がある気がした。
『ところで、先ほど誰かと話をしている声がしたが?』
『ああ、あれはわたくしの使い魔です。小鳥の』
『使い魔? そうか。さすがは聖なる国家だな』
男性は感心したように頷く。
『貴女の名前を聞いても?』
『もちろんです。エリス国第一王女のシャルロット=オードランですわ』
シャルロットは質素なドレスのスカートを摘まみ、お辞儀をする。
『あの……、大変失礼ですがあなたは?』
『俺か? ダナース国の国王のエディロン=デュカスだ』
それが、シャルロットとエディロンの出会いだった。