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5.建国記念祝賀会(5)


「大丈夫です。後で手当てします」

「この分だと、足もだろう?」

「…………」


 シャルロットは視線を泳がせる。パーティー用のヒールで剣技を披露するのは、少々無理があった。実は、先ほどからかかととつま先がズキズキと痛む。


「無茶をする」

「ご迷惑でしたか?」

「いや、俺は助かった。ただ、あなたが心配なだけだ」


 そう言ったエディロンは体を屈める。シャルロットの背中と膝の下に腕を回すと、軽々と抱き上げた。


「陛下!?」


 驚いたシャルロットは慌てて降りようと身を捩る。しかし、エディロンの腕は力強くシャルロットを抱き上げたままだ。


「よく頑張ってくれた。後は大丈夫だから、少し休め。朝から禄に食事も摂っていないだろう。あそこにいると、延々とダンスに誘われるぞ」

「あ……」


 エディロンの言うとおり、今日のシャルロットは朝からずっとこの準備にかかりきりで禄に食事も摂っていなければ、座って休む間も一切なかった。


 それに、この足ではダンスが辛いのも確かだ。


「でも、あと少しですのに」

「あと少しだからだ。こういう演出も、仲睦まじさを演出するにはもってこいだろう?」


 エディロンがシャルロットを見つめて微笑む。

 すると、周囲の来賓客が一様に頬を赤らめるのが見えた。周囲の人々にはふたりの会話が聞こえないので、エディロンのシャルロットへの寵愛ぶりと仲睦まじさを示す結果になっているのだ。


「落とすつもりは毛頭ないが、掴まってくれると助かるな」


 エディロンがシャルロットの耳元に口を寄せて囁く。

 今はシャルロットが全く協力していないので、彼は自身の腕の力だけでシャルロットを抱き上げている。


 シャルロットは痩せ型だが、それでもれっきとした成人女性だ。腕の力だけで持ち上げるのは負担なのだろう。


「ご、ごめんなさい」


 シャルロットは慌ててエディロンの首に両腕を回す。

首元に顔を寄せると、フゼア調の爽やかで男性的な香りが微かに鼻孔をくすぐった。


(この匂い、懐かしい……)


 最初の人生で、エディロンはよくシャルロットを抱き上げた。その度にこの香りがして、温かくて力強くて、とても安心したのを覚えている。


(あんまり、優しくしないでほしいな)


 エディロンは『仲睦まじさを示せるから』と言ったが、本当はシャルロットへの気遣いであることは気付いている。


 彼は昔からこうだった。一度目の人生でもさりげなくシャルロットを見守り、気遣い、優しくしてくれた。


 だからこそシャルロットはそんなエディロンのことを──心から愛していた。


 とっくのとうに粉々に砕け散ったと思っていたのに、忘れていた感情を思い出しそうになる。そして、〝ドブネズミ〟と言われたときの絶望感も。


「シャルロット?」


 片方の手で、優しく背中を摩られた。

 急に大人しくなったシャルロットを心配したのか、エディロンが呼ぶ声がする。聞こえていたが、シャルロットはわざとその呼びかけを無視して顔を伏せた。


 今彼の目を見たら、泣いてしまいそうな気がしたから。


(今日は朝から働きづめで、疲れているのだわ)


 そうに決まっている。

 そうでなければこんな感情、湧き起こるはずがないのだから──。



    ◇ ◇ ◇



 私室に戻ったあとも、シャルロットはどこかぼんやりとしていた。


 ソファーに座っていると、ふと視界の端に何かが動いたのが見えた。そちらを見ると、羽根つきトカゲのガルがテーブルの上をのそのそと歩いている。


 シャルロットは、ガルのすぐ近くに一通の手紙が置かれていることに気付く。


「そうだわ。読まないと」


 赤い封蝋が施されたこの封筒は、故郷であるエリス国から届いたものだ。シャルロットはペーパーナイフを手に取ると、その封筒の封を切る。中には、王妃様からの手紙が入っていた。


「嫁いだ途端、不思議なものよね」


 過去のループで異国の王室に嫁いだ際もそうだったが、シャルロットが先方の国に移り住んだ途端にエリス国の王妃──オハンナから頻繁に手紙が届くようになった。


 これまではまるでいないかのような扱いをしてきたくせに、一体どういう風の吹き回しだろうか。


 内容はいつも同じだ。『ダナース国王に気に入られるように誠意を持って尽くしなさい』『この結婚が上手くいくことを心から願っている』という二点だけ。今日はこれに加えて『記念祝賀会に参加できず申し訳ない』と書き添えられていた。


 シャルロットはその手紙を折りたたむと、元々入っていた封筒へと戻し、サイドボードの引き出しへとしまう。


 そのとき、背後からコンコンと音がした。


(何かしら?)


 振り返ると、窓の外に灰色の文鳥が停まっているのが見えた。シャルロットの使い魔のハールだ。


「ハール。ジョセフからのお手紙を持っているかしら?」


 シャルロットは目を輝かせて、窓を開ける。


 案の定、ハールの足首には一通の手紙が丸めてくくりつけられていた。

 シャルロットは早速その手紙をハールから外し、中を確認する。


 ・・・


 姉さんへ


 手紙をありがとう。元気そうで何よりです。

 先日、リロと散歩していたら姉さんが好きなトネムの実がなっているのを見つけたよ。ひとつもぎ取って試しにジャムにしてみたんだけど、意外と美味しく作れたよ。僕のほうは相変わらずあの離宮でのらりくらりと上手くやっているから心配しないで。

 姉さんが今度こそ上手くやれるようにと、いつも応援しているよ。どうか、心から望む道に進んでほしい。

 今世こそは、お互いの幸せが切り開けますように。


 ジョセフ

 

 ・・・

 

 リロとは、ガルと一緒に飼っていた羽根つきトカゲの名前だ。故郷の離宮の近くでジョセフが見つけて、飼い始めた。そして、トネムの実とは離宮の近くに生えていた赤い実のことだ。少し酸味がある果実で、シャルロットは好んでよくジャムにして食べていた。


 ──お互いに幸せに。


 それは、何度も不思議なループを繰り返すシャルロットとジョセフが毎回誓い合う願いだ。


(そうよ。今度こそ、絶対に幸せになるんだから)


 シャルロットはジョセフからの手紙をぎゅっと胸に抱きしめる。

 弟との約束を果たすためにも、絶対に今度こそ生き残ってみせる。だからこそ、エディロンとの婚約は必ず破棄しなければならない。


 僅かに感じる胸の痛みに、シャルロットは気付かない振りをした。

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挿絵(By みてみん)
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