5.建国記念祝賀会(1)
建国二十周年の祝賀パーティーの日はあっという間にやってきた。
クリスタルで作られた巨大なシャンデリア、金箔の貼られた角柱、一面に精緻な絵画が描かれた壁と柱……。ここは、現ダナース国において最も色濃くレスカンテ国時代の名残を残す場所だ。
(ほんの二十年前まで、ここで毎晩のように宴を開いていたのね)
シャルロットは中二階にある覗き窓から煌々と煌めく大ホールを窺い見て、眩しさに目を細める。既に、会場には多くの人々──ダナース国内の貴族はもちろんのこと、諸外国からの来賓も集まっている。
「準備は問題ないかしら?」
「全て予定通り整っております。今、おもてなしのウェルカムドリンクを配り始めているところです」
ちょうど近くを通りかかった女官長に声をかけると、女官長はこくりと頷いた。
(よし、大丈夫そうね)
シャルロットはここ数ヶ月間、この建国記念パーティーを成功させるために並々ならぬ努力をしてきた。記憶に残っている一度目の人生でのこのパーティーで起きたことを全て書き出し、評価を落とす原因とはなんだったのかを徹底的に分析し、それを一つひとつ潰す対策をした。さらに、来賓客への印象をよくするため方策を練った。
そのひとつがこのウェルカムドリンクだ。
国王であるエディロンが登場するまでの間も楽しく過ごしてもらうためのもので、用意した果実酒はダナース国各地から取り寄せた一級品だ。
「シャルロット、そろそろ行こうか」
背後から呼びかけられて、シャルロットは覗いていたカーテンを閉めると振り返る。そこには、盛装したエディロンが立っていた。
焦げ茶色の短い髪は、今日はすっきりと整えられて後ろに流されていた。黒いフロックコートの襟や袖には金色の刺繍が入っている。そして、襟元にはシャルロットの瞳と同じ水色の宝石を使ったブローチが輝いている。
一方、シャルロットはエディロンの瞳を彷彿とさせるようなうす黄色の豪華なドレスを着ていた。胸元と耳にはダイヤモンドをあしらった金細工のネックレスが付けられている。
この衣装は、仲睦まじい婚約者同士を装ったほうが対外的にいいだろうということで、ふたりで相談して決めたものだ。
エディロンはエスコートするための片手をシャルロットに差し出す。シャルロットはじっとエディロンに見つめられて、首を傾げた。
「どうかされましたか?」
「俺の婚約者は美しいなと思っていたところだ」
言われた瞬間、顔が紅潮するのがわかった。キャッと周囲にいる女官達が黄色い悲鳴を上げる。
「それは……どうもありがとうございます」
演技だとわかっていても、どぎまぎしてしまう。
(敵を欺くにはまず味方からって言うものね)
祝賀パーティーはもう始まっている。シャルロットは自分に「これは演技よ」と心の中で言い聞かせる。
「陛下も素敵ですわ」
お世辞ではなく、今日のエディロンは普段の凜々しい様子とはまた違った魅力があった。より魅惑的、とでも言うのだろうか。
「あなたに褒めてもらえるとは、光栄だな」
エディロンは意外そうにシャルロットを見つめ、片眉を上げる。
「あなたのために仕立てた甲斐があった」
エディロンがフッと口元を緩める。
(わたくしのためなの!?)
今日のパーティーのためだから、シャルロットのためと言うのは違うと思う。けれど、衣装を揃えようと提案したシャルロットの希望を聞いてくれたという点では、シャルロットのために仕立てたというのも間違いではない?
なんとなくモヤモヤしながらも差し出されたエディロンの手に自分の手を重ねる。大きな手で包み込まれるように、ぎゅっと握られた。
豪華な大ホールの正面にある階段の前に立つと、会場の来賓客が一斉にこちらに注目するのがわかった。この祝賀パーティーは建国二十周年を祝うことが一番の目的だが、それと同時にエディロンの婚約者であるシャルロットの公式なお披露目会的な意味合いがあった。
神に愛された国家と言われるエリス国の王女がダナース国に嫁ぐのは周囲に驚きを与えたようで、皆興味津々なのだ。ましてや、シャルロットはこれまで一度も社交界に姿を現わしたことはなく、ここにいる全員が初めて目にする存在なのだから。
痛いほどの注目を浴びながらもシャルロットはしっかりと顔を上げて歩く。自分が堂々としていないと、ダナース国の威厳が損なわれると思ったから。
「陛下、この度は建国二十周年並びにご婚約おめでとうございます」
「ありがとう。こちらが俺の婚約者でエリス国第一王女のシャルロットだ」
「はじめまして。エリス国第一王女のシャルロット=オードランでございます」
国内貴族のひとりから声をかけられたエディロンは、軽く返事を返すとシャルロットを紹介する。シャルロットはエディロンの紹介に合わせ、丁寧に挨拶をした。




