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4.六度目の人生を謳歌します(1)

 ダナース国に来てから一カ月ほどが過ぎた。


 この日、シャルロットは私室でハンカチに刺繍をしていた。


「よし、できた」


 シャルロットは今完成したばかりのハンカチを目の前にかざす。幸運を表す四葉のクローバーと共に、ここダナース国では自由を表すと言われる白鳥をあしらったデザインだ。


「まあ、シャルロット様。今回の作品もお上手ですね」


 ひょっこりと覗き込んできて感嘆の声を上げたのは、シャルロット付きの侍女──ケイシーだ。


 ケイシーは侍女をひとりも連れてこなかったシャルロットのためにダナース国が手配してくれた侍女で、三つ編みにした焦げ茶色の髪の毛と少し小さめのお鼻がチャームポイントの、可愛らしい女性だ。年齢はシャルロットと変わらぬ、十九歳だ。


「ふふっ、ありがとう」


 褒められて悪い気はせず、シャルロットはケイシーににこりと微笑みかける。

 五回目の人生で、シャルロットは刺繍で生計を立てていた。刺繍の腕には自信がある。


「よかったら、ケイシーに一枚あげるわ」


 シャルロットはこれまでに作った刺繍入りハンカチの一枚をケイシーに差し出す。ピンク色の花があしらわれたものだ。


「え、よろしいのですか?」


 ケイシーはびっくりして目を丸くする。


「もちろん。ケイシーにはいつもお世話になっているから」


 シャルロットはにこりと微笑む。こんなことで喜んでもらえるなら、何枚でもあげたいくらいだ。


(残りはそろそろ売りに行こうかしら)


 シャルロットはだいぶ数が溜まった刺繍入りハンカチを眺めて考える。


 エディロンから、条件が整えば婚約を破棄しても構わないという言質を取ったシャルロットの行動は早かった。ルルとハールに頼んで色々と情報を集めながら、婚約解消後の生活も見据えて計画を練り始めたのだ。


 婚約解消されたシャルロットがエリス国へ戻ることをあの両親がこころよく思うはずがない。ならば、自分で食い扶持を見つけて生活するしかないのだから。


 その第一歩として、こうして刺繍を作っては売って現金を作っていた。僅かながら宝飾品も持っているが、平民として平穏に過ごしたいのならばそれを売るのは得策ではないことをシャルロットは五度目の人生で知っていた。

 貴族でもない人間が高価な宝飾品を売りに出せば、盗品だと疑われて騒ぎになるか、偽物だと決めつけられて不当に買い叩かれるだけだ。


「シャルロット様。本日はとてもお天気がよろしいですわ。よろしければ、午後から訓練場に散策に行かれませんか?」


 空気の入れ換えのために窓を開けて外を眺めていたケイシーが振り返る。


「訓練場? わたくしはいいわ。別の場所に出かけたいから」

「そうでございますか」


 ケイシーは残念そうに眉尻を下げる。


 訓練場には、一度目の人生の際によく訪れた。

 週に一度、エディロンが直々に騎士団の訓練状況を視察し、自身も稽古をつけるのだ。


 あの当時、剣を振るうエディロンを見てシャルロットはまるで恋物語の中でお姫様を救い出す英雄のようだと胸をときめかせたものだ。


(その剣で自分が刺されるなんて、夢にも思っていなかったわよね)


 エディロンはシャルロットとの婚約破棄の約束を周囲には話していないようだった。

 ケイシーは、婚約者なのにもかかわらず全く交流を持とうとしないエディロンとシャルロットを心配して、気を回してくれたのだろう。


「せっかくのお誘いなのにごめんなさいね」

「いえ、お気になさらずに」

「ケイシーは私に気にせず、見に行ってきてもいいのよ?」

「え? わたくしは別に……」

「本当に?」


 揶揄うように目を細めると、ケイシーの頬がバラ色に染まる。


(ふふっ、可愛い)


 一度目の人生でも、ケイシーはシャルロット付きの侍女を務めていた。そのときに、『騎士団に恋人がいる』と聞いたことがあったのだけれど、この様子だと今回の人生でもそうなのだろう。


(可哀想なことしちゃったかしら?)


 シャルロットが出かけるとなると、仕事に真面目なケイシーはそちらの同伴を優先して訓練所は行かないだろう。彼女に対して、ちょっと悪いことをした気になる。


「今日は無理だけど、今度行こうかしら」

「本当ですか? 是非!」


 その言葉を聞いたケイシーはパッと表情を明るくする。思った通り、本当は行きたいのだ。


「本日はどちらへ?」

「城下に行こうと思うの。孤児院も行きたいし、図書館にも行きたいわ」

「では、準備のお手伝いをしますね」


 ケイシーは開いていた窓を閉めると、シャルロットの下に歩み寄り髪の毛をとかし始めた。


「髪飾りはどうされますか?」

「えっと、ドレッサーの上に置かれた金細工のものを」

「かしこまりました」


 ケイシーは小さく頷くと、ドレッサーに置かれていたシャルロットの宝物へと手を伸ばす。


「シャルロット様は本当にこちらがお気に入りなのですね」

「ええ。母の形見なの」

「そうなのですか。素敵ですわ」


 ケイシーは微笑むと、それをシャルロットの髪に付ける。蕾だけの地味なデザインの髪飾りだけれど、なんだか印象が明るくなった気がした。


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