3、死にたくないので、婚約破棄していただきます(3)
「陛下の説得に向けて、準備しておかないと……」
シャルロットはここダナース国に王妃となるべくやってきたが、実際に結婚する気は全くなかった。だって、結婚したら死んでしまうのだから。
ただ、政略結婚なのに忽然と姿を消したら大騒ぎになり、それこそ外交問題に発展しかねない。
そうなって両親である国王夫妻が困ろうとなんとも思わないが、あの国にはまだ弟のジョセフがいる。なので、あまりことを荒立たせたくない。
なんとかして穏便に婚約破棄に持っていく必要があるのだ。
──トン、トン、トン。
そのとき、部屋の扉をノックする音がした。
「はい?」
「ダナース国王のエディロンだ。入るぞ」
(エディロン様!?)
シャルロットは動揺した。本日中に謁見の時間を設けるとセザールから言われてはいたものの、自分が謁見室に行くのだとばかり思っていたのだ。
「ど、どうぞ!」
シャルロットは少し上ずった声で答える。
すぐに扉がカチャリと開き、ひとりの男性──エディロンが入ってきた。
その姿を見た瞬間、どきんと胸が跳ねた。
彼とは、一度目の人生でしか会っていない。会わないようにずっと気を付けてきたから。
だから彼に会ったのはもうずっと昔のことなのに忘れもしない、そこにいたのは確かにエディロンだった。
(変わらないわね)
シャルロットはエディロンを見つめ、目を細める。
長身でがっしりとした体躯、精悍な顔つき、意志の強さを感じさせる目元。一目見た瞬間に、懐かしい感覚に囚われる。
かつてこの男に刺し殺されたというのに、不思議と恨みの気持ちは湧いてこなかった。
一方のエディロンはシャルロットの存在にすぐに気付いたようだったが、なぜか部屋の中を見回している。
「侍女殿。王女はどこに?」
「…………。王女はわたくしですが?」
「え?」
動揺したようなエディロンの表情を見て、冷や水をかけられたようにスーッと気持ちが冷めるのを感じた。懐かしさは一瞬で消える。
(彼にも侍女に間違えられるなんて)
かつて、隣国の王子に侍女と間違えられた惨めな気持ちが甦る。しかも、前回は豪奢なドレスを着ているリゼットと一緒だったが、今回はシャルロットしかいないというのに。
「生憎、侍女は連れてきておりませんの」
シャルロットは皮肉を込めてそう言った。
「侍女がいない?」
「ええ、そうです」
シャルロットには、侍女など元々いない。いたのは最低限の食事などの世話をする世話人だけだ。
(リゼットが来ると思っていたのかしら?)
エリス国王がダナース国に対してどんな返答の書簡を出したのかは知らない。けれど、目の前の男の反応からそんな気がした。
ダナース国からの書簡には『是非、エリス国の王女を──』と書かれていたという。それがリゼットを指しているのは明らかなので、ここにいるのが別人で驚いたのだろう。
「はじめまして、国王陛下。わたくしはエリス国の第一王女、シャルロット=オードランでございます」
「…………」
エディロンは眉根を寄せたまま、シャルロットを凝視する。
「先日俺がエリス国で見かけた王女とあなたは別人のように見えるが」
「ええ、別人です。陛下がお会いしたのは第二王女のリゼット、わたくしは第一王女です」
「第二王女? ああ、そうか。王女がふたりいるのか……」
エディロンは口元を押さえてぶつぶつ言いながらシャルロットの足下から頭の天辺までをまじまじと見つめる。
(せっかくエディロン様に会えたのだから、さっさと要望は伝えるべきね。今はふたりきりだし)
シャルロットがエディロンに伝えたいことはひとつだけだ。
「陛下にお願いがあります」
「お願いだと? 言ってみろ」
シャルロットは手をぎゅっと握る。これを言ってエディロンは怒らないだろうか。もしかすると、無礼だと切り捨てられるかもしれない。
(でも。どうせ殺されるなら言いたいことを言ってから殺されたほうがいいわね)
シャルロットは勇気を絞り出すと、スッと息を吸う。
「わたくしとの結婚を、取りやめてください」




