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3、死にたくないので、婚約破棄していただきます(2)

(来たばかりで、猫でも被っているのか?)


 したたかな女であればそうであっても不思議はない。


「彼女は今どこに?」

「陛下に言われたとおり、王宮の一番奥の部屋にお連れしましたよ」

「わかった」


 セザールが言う〝一番奥の部屋〟とは、かつてレスカンテ国王の愚王が後宮として使用していた離宮の一室だ。王宮の中でも最奥に位置し、永らく遣われていなかった。

 エディロンが普段使っている執務室やプライベート用の私室からも離れている。


「部屋がみすぼらしいと怒っていなかったか?」


 王女用に用意した部屋は清潔にしたし、必要な品々はきちんと用意した。けれど、いわゆる豪華な調度品は置いておらず一見すると質素に感じるだろう。『必要以上の贅沢を許す気はない』という意思表示のためにしたことだが、蝶よ花よと育てられた王女であれば侮辱されたと怒っても不思議はない。


「いや、そういう反応はありませんでしたね。むしろ、部屋を見て喜んでいたような……」

「喜んでいた?」


 エディロンは怪訝に思って聞き返す。


(どうなっているんだ?)


 エリス国の王女と必要以上に関わる気はないが、こうも予想していた反応と違っていると、気味が悪い。


(一度、会いに行くか)


 セザールから一通り王女の様子を聞いたエディロンは、気は進まないがその王女の様子を見に行くことにした。



    ◇ ◇ ◇



 一方その頃、シャルロットは案内された部屋で過ごしていた。


「あー、疲れた」


 ひとりであることをいいことに、シャルロットは両手を上に伸ばして大きく伸びをする。髪飾りや最低限の嫁入り道具として用意してもらった装飾品を外し、ほっと一息をつく。

 なにをするでもなく馬車に揺られていただけなのだけれど、ずっと離宮で過ごしていたので馬車に乗り慣れておらず、とても疲れた。


 シャルロットは今さっき案内されたばかりの部屋を見回す。


(前回とは部屋も建物も違うのね)


 一度目の人生、シャルロットに宛がわれた部屋は本宮の上層階に位置していた。夫婦の寝室を挟んで片側がシャルロットの私室、反対側がエディロンの私室という造りだ。本来は王妃が使うために造られた部屋で、まだ婚約者という立場だったが『きみにいつでも会えるように』とエディロンが用意してくれたのだ。

 しかし、今回は王宮の奥深く、離宮の一室が用意されていた。ここからだと、エディロンの部屋まではだいぶ離れている。


「まあ、別にいいけどね」


 最初から正式な結婚などする気がないのだから、顔など合わせない方がいいだろう。


「それにこのお部屋、すごく素敵だわ」


 一度目の人生の記憶のせいで、てっきりキラキラ輝く煌びやかな部屋に案内されるのだとばかり思っていた。しかし、実際に案内された部屋はとてもシンプルで、調度品も落ち着いたデザインのものが多い。

 煌びやかな部屋も素敵だとは思うけれど、正直言うとボロボロの離宮で育ってきたシャルロットにとってはこういう部屋のほうが落ち着くのだ。

 

 部屋の広さも十分、調度品も一通り揃っているし、隙間風もない。

 まさに、理想的な環境に思えた。


 シャルロットはふと部屋の片隅に目を向ける。持ってきた僅かな荷物はすでに室内に運び込まれていた。

 荷物のほうへと歩み寄ったシャルロットは、積み重なる箱の一番上に置かれた竹かごの蓋をそっと開ける。


「ガル、おいで」


 箱の中から飛び出してきたのは、シャルロットのペットである羽根つきトカゲだ。エリス国の離宮では二匹飼っていたが、そのうち一匹を連れてきた。もう一匹はジョセフの下にいる。


「閉じ込めっぱなしにしていてごめんなさいね」


 シャルロットが謝罪すると、ガルは口をパクパクと開けて「ギャ」と鳴いた。返事をしているかのようなその仕草に、笑みが漏れる。


「すぐそこにお庭があったから、ここはきっとガルにとって過ごしやすいわ」


 部屋の扉を開けて手を離してやると、ガルはススッと外へと消えて行った。


「さてと──」


 シャルロットは部屋の窓際に置かれた椅子に座ると、両手を組んで外を眺める。

 見えたのは、先ほどの開放廊下沿いにあった中庭と似た、人工的に造られた庭園だ。


 ただ、長期間放置していたのかだいぶ荒れている。きっと、この離宮は長いこと使っていなかったのだろうと予想が付いた。


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