9 守護獣の秘密を知りました その2
「ただ、闇が無くなることはないし、生き物には必要なんだよな?」
「妬みや怒りも生きる原動力となるからね。死が訪れないことも、考え方によっては恐怖でしかないよ」
「闇の力を悪用する魔女が問題だし、人が増えたのに反して、守護獣が減ったのも改善すべきなのね」
貴族島は顕著で、人口密度が倍になっていました。人間三人で頭を抱えてしまいます。
『まとめるとそう! さすがルシール』
『パティ、言葉が通じて嬉しいのはわかるが、少しはルシールを解放してやれ……』
スクルさんはこの地の守護獣として、貫禄たっぷりの落ち着いたルブラン・サクレです。頼りになる旦那さんですね。
パティさんは意外とのんびりしているのか、ずっと私にスリスリしてきて可愛いです。言葉が通じてからは、その甘えっぷりに拍車がかかりました。
『魔女とて元は人の子。この世に存在し続ける依り代とするため、人間の身体を乗っ取った。影響力のある人間の身体に入り込めれば、人々を先導できるしな』
『年月をかけ姿を変えながら、少しずつ人間に影響を及ぼしたの。身分の高い人間だけが住む島を造り、“自然から離れろ、生き物から離れろ”って』
「そうやって、闇の力を蓄えてきたのね……」
二頭の話に寒気がします。そんな昔から魔女が画策していたなんて……。影響力のある人の身体に入り、ルブラン・サクレに否定的な意見を発信すれば、追随した人は多かったでしょう。
「やはり、守護獣不足はシャンダール王国を揺るがす問題だったね……。しかも魔女とは……」
「守護獣と歩み続けたがため、潰されかけた国があったかもしれないしな……」
エティエンヌの閉ざした瞳の睫毛と、アドルフの固く握られた拳が、小刻みに震えていました。
『闇も世界の一部であり、人も魔女も俺たちにとってはさほどの違いはない。年月がかかろうが、人の生んだ闇の力も循環し、いつか自然に還ればいい。人が歩んだ道を、守護獣は見守るだけだった。だが――』
『さすがに見過ごせないって事件が起きた。十五年前のレイダルグ帝国での出来事――。魔女は私たちルブラン・サクレを巻き込んだの』
「クソッ……」
お隣のレイダルグ帝国に十五年前起きたこと。――確か、皇族同士の戦いで、皇帝陛下と弟である公爵様二人が亡くなっていました。
『俺たちは特定の国や人のために動かない。だが、例外がある。共に生きると決めたただ一人の人間にこの身体を捧げ、その者のためなら力を使える守護契約を結べるのだ』
『せっかく身体があるんだから、直接干渉できる最後の手段を持ってるって感じかな。当然、みだりに契約を結ぶわけにはいかないから、二百年動けるこの身体を担保にするんだけどね』
「その契約を結んだ者たちが、魔女に目をつけられたのか……」
アドルフの呟きに頷くスクルさんたち。今の話はもっと聞きたいことだらけでしたが、尋ねられる雰囲気ではありませんでした。
重い空気を変えるように、エティエンヌが口を開きます。
「ねえ、スクル。現状を変えるには、もう手遅れかな?」
『いや。魔女を見つければ、これ以上の悪化を防ぐことはできるだろう』
「君たちでは、魔女を見つることはできなのかな?」
スクルさんとパティさんが一瞬顔を見合わせ、気まずそうに口を開きました。
『貴族島にいる。ルシールが落ちてきた時、微かに魔女の力を感じた。あの日ルシールは、魔女の力に触れていたはずだ』
皆さんの視線が私に集中しました。確かあの日は――
「午前は家に、午後からお祖父様が残したメモがニホンゴで書かれていたから訳して欲しいと、王城の研究棟に行きました。その後、マティス様とメレーヌさんにバッタリ会って……」
『その内、ルシールの身体に触れた人間はいた?』
「支度も自分でしてしまいましたし、研究棟でも特には……。あっ、がっつりマティス様と揉み合って、平民地に突き落とされましたね!」
「マティスか!?」
普段は冷静なエティエンヌが、第二王子を呼び捨てにするほど驚いています。
『よかった。ルシールの家の人じゃなかったみたい!』
パティさんに、ベロベロと顔を舐められました。スクルさんとパティさんは、家の者だったら私が悲しむと思って言い出しづらかったのですね。
『だな。しかし、魔女は女の身体に入っているだろう。そいつを嵌めるのが人に定着してからは、魔女は好んで腕輪を嵌めている者を依り代としている』
私の腕に嵌められた婚約の腕輪ですかね? あっ!
「婚約した若い女性の魔力を封じるのって、まさか……」
『そう。魔女も、年老いた権力者や弱って入りやすい病人を乗っ取るより、若く健康で高貴な女の身体に入りたかったみたい。魔力を封じ、抵抗できない若い娘の身体に狙いを定めていたんだよ』
私は同じメスとして、こっそりパティさんに聞いてみました。
「私、これを嵌めていて大丈夫なのでしょうか?」
『闇の力を込めた紋様が全て悪いわけじゃないけど、その腕輪に刻まれた紋様には、魔女の二つの企みがあるの』
パティさんが教えてくれた事に、なんとも言えない感情になりました。
一つは、魔法で抵抗されないようにし、簡単に身体を乗っ取るため。
もう一つは、腕輪ができた当初、嵌める由縁として語られていた子孫繁栄の願いの弊害。――というより、他の生き物から繁殖能力を奪う力が込められていたみたいです。
まるで、今の私には繁殖力がありますと言うようで死ぬほど恥ずかしいのですが……。深呼吸です。情報はちゃんと伝えましょう!
私は言葉に詰まりながらも、パティさんの話しを訳しました。
「お前たちに子どもができない原因も、この腕輪の闇魔法のせいなのか?」
『そうだ。人間が増えればより多く闇の力を生み出す。新たなルブラン・サクレは誕生しにくくなり、闇の力は貯まるばかり。その上、若い貴族の女の身体が手に入りやすくなる』
「魔女にとっては、都合のいいことばかりですね」
なら逆に、私のこの腕輪さえ外すことができたら――
「私の腕輪が外れたら、パティさんに闇の力を送ることもできるのですが」
『えっ! ルシールは闇属性持ちなの?』
『素晴らしいぞ、ルシール。その腕輪のせいで、俺たちも気づけなかった』
「闇属性か……」
アドルフが引くのもわかります。あまり持つ人がいませんからね。しかも、魔女が好んで扱うような属性ですし。
でも、スクルさんに褒められたのでちょっと調子に乗ってしまいます。
「全属性を持っていますよ? 令嬢としてそれくらいしか取り柄がなかったので、家名と魔力で第二王子の婚約者に選ばれたと言われていたくらいですから」
「そんなことはないと思うよ? 魔力や家柄もだけれど、ルシール自身の成績や性格、容姿、お祖父様から受け継いだ才能含め、その全てで王家は決めたはずだよ?」
珍しく、私を咎めるエティエンヌ。私が自分を卑下するのを止めなさいと言ってくれているのですね。
「でも、どうやって外すのでしょう?」
『結婚してからだと、半年くらいで外れるんでしょ? オスとヤっちゃえばいいんじゃない?』
スクルさんと私だけが固まります。さすがに訳せません。
「……。パティさんがもう眠いみたいなので、今夜はここまでにしましょうか?」
『うちのパティが自由で悪いな。腕輪の件は、明日改めて話そう』
ああっ! と、アドルフとエティエンヌが立ち上がります。大切な守護獣に無理をさせたと思ったのでしょう。
「そうだな、悪かった。ゆっくり休んでくれ」
「おやすみ、スクル、パティ。また明日ね」
『ええ~。私まだルシールと話したいよ~』
「「……」」
私とスクルさんが安堵する中、パティさんはブスくれていました――