8 守護獣の秘密を知りました その1
『なあ、パティ。魔女が生まれ、俺たちに子どもができなくなって何年だ?』
『先の守護獣たちが魔女を感じて三百年くらいだったかな? 子どもができなくなってからは二十年になる。私たちにとっては短いけれど、人には長いよね……。アドルフたち、心配してた……』
話の内容にもですが、会話をしているらしきスクルさんとパティさんに驚いてしまい、忍び足をしていたのも忘れ思わず駆け寄っていました。
『ん? この足音はルシールか?』
『そうみたい。こんな夜更けにどうしたのかな?』
やはり、声のした先にはスクルさんとパティさんの姿しかありません。私を見つけて、いつも通り尻尾をパタパタしています。鼻先を押しあてようと突撃して来る二頭に、もしやと思いながら私は話しかけました。
「スクルさんにパティさん、今お喋りしていましたよね?」
『!? ルシール、私たちの言葉がわかるの?』
「バウッ!!」
パティさんが私の問いに答え、スクルさんは一鳴きしたままカチンと固まってしまいました。
「わかるみたいです。私の祖父が異世界人なので思い当たる節がありますが、スクルさんとパティさんが私の問いに、返事をくれるとは思いませんでした……」
『こんな事が起きるとは……』
『さすが、スクルの見込んだ人間なだけあるよね』
今の貴族島で、生き物は飼われていません。人間が平民地に下ろしたからです。それでも幼い頃は、まだ生き物たちを見かける機会もありましたし、時には囀ずる小鳥たちにも木立で出会えました。
『お祖父様。あの子は今、恋人を探して鳴いているのね? “僕の飾り羽を早く見て”って言っているわ』
お祖父様と二人で公園を散歩していると、綺麗な青色の小鳥が番を求めて歌を唄っているのが聞こえてきたのです。
『ルシールもわかるのかい? そうか、そうか』
お祖父様のシワシワの大きな手が、私の頭を優しく撫でます。
『実はねルシール。私もあの子たちのお喋りがわかるんだよ。元の世界から来た時、色んな生き物の話を理解できる力をもらったんだ。だからこの国でも、みんなとの会話に苦労せず済んだんだ』
『じゃあ、私はお祖父様と同じね。嬉しい』
その特技で人の言葉ばかりを訳してきましたし、動物と関わる機会がなかったため忘れていました。が、黒い髪と生き物たちの声が聞こえることは私にとって、大好きなお祖父様との共通点でした。
『ルシール、聞いてほしい。俺たちルブラン・サクレは、自然界にある光・闇・火・水・風・地そのものなんだ。俺たちの数が減れば、自然の力も弱くなる』
「それでは、世界から魔力を貰っている人間の魔法も弱くなるのでは?」
スクルさんとパティさんと私で、深夜の座談会がはじまりました――
『そうだよ。ああ~、ルシールは回転が速くていい~。やっぱりスリスリしたくなる~』
「きゃああ! そこはダメです! 止めてくださいー!」
パティさんにお腹の辺りを鼻先でグリグリされ、くすぐったくて仕方ありません。
『メスどもはかしましいな……。参った、話しが進まん』
――バアアン――
「「ルシール!!」」
その時、アドルフが剣を、エティエンヌがレイピアを構え、寝床小屋の扉を蹴破り入って来ました!
「大丈夫か!?」
「不届き者はどこ!?」
「えっ? ここには、スクルさんとパティさんしか居ませんよ?」
「「……」」
キョロキョロと辺りを確認する二人。あ、私が悲鳴をあげてしまったから、勘違いさせたのですね。
「そっか……。独り言だったか……。エティエンヌがさ、ルシールが今日は思い詰めた顔をしていたし、夜中に外に出てったって言うから、一応ついて来てみただけだ……」
「アドルフは血相を変えて飛び出して行こうとしていたよ? パジャマを着ていてよかったね!」
私が外に出たから、心配して来てくれたと? それはありがたいですが、まずは――
「可愛いパジャマね。よく似合っているわ」
アドルフが渋っていたパジャマには、たくさんの白い仔犬が描かれていました。お祖父様が王国に広めたパジャマを是非習慣化して欲しいので、ここは褒めておきましょう!
「たまたま着てみただけだ! ――って、エティエンヌの方が部屋から飛び出して来て、ルシールの後をつけた方がいいって騒いでいたじゃないか!」
「もう。慌てて飛び起きたのは認めるけれど、私が言う前に後を追いはじめたのはアドルフだからね」
二人がグッスリ寝ていると思い、声をかけず外に出たのが悪かったのですね。
「心配をかけてごめんなさい」
『ルシール、丁度いい。二人にも俺たちの話を説明してくれないか?』
『いいね! 私たちの話をやっと聞いてもらえる!』
確かにスクルさんとパティさんのお話は、二人にも伝えるべきことです。それに、独り言をブツブツ言った挙げ句、突然悲鳴を上げていたという誤解は解きたいので……。
「わかりました。私が通訳させていただきます」
「「?」」
「えっ。俺、今、嬉し過ぎるんだけど……」
「すごいね……。これは歴史的瞬間だよ……」
私がスクルさんたちの言葉を聞き取れ、スクルさんたちも人の会話を理解していると伝えると、二人は感激していました。
互いにやり取りできること証明するため、特にパティさんが張り切って言葉の通り動いてくれたので、二人にあっさり信じてもらえてよかったです。
しかし、二頭の話しを伝える度、二人の表情が曇ります。
『ただ、その中で、人間自身が生み出せる力がある』
『闇の力。人が生み出し過ぎると、世界のパワーバランスが崩れるよ』
『また、俺たちの力が弱まっても、均衡を保てず闇の力が強さを増す。人から生まれた闇の力が自然に還ることができずこの世にとどまり、魔女の魔力の源となる』
『魔女がその力を使い、勝手し放題して参ってるってのがこの国周辺の現状なの』
魔女ですか……。シャンダール王国がそんなことになっていたなんて……。