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7 牧場生活を満喫中です その3

「エティエンヌ、お疲れ様。アドルフが呼んでいたから、ここを仕上げたら外に行ってくるわね」


 私は広げていた大工道具を片付け、早速新しく作った収納箱にキッチン用品を仕舞ってゆきます。


「了解。うわぁ、すごくスッキリしたね。でも、皆がよく使うものは目立つ場所にあるし、ハーブのポットも可愛いらしくていいね!」


 積み重なり取り出し難かったお鍋やフライパンは一つずつ箱に収まり、お皿もディッシュスタンドの仕切りの間に立てましたから、見つかりやすく必要な分だけを取り出しやすくなりました。

 日々の生活に使う物一つ一つを大切に扱うと、暮らし全体が丁寧になって、心が温かくなりますね。



「行ってきまーす」

「行ってらっしゃい」


 当初の目的だったキッチンの整理に一段落をつけ、軽やかな気分で外に出ました。

 

 スクルさんたちからは良い匂いがするのに、牧場から獸臭がしたのは、やはり排泄物からでした。

 理想と現実ですね。いくら賢く愛らしい守護獣でも、生き物ですから食べたら出ますもの。

 ですが、土壌の入れ替えを行ったり、高温で焼やして炭化させたりすれば、臭いが激減するのではないかと思ったのです。


 魔法が封じられている私に実証はできませんでしたが、アドルフが魔法を使ってスクルさんたちのお世話をしているのを知っていましたから、彼に私の考えを伝えていました。




「来たか。どうだ? 臭いが気にならなくなったよな?」


 私が何度も頷くと、アドルフの力強い瞳が一際大きくなり、キラキラと少年の様に輝きました。良い結果が出て嬉しいのですね。


「コラ、くすぐったいぞ?」

「フワッフワですね~」


 スクルさんとパティさんも嬉しいみたいで、私たちにビタンビタンと尻尾をぶつけてきます。


「貴族連中も獣臭いって生き物を平民地に下ろしたりしないで、こいつらの価値を見直してくれたらな……」

「なんだかごめんなさい」


 貴族の気まぐれに左右される平民地の人々には、本当に申し訳ない限りです。


「ルシールが悪い訳じゃないだろ。人間の流行り廃りなんてそんなもんだ……。けど、エティエンヌがいなきゃ、とっくにここも廃業していただろうな……」


「この子たち自身は良い匂いと分かったし、私の命を救ってくれたルブラン・サクレの賢さはクレナスタ侯爵家が証明する。二頭の赤ちゃんが産まれるかもしれない。これからは、良い報せが舞い込むようになるかもしれないわよ?」


 早口になりながらも、努めて明るく言いました。そんな都合の良い未来など難しいことは承知しています。でも、アドルフには希望を抱いて欲しいのです。


「そうだな。こいつらの子どもたち、早く見られるといいな……」

「私も、スクルさんとパティさんの子どもたちに会いたいな……」


 私を助けてくれたスクルさんと番のパティさんの他、平民地にはルブラン・サクレが六頭いるらしいです。みな番なのに、どのペアにも子どもが産まれず、その上貴族のルブラン・サクレ離れが進んだため、守護獣不足が深刻になっていました。


「でも、なんで子どもが産まれなくなったんだろうな?」

「二頭の仲は良いし、きっと何か別の問題があるのかしら?」


 パティさんのお腹に新たな命が宿ることを、アドルフとエティエンヌは願い続けていました。けれど、一向に赤ちゃんを授かる気配がありません。全ての番に子が出来ないのは異常事態です。

 疑念を抱いていたのは、ルブラン・サクレの側にいるアドルフだけではありません。エティエンヌも多額の資金を投じてこの牧場を経営し、守護獣を守り頭数を増やそうとしていることをこの一月で知りました。


「二人と一緒に、私も調べていけたらいいのに……」


 私はいずれ、貴族島に戻ります。マティス様との結婚は無い物と考えても、これからもこのように自由な日々を送るなんてできないのです……。


「ルシール……」


 あ、いけません。アドルフに余計な心配をかけてはだめですね。彼は人に対して不器用なだけで、優しい人なのです。気を使わせてしまいます。


「スクルは立派な家長だな。ルシールが落ちて来た時も、嫁さんを守るためすぐに動いたんだろ? パティもそんな旦那が居て幸せ者だ。子どもたちが産まれても、良い奴じゃなきゃ渡さない。ずっとここで幸せに暮らせるよう、俺は頑張るからな?」


 穏やかな顔でスクルさんとパティさんに語りかけるアドルフ。

 褒められて嬉しいのか、スクルさんもパティさんも誇らしげに胸を張ってお座りしています。まるで、言葉が通じているみたいです。


「スクルさんもパティさんも、ここでアドルフと暮らせて幸せでしょうね……」


 私は本音を呟いていました。


「そうか? なら嬉しいけどな。――ああ、出て行くって言わなきゃ、ずっとここで幸せに暮らせるよう俺が頑張るのは、お前も含めてだぞ? 一度迎え入れたなら、ちゃんと面倒は見る」

「アドルフ……」


 帰りたくない気持ちがバレバレなのでしょう。恥ずかしさからか、顔が熱くなってしまいます。

 決められた道を歩むのは安心できますし、幸せに感じる人もいるでしょう。でも、心が望む道と一致するとは限りません。少なくとも私にとって、貴族に嫁いで上で生活する人生は――

 またまたいけませんね。もっともっとと欲深くなっています。


「アドルフもエティエンヌも、優し過ぎるわよ?」

「は? いつも俺にお小言を言われて、よくそんなことが言えるな?」

「それはアドバイスって言うのよ」


 いくらお祖父様と一緒に家事をした経験があるとはいえ、やはりほとんど使用人に任せていたのです。失敗することもありました。

 でもアドルフは、お小言というアドバイスを一度言うだけなのです。エティエンヌに関しては、私たちのその様子を眺め穏やかに微笑んでいるだけ……。


 有象無象の腹黒貴族がいて殺伐とし、人工物に囲まれ閉鎖的な貴族島から突き落とされました。そして二人と二頭と出会い、自然に囲まれ自由に平民地で過ごして一ヶ月。

 ドップリと浸かり、抜け出せなくなりつつあるのです。完全に沼にはまってしまいました……。


「ほら、いつ戻れるか目途の立たない上のことなんか考えてないで、昼飯のことでも考えてくれ。今日も土をほじくり返すため魔法を使って腹ペコだ!」

「うん!」




 その晩、私は色々と考えてしまい眠れませんでした。少し外を散歩してみましょうか。

 スクルさんとパティさんの寝顔をこっそり見るのもいいですね。二頭は敏感ですが私の足音を警戒しないので、こっそり覗けば愛らしい寝顔を見られるかもしれません。


 そおっと静かに二頭の寝床に近づくと、誰かと誰かの話し声が聞こえてきました。もし、侵入者でもいたら大変です。私はよりゆっくりと慎重に、スクルさんとパティさんの寝床に忍び寄りました――

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